***
そのまま黙々と作業を続けていると、先輩が油の前に立った。
丸めた生地が、一つずつ静かに油の中に落とされていく。
じゅわっと音がして、甘い匂いが一気に広がってきた。
「……うまそう」
思わず漏れた声に、先輩が一瞬だけ俺を見た。
「そりゃな」
ひっくり返すタイミングも、引き上げるタイミングも、全部迷いがない。
きつね色に揚がったドーナツが、網の上に並べられていく。
そして、そのうちのひとつを、ぽい、と俺に手渡した。
「ほら」
「え、いいんですか?」
「味見。お前も関わってんだろ、一応」
受け取ったドーナツを、かじる。
外はサクッとしてて、中はふわふわ。
キャラメルの甘さが口の中に広がっていく。
「……やっぱ、うまい」
「当たり前だろ」
口の中に残る甘さが、いつもより少しだけ濃い気がした。
「……今日の、なんか……好きです」
ぽつりと呟くと、先輩は一瞬だけ手を止めた。
「明後日も作るから」
「……はい」
「次はもっとマシにしろよ」
ーーまた、先輩とここにいれる。
それが何より嬉しかった。
***
家に帰って、すぐに引き出しを開けた。
編みかけの毛糸を取り出して、続きを編み始める。
キャラメル色のトートバッグ。
編み目はもうほとんど整っていた。
「……あと少し」
ぽつりと呟いて、針を動かす。
"「こういうこと、してほしいんだろ?」"
気を抜くと全部思い出す。
「……なんだったんだ、あれ」
小さくため息を吐いた時、机の上のスマホが震えた。
表示された名前を見て、編んでいた手を止める。
【明日 昼 理科準備室】
ーーえ。それって……
明日も会えるってこと、だよね。
「……まじか」
すぐに返信を打った。
【はい!また購買の甘いパンでいいですか?】
少ししてすぐに返事が来る。
【パンはいらない】
「……いらない?」
いつもなら、絶対甘いパンって言うのに。
でもーー明日も先輩に会える。
それだけで、十分だ。
編みかけのバッグに視線を落とす。
「……明日、ちょうどいいかも」
「渡せる、かな……」
***
朝から、そわそわして落ち着かない。
何度も鞄の中を確認して、その度に同じ感触に触れる。
昨日完成したばかりの、キャラメル色のトートバッグ。
授業中に時計を見る回数がいつにも増して多くなる。
周りのざわつきも、視線も、もう入ってこない。
ーー早く、会いたい。
それだけだった。
昼休みのチャイムと同時に紙袋を握って理科準備室へ向かう。
渡すタイミング、どうしよう。
いきなり?
いや、そもそも受け取ってくれるのか。
息を整えて、そっと扉を開けた。
「おっそ」
机に寄りかかっていた先輩がちらっと俺を見る。
「お待たせして、すみません」
「ほら」
中に入って扉を閉めると、すぐに先輩に袋を手渡された。
「え?」
「食ってみろ」
受け取った袋の中を見ると、見たことのないドーナツが入っていた。
淡い色合いで、ほんのり桜色。
「これって……もしかして新作ですか?」
「まあな」
"【パンはいらない】"
昨日のメッセージを思い出す。
もしかしてーー
「いいんですか!?」
「早く食えよ」
急かすように俺を見る先輩。
その視線に少し躊躇ってから、ドーナツを口に運ぶ。
ふわっと広がる甘さと、ほんのりした桜の香り。
キャラメルとはまた少し違う、優しい味。
「……これ、すごくおいしい」
思わず漏れた声に、先輩は何も言わずにただ俺を見ている。
「でも、なんでこの時期に桜なんですか?」
「……特に意味は無い」
そう言いながらも、先輩は視線を外さない。
あれ?……そういえば。
「先輩、お昼は?」
「あ?今日は新作の味見で呼んだ。俺はいい」
は?
俺だけ食べて、先輩は食べないなんて。
そんなの……
「だめです!俺、買ってきます」
急いで立ち上がって、扉の方へ向かおうとした時、先輩が俺の腕を掴んだ。
「いいって」
「だめです。倒れますよ、普通に」
そう言ってまた扉の方を向いた時、掴まれた腕をぐっと引かれた。
バランスを崩しかけて、そのまま一気に距離が縮まった。
「おい、……春斗」
ーーえ?
