夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

***

「……やっぱ、来ないか」

昼休みを告げるチャイムが鳴った瞬間、反射的にスマホを開いた。

ーー通知は、ない。

一度閉じて、またすぐに画面をつける。

……ない。

昨日みたいに理科準備室に呼び出されるかも、なんて密かに期待していた。

ーー理科準備室に行ってみるか?

でも……昨日のことが頭をよぎって、行く勇気がなかった。

「春斗!お前何があったんだよ!また噂になってる」

秋人がスマホを片手に走ってきて、はっとして顔を上げた。

「……え?」

「例の先輩のドーナツ屋。お前が裏口から出てくるのを見たやつがいるらしい」

秋人の言葉を聞いて、嫌な予感が背筋をなぞる。

「掲示板、やばいことになってる。見ろよ」

言われるままに、秋人のスマホを受け取る。画面を覗くと、校内の情報共有のSNS掲示板だった。

"ドーナツ屋の裏口から出てきた"
"キスしてほしいって言ってたらしい"
"昼休みも追いかけてるって聞いた"

スクロールする指は止まらない。

"うわ、気持ち悪"
"完全にストーカー"
"先輩が、かわいそう”

そのまま視線を下げた瞬間、一気に血の気が引いた。

見覚えのある写真。
キャラメル色の毛糸と、食べかけのドーナツの写真。

ーー俺の、アカウント。

「……なんで」

「これ、お前のSNSなのか?特定されたっぽいな」

秋人の声が遠くに聞こえる。

編み物は唯一の俺の趣味で、俺を表現出来る大事なものだった。

このアカウントだけは、誰にも知られたくなかった。

教室が不自然にざわついていて、チラチラと俺を見てくる視線が痛い。

「てかさ、先輩も先輩じゃない?」

「わかる。こういうのって、無駄に相手すると付け上がるんだよね」

ふと近くで耳に入ってきた声。

ーーは?
一瞬、頭が回らなかった。
でも、意味を理解した瞬間に、気づけば言葉を発していた。

「……違うだろ」

自分でも驚くくらい、低くて大きな声だった。

「先輩は、そんな人じゃない」

周りの視線が一斉に集まった。
その直後ーー

「え、なに」
「うわ、まじで言ってる」
「桜木やばい」

ざわざわとそんな声が広がって、教室の空気と、俺を見る目が変わっていく。

ーー終わったな、俺。

でも、不思議と昨日のような痛さは感じなくて……むしろ。

先輩に会えない。
先輩に近づけない。

なにより、先輩に関わることすらできなくなる方が、ずっと怖かった。

「春斗、落ち着けって」

秋人の言葉に、はっとして我に返る。

「それとさ、もう先輩に関わるの、やめとけ」

ーーやめとけなんて、簡単に言うなよ。

そう言いたくて仕方がなかったが、心配そうに言う秋人の目を見て、必死で飲み込んだ。

「このままいったら、お前ほんとに面倒なことになるぞ」

ーーもう、なってるだろ。

全部、わかってる。

わかってるけどーー

「それでも、いいんだよ」

俺の言葉に、わかりやすく固まる秋人。

「は?」

聞き返されても、何を言われても、決心は変わらない。

「別に、どう思われてもいい。周りが何言ってても、関係ない」

ーー先輩と関われなくなるよりは、マシだ。

「だから、俺は先輩と関わるの、やめる気ないから」

その言葉に、秋人が引いたのがはっきりとわかった。

それでも、いい。

「……お前さ、ほんとに」

何か言いかけて、言葉を飲み込むと、秋人はそれ以上、何も言わなかった。

***

家に帰ると、靴を脱ぐのもそこそこに、ベッドに向かった。
制服のままベッドに倒れ込んで、天井を見上げる。

「……ふう」

深呼吸して、目を閉じると、浮かんでくるのは、先輩ばかり。

ゆっくり体を起こして、編みかけの毛糸を取り出す。

「……アカウントは、しばらく休みだな」

小さく呟いて、ゆっくりと編み針を動かした。

ーー俺は、あの日。
あの夢を見て、決めたんだ。

絶対に見つけて、キスしてもらうって。

「……だから」

先輩に、完全に拒絶されるまではーー

「絶対に、引かない」