夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

***
どうやってあの人を見つけるか。
あの日からそればかり考えていた。
当然、あの日以来同じ夢を見ることはない。

夢の中の出来事なんて、普通なら忘れるはずなのに。
あのキスだけは、どうしても忘れられなかった。

「…絶対、また会える」

あんなにリアルな夢は初めてだった。
あの人の存在までも夢だなんて、絶対に認めたくない。
ーーなんて、柄にもないことを考えてる自分に、ちょっと笑える。

俺、桜木春斗。高校二年。

帰宅部で、これといった特技もない……って言いたいところだけど、唯一の趣味は、編み物。
小さい頃におばあちゃんに教わって、それからなんとなく続いてる。
……でもそんなこと、クラスのやつらには絶対に言えない。

ーー放課後、
日直だった俺は、日直日誌を職員室まで届けた。
その帰りだったーー

「きゃー!慎也先輩!」

上の階から降ってくる、黄色い悲鳴に足を止めた。

……え?

「なんだ、この騒ぎ……?」

思わず顔を上げたけど、上の階なので当然見えるはずがない。
その悲鳴に引き寄せられるように、足が勝手に階段を上がっていた。

階段を上がりきった瞬間、すぐにわかった。
人だかりの中心。
女子に囲まれて、微笑んでいる先輩。

名前を呼ばれて、
軽く手を振って、優しく応える。
ーー王子様。
という言葉がぴったりな男。

「…あ」

その横顔を見た瞬間、息が止まった。

「…あの人だ」

気づいた時にはもう、歩き出していた。
ざわつく人混みをかき分けて、まっすぐその人の前へ行く。

大きく深呼吸した。

「あの…ーーキスしてください!」

空気が、一瞬で凍ったのがわかった。

「は?」
「誰あいつ」
「え、やば……」

先輩を取り巻く女子達のざわつく声が聞こえてくる。

でも。

全部どうでもよかった。
俺には、目の前の王子様しか見えていない。

一瞬だけ、先輩の表情が止まる。

でもすぐに、いつものやわらかい笑顔に戻った。

ーそして、

「ごめんね、ちょっと待ってて」

取り巻きの女子にそう言って微笑むと、
俺の手首を掴んだ。

「っ、ちょ——」

そのまま、俺の手を引いて歩き続ける。

人気のない廊下の奥まで来て、
やっと手が離された。
さっきまでの優しそうな雰囲気は、もうどこにもない。

「誰、お前」

「頭大丈夫?」

ーーえ?

冷たく言い放たれて、思わず息を呑む。
一瞬、言葉が出なかった。
それでも、必死に言葉を繋ぐ。

「いや、ちょっと待ってください!夢で会いました!」

「あなたとキスしてーー」

そこまで言ったところで、先輩の目がわずかに細くなった。

「…へえ」

一歩近づいてくる。
反射的に後ずさろうとして、壁に背中がぶつかった。

「そんなに俺とキスしたいの?」

顎に指がかかって、ぐっと顔をあげられる。
目が合った瞬間、心臓がどくんっと音を立てた。
……同じ、だ。

夢で見た瞳。

このまま、もう一度ーー

そう思った瞬間。

「…するわけねえだろ、ばーか」

ぱっと手を離される。

「えっ?…は?」

さっきまでの空気が、嘘みたいに消えていく。

「"は?"じゃねえよ。意味わかんねえこと言ってくんな」

そのまま、背を向けて歩き出す先輩。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

思わず呼び止めると、面倒くさそうに振り返る。

「なんだよ」

「せ、せめて名前、教えてください。俺、桜木 春斗っていいます」

「…で?」

先輩は、興味無さそうにため息をついた。

でも、俺はここで引き下がる訳にはいかない。

「俺、絶対、もう一度キスしてもらいます。先輩に!」

一瞬、空気が止まった。

「…もう一度ってなんだよ」

「俺、お前とキスした覚え、ねえけど」

先輩は呆れたように言い捨てて、今度こそ歩き出した。