い、今なんて。
そのまま黙々と作業を続けていると、先輩が油の前に立った。
丸めた生地が、一つずつ静かに油の中に落とされていく。
じゅわっと音がして、甘い匂いが一気に広がってきた。
「……うまそう」
思わず漏れた声に、先輩が一瞬だけ俺を見た。
「そりゃな」
ひっくり返すタイミングも、引き上げるタイミングも、全部迷いがない。
きつね色に揚がったドーナツが、網の上に並べられていく。
そして、そのうちのひとつを、ぽい、と俺に手渡した。
「ほら」
「え、いいんですか?」
「味見。お前も関わってんだろ、一応」
受け取ったドーナツを、かじる。
外はサクッとしてて、中はふわふわ。
キャラメルの甘さが口の中に広がっていく。
「……やっぱ、うまい」
「当たり前だろ」
口の中に残る甘さが、いつもより少しだけ濃い気がした。
「……今日の、なんか……好きです」
ぽつりと呟くと、先輩は一瞬だけ手を止めた。
「明後日も作るから」
「……はい」
「次はもっとマシにしろよ」
ーーまた、先輩とここにいれる。
それが何より嬉しかった。
***
家に帰って、すぐに引き出しを開けた。
編みかけの毛糸を取り出して、続きを編み始める。
キャラメル色のトートバッグ。
編み目はもうほとんど整っていた。
「……あと少し」
ぽつりと呟いて、針を動かす。
"「こういうこと、してほしいんだろ?」"
気を抜くと全部思い出す。
「……なんだったんだ、あれ」
小さくため息を吐いた時、机の上のスマホが震えた。
表示された名前を見て、編んでいた手を止める。
【明日 昼 理科準備室】
ーーえ。それって……
明日も会えるってこと、だよね。
「……まじか」
すぐに返信を打った。
【はい!また購買の甘いパンでいいですか?】
少ししてすぐに返事が来る。
【パンはいらない】
「……いらない?」
いつもなら、絶対甘いパンって言うのに。
でもーー明日も先輩に会える。
それだけで、十分だ。
編みかけのバッグに視線を落とす。
「……明日、ちょうどいいかも」
「渡せる、かな……」
***
朝から、そわそわして落ち着かない。
何度も鞄の中を確認して、その度に同じ感触に触れる。
昨日完成したばかりの、キャラメル色のトートバッグ。
授業中に時計を見る回数がいつにも増して多くなる。
周りのざわつきも、視線も、もう入ってこない。
ーー早く、会いたい。
それだけだった。
昼休みのチャイムと同時に紙袋を握って理科準備室へ向かう。
渡すタイミング、どうしよう。
いきなり?
いや、そもそも受け取ってくれるのか。
息を整えて、そっと扉を開けた。
「おっそ」
机に寄りかかっていた先輩がちらっと俺を見る。
「お待たせして、すみません」
「ほら」
中に入って扉を閉めると、すぐに先輩に袋を手渡された。
「え?」
「食ってみろ」
受け取った袋の中を見ると、見たことのないドーナツが入っていた。
淡い色合いで、ほんのり桜色。
「これって……もしかして新作ですか?」
「まあな」
"【パンはいらない】"
昨日のメッセージを思い出す。
もしかしてーー
「いいんですか!?」
「早く食えよ」
急かすように俺を見る先輩。
その視線に少し躊躇ってから、ドーナツを口に運ぶ。
ふわっと広がる甘さと、ほんのりした桜の香り。
キャラメルとはまた少し違う、優しい味。
「……これ、すごくおいしい」
思わず漏れた声に、先輩は何も言わずにただ俺を見ている。
「でも、なんでこの時期に桜なんですか?」
「……特に意味は無い」
そう言いながらも、先輩は視線を外さない。
あれ?……そういえば。
「先輩、お昼は?」
「あ?今日は新作の味見で呼んだ。俺はいい」
は?
俺だけ食べて、先輩は食べないなんて。
そんなの……
「だめです!俺、買ってきます」
急いで立ち上がって、扉の方へ向かおうとした時、先輩が俺の腕を掴んだ。
「いいって」
「だめです。倒れますよ、普通に」
そう言ってまた扉の方を向いた時、掴まれた腕をぐっと引かれた。
バランスを崩しかけて、そのまま一気に距離が縮まった。
「おい、……春斗」
ーーえ?
い、今なんて。


