***
あっという間に放課後になり、店の裏口の前で、ドアノブにかけていた手を止める。
なんて声をかければいいのか、わからない。
またあんな風に突き放されたらと思うと、怖くて仕方なかった。
ドアの隙間から、かすかに甘い香りが漏れてくる。
この香りーーキャラメル?
初めて食べた味、キャラメル色の毛糸。
……先輩。
思い浮かべただけで、なぜか胸の奥が苦しい。
小さく深呼吸して、ゆっくり扉を開けた。
「春斗くん、おはよう」
「……おはようございます」
あれ?本間さん?
無意識に、店の奥に視線を向ける。
先輩は……?
「慎也なら、今日店頭。接客の方入ってるよ」
俺の心を察したみたいに言うと、にこっと笑った。
「今日はさ、俺のサポートお願いしていい?」
「あ、はい」
ーーやっぱり俺、避けられてる。
先輩と顔を合わせることが出来ないまま、着替えてキッチンに立った。
「今日もこれ、お願いね」
「はい」
本間さんが指差した先、ボウルの中にはキャラメル色の生地。
生地を手に取ると、キャラメルの香りが一気に広がった。
甘い匂いとリンクして、頭の中にたくさん浮かんで来たのは……
「先輩……」
小さく漏れた声と同時に、ぽたり、と何かが頬を流れる。
ーーえ。
なんで。
いや、そんなわけ、ないよな。
近くで作業する本間さんに、気づかれないように、急いで拭った瞬間。
ガシャン、と大きな音が響いた。
反射的に音の方を見ると、床に散らばった皿の破片と、さっきまで近くに積まれていた皿が無くなっている。それで、やっと何が起きたのか理解した。
「春斗くん!?」
駆け寄ってきた本間さんの声に、はっとする。
「すみません……腕が当たって……」
慌ててしゃがみ込んだ時、指先に鋭い痛みが走った。
「……っ」
「触るな、危ないから」
本間さんに手首を引かれて、シンクの方へ連れて行かれる。
指に当たる流水がいつもより冷たく感じた。
「血、出てるじゃん」
「大丈夫です」
指先の痛みなんて、ほとんどわからない。
「だめだよ。ほら、ちゃんと見せて」
そう言って俺の指を見る本間さんは、やっぱり距離が近くて、妙に意識してしまう。
「……昨日さ、春斗くん、キスしたいって言ってたよね?その相手は、誰でもいいの?」
突然の言葉に、一瞬止まる。
でも、迷うことはなかった。
ーー誰でもいいわけないだろ。
俺は……
「先輩じゃなきゃ、無理です」
その言葉に、本間さんはふっと力を抜いたように笑った。
「なら、それを慎也に伝えてあげなきゃ」
そう言って、俺の背中を軽く叩いた。
ーーああ、俺。
ちゃんと、決まってたんだ。
そう思った瞬間、無意識にキッチンを出て、カウンターの方へ歩き出していた。
かっこいいから、触れたいから、近づいた。
それは嘘じゃない。
でもーーその相手は先輩じゃないと意味がない。
この気持ちを"好き"と言うのなら、
俺はきっともう、戻れない。
あっという間に放課後になり、店の裏口の前で、ドアノブにかけていた手を止める。
なんて声をかければいいのか、わからない。
またあんな風に突き放されたらと思うと、怖くて仕方なかった。
ドアの隙間から、かすかに甘い香りが漏れてくる。
この香りーーキャラメル?
初めて食べた味、キャラメル色の毛糸。
……先輩。
思い浮かべただけで、なぜか胸の奥が苦しい。
小さく深呼吸して、ゆっくり扉を開けた。
「春斗くん、おはよう」
「……おはようございます」
あれ?本間さん?
無意識に、店の奥に視線を向ける。
先輩は……?
「慎也なら、今日店頭。接客の方入ってるよ」
俺の心を察したみたいに言うと、にこっと笑った。
「今日はさ、俺のサポートお願いしていい?」
「あ、はい」
ーーやっぱり俺、避けられてる。
先輩と顔を合わせることが出来ないまま、着替えてキッチンに立った。
「今日もこれ、お願いね」
「はい」
本間さんが指差した先、ボウルの中にはキャラメル色の生地。
生地を手に取ると、キャラメルの香りが一気に広がった。
甘い匂いとリンクして、頭の中にたくさん浮かんで来たのは……
「先輩……」
小さく漏れた声と同時に、ぽたり、と何かが頬を流れる。
ーーえ。
なんで。
いや、そんなわけ、ないよな。
近くで作業する本間さんに、気づかれないように、急いで拭った瞬間。
ガシャン、と大きな音が響いた。
反射的に音の方を見ると、床に散らばった皿の破片と、さっきまで近くに積まれていた皿が無くなっている。それで、やっと何が起きたのか理解した。
「春斗くん!?」
駆け寄ってきた本間さんの声に、はっとする。
「すみません……腕が当たって……」
慌ててしゃがみ込んだ時、指先に鋭い痛みが走った。
「……っ」
「触るな、危ないから」
本間さんに手首を引かれて、シンクの方へ連れて行かれる。
指に当たる流水がいつもより冷たく感じた。
「血、出てるじゃん」
「大丈夫です」
指先の痛みなんて、ほとんどわからない。
「だめだよ。ほら、ちゃんと見せて」
そう言って俺の指を見る本間さんは、やっぱり距離が近くて、妙に意識してしまう。
「……昨日さ、春斗くん、キスしたいって言ってたよね?その相手は、誰でもいいの?」
突然の言葉に、一瞬止まる。
でも、迷うことはなかった。
ーー誰でもいいわけないだろ。
俺は……
「先輩じゃなきゃ、無理です」
その言葉に、本間さんはふっと力を抜いたように笑った。
「なら、それを慎也に伝えてあげなきゃ」
そう言って、俺の背中を軽く叩いた。
ーーああ、俺。
ちゃんと、決まってたんだ。
そう思った瞬間、無意識にキッチンを出て、カウンターの方へ歩き出していた。
かっこいいから、触れたいから、近づいた。
それは嘘じゃない。
でもーーその相手は先輩じゃないと意味がない。
この気持ちを"好き"と言うのなら、
俺はきっともう、戻れない。


