夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

***

あっという間に放課後になり、店の裏口の前で、ドアノブにかけていた手を止める。

なんて声をかければいいのか、わからない。
またあんな風に突き放されたらと思うと、怖くて仕方なかった。

ドアの隙間から、かすかに甘い香りが漏れてくる。

この香りーーキャラメル?
初めて食べた味、キャラメル色の毛糸。
……先輩。

思い浮かべただけで、なぜか胸の奥が苦しい。
小さく深呼吸して、ゆっくり扉を開けた。

「春斗くん、おはよう」

「……おはようございます」

あれ?本間さん?
無意識に、店の奥に視線を向ける。
先輩は……?

「慎也なら、今日店頭。接客の方入ってるよ」

俺の心を察したみたいに言うと、にこっと笑った。

「今日はさ、俺のサポートお願いしていい?」

「あ、はい」

ーーやっぱり俺、避けられてる。
先輩と顔を合わせることが出来ないまま、着替えてキッチンに立った。

「今日もこれ、お願いね」

「はい」

本間さんが指差した先、ボウルの中にはキャラメル色の生地。

生地を手に取ると、キャラメルの香りが一気に広がった。

甘い匂いとリンクして、頭の中にたくさん浮かんで来たのは……

「先輩……」

小さく漏れた声と同時に、ぽたり、と何かが頬を流れる。

ーーえ。
なんで。

いや、そんなわけ、ないよな。
近くで作業する本間さんに、気づかれないように、急いで拭った瞬間。

ガシャン、と大きな音が響いた。

反射的に音の方を見ると、床に散らばった皿の破片と、さっきまで近くに積まれていた皿が無くなっている。それで、やっと何が起きたのか理解した。

「春斗くん!?」

駆け寄ってきた本間さんの声に、はっとする。

「すみません……腕が当たって……」

慌ててしゃがみ込んだ時、指先に鋭い痛みが走った。

「……っ」

「触るな、危ないから」

本間さんに手首を引かれて、シンクの方へ連れて行かれる。
指に当たる流水がいつもより冷たく感じた。

「血、出てるじゃん」

「大丈夫です」

指先の痛みなんて、ほとんどわからない。

「だめだよ。ほら、ちゃんと見せて」

そう言って俺の指を見る本間さんは、やっぱり距離が近くて、妙に意識してしまう。

「……昨日さ、春斗くん、キスしたいって言ってたよね?その相手は、誰でもいいの?」

突然の言葉に、一瞬止まる。
でも、迷うことはなかった。

ーー誰でもいいわけないだろ。
俺は……

「先輩じゃなきゃ、無理です」

その言葉に、本間さんはふっと力を抜いたように笑った。

「なら、それを慎也に伝えてあげなきゃ」

そう言って、俺の背中を軽く叩いた。

ーーああ、俺。
ちゃんと、決まってたんだ。

そう思った瞬間、無意識にキッチンを出て、カウンターの方へ歩き出していた。

かっこいいから、触れたいから、近づいた。
それは嘘じゃない。
でもーーその相手は先輩じゃないと意味がない。

この気持ちを"好き"と言うのなら、
俺はきっともう、戻れない。