夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

自分で言ったくせに、何を言ってるんだと、遅れて理解する。

でもーーキスしたい。
その気持ちだけは、揺らがなかった。

「は?……しねえよ、ばーか」

あっさりと吐き捨てて、先輩が立ち上がる。そのまま距離を詰めてきて、俺の目の前で足を止めた。

「お前、キスしたいって言えばしてもらえると思ってんの?」

言葉が、出ない。

何も言えない俺を見て、先輩は小さく鼻で笑った。

顎に先輩の指がかかって、ぐっと顔を上げられる。無理やり視線が合わされた。

「だったらさ、したくなるようにしてみろよ。俺を」

ーーなに、それ。
何も返せないまま固まっていると、先輩はふっと手を離した。

「ま、今のは、ちょっとはマシだったけどな」

そう言って、意地悪く笑う。

「……なんだよ、それ」

思わず漏れた言葉に、自分で驚いた。

悔しいのに……嬉しいと思ってる自分が、もっとムカつく。

そんな俺を見て鼻で笑うと、先輩は何事もなかったように、パンを食べ始めた。

「早く食わねえと昼終わるぞ」

「あ……食べます」

慌ててパンにかじりついた。

でも、頭の中はさっきの言葉でいっぱいだった。

”したくなるようにしてみろよ”

それって、つまり。

「……どうすればいいんだよ」

***

昼休みが終わって教室に戻って来ても、さっきの先輩の言葉で頭がいっぱいだった。

机に突っ伏して考える。
近くで秋人が友達と盛り上がってる声が聞こえるけど、まともに顔を見る勇気はなかった。

この前、あんな風に言われたばかりなのに、また”どうすればキスしたくなる?”なんて聞いたら何を言われるかわからない。

「……無理だろ」

小さく呟いて、ポケットからスマホを取りだした。

ーーこんな時こそ、ネットの力を借りるしか。

”キスしたくさせる方法”
検索欄に打ち込んで、出てきた記事をスクロールしながら読んでいく。

〚さりげなく袖を引っ張る〛

「……いや、無理だろ」

先輩の裾を引っ張る自分を想像してみる。ーー即、振り払われる未来しか見えない。

〚自然に腕を組む〛

「……いきなり近づきすぎだろ」

近づいた瞬間、何を言われるか分かったもんじゃない。
そもそも腕を組んでキスしたくなるとか、この記事ほんとかよ。

〚後ろから抱きつく〛

「心臓、止まるわ!」

そんなことした瞬間、物理的にも社会的にも終わる気しかしない。

全部、無理なのばっかだろ。

「てか、なんでキスのためにこんなことしてんだ俺……」

ため息がこぼれた。
でも、やめる、という選択肢は不思議と浮かんでこない。

「どれか、やるしかない、か」

小さく呟いて、スマホの画面を閉じた。

***

「……はあ」
家に帰るなり、深く息を吐いた。

ため息を誤魔化すように、すぐに引き出しから編みかけの毛糸を取り出す。

制服のままベッドに腰かけて、ゆっくり編み針を動かしていく。

キャラメル色の毛糸は、もうほとんど形になっていた。

ーー小さなショルダーバッグ。

「……これ絶対、先輩に似合う」

もし、キスできたら。
これを先輩に渡そう。

そんなことを当たり前のように考えてしまう自分がいた。

苦笑いしながらつい、癖で写真におさめてしまう。

その流れでSNSを開く。
……通知、多くないか?

違和感を覚えながらコメント欄を開くと、目に飛び込んで来たのは、荒れた言葉の数々だった。

"先輩が可哀想"
"ストーカー男"
"男のくせにこんな投稿できるメンタルすご"
"絶対迷惑がられてるって"

スクロールしていく度に、刺さる言葉が増えていく。

小さくため息を吐いて、さらに下へスクロールした時、ふと指が止まった。

"sweet-cafe"
……この名前。

どこかで見た気がする。
もしかしてーー

先輩だと思って、前にフォローしたアカウント?

〚この色、悪くない〛

意味を理解するのに時間がかかった。
でも、読み返していくうちに、胸の奥がじんわり暖かくなっていく。

「やっぱ……先輩?」

いや、ただの偶然かもしれない。

でもーー

「どっちでもいいか、嬉しいし」

スマホを閉じて、編みかけの毛糸を見つめる。
キャラメル色。
甘くて少し、苦い色。

"〚この色 悪くない〛"

「やっぱり……先輩とキスする」

明日は、久しぶりのバイトだ。

"したくなるようにしてみろよ"

「……むずすぎだろ」

その先の展開なんて、やってみないとわからない。

ーー明日。
やるしかない。