夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

***

「……」

ベッドの中から天井をぼんやり見つめたまま、頭の中では、昨日の言葉が何度も再生されていた。

"好きでもないやつと、キスしたりしねえ"
"一生ねえってはっきりわかったわ"

目が覚めても、すぐには起き上がれなかった。
いや、ほとんど眠れていないのかもしれない。
それすらわからなくなるほど、思考が止まっていた。
思い返しても、理由はわからない。
ただ、先輩の言葉だけが、ずっと残っている。

"好きじゃないやつとキスしない"

「……好き、ってなんだよ」

俺は、誰かを好きになったことなんて、一度もない。だから比べるものもないし、その基準もわからない。

「……キス、したいって思うのは……」

この気持ちは、違うの?
結局答えがでないまま、登校時刻になっていた。

***

「春斗ーー」

登校してすぐに、背後から声をかけられて、少し遅れて振り返る。

教室の空気はいつもと同じはずなのに、全てが少し遠くて、どこか現実味がなかった。

「昨日言い忘れてたけどさ、国語のノート見せてほしいんだよ」

いつも通りの調子で話しかけてくる秋人に少しだけ現実に引き戻された気がした。

鞄の中からノートを取り出して差し出す。それだけの動作にも、いつもより時間がかかった気がした。

「……ノート貸すからさ、ひとつだけ、相談乗ってくれない?」

秋人は一瞬だけ眉をひそめてから、ため息を吐いた。

「なんか、嫌な予感しかしねえ……一個、だけだぞ」

「ありがと」

「で、相談ってなんだよ」

小さく息を吐いてから、ぽつりと呟いた。

「……終わったかも、俺」

「は?」

「昨日さ……言われた。"好きじゃない人とキスしない"って。だから俺とキスする事は"一生ない"ってわかったって……」

秋人は黙ったまま聞き終えると、少しの沈黙の後、淡々と口を開いた。

「それさ、当たり前だろ」

「……」

ただ頷くしかできない俺に秋人は続けた。

「好きじゃないやつとキスしないとか普通だから……それ、振られてるだろ」

……え。
振られてる、って。

理解できないまま、頭の中だけがぐるぐると回り続ける。

「ノート、ありがとな」

それだけ言って、俺の肩をぽん、と叩くと、それ以上は何も言わなかった。
国語のノートをぱらぱらとめくりながら、自分の席に戻って行く秋人。

その距離感が、今の俺にはちょうどよかった。

***

「……はあ」

机に突っ伏してため息を吐く。
気づいた時には、昼休みになっていた。

当然、先輩からの呼び出しはなく、今はまだ理科準備室に行く勇気もない。

窓の外をぼんやり眺めながら、無意識に先輩の姿を探してしまう。

「……先輩」

理由なんて、ちゃんと説明できない。
"好き"が何なのかもわからない。

それでも、一つ確かなのは。

「……会いたい」

先輩と関われなくなるのは嫌だ。
全部なかったことにするなんて、無理だ。

何もできないまま、時間だけが過ぎていった。