***
「……やっぱ、来ないか」
昼休みを告げるチャイムが鳴った瞬間、反射的にスマホを開いた。
ーー通知は、ない。
一度閉じて、またすぐに画面をつける。
……ない。
昨日みたいに理科準備室に呼び出されるかも、なんて密かに期待していた。
ーー理科準備室に行ってみるか?
でも……昨日のことが頭をよぎって、行く勇気がなかった。
「春斗!お前何があったんだよ!また噂になってる」
秋人がスマホを片手に走ってきて、はっとして顔を上げた。
「……え?」
「例の先輩のドーナツ屋。お前が裏口から出てくるのを見たやつがいるらしい」
秋人の言葉を聞いて、嫌な予感が背筋をなぞる。
「掲示板、やばいことになってる。見ろよ」
言われるままに、秋人のスマホを受け取る。画面を覗くと、校内の情報共有のSNS掲示板だった。
"ドーナツ屋の裏口から出てきた"
"キスしてほしいって言ってたらしい"
"昼休みも追いかけてるって聞いた"
スクロールする指は止まらない。
"うわ、気持ち悪"
"完全にストーカー"
"先輩が、かわいそう”
そのまま視線を下げた瞬間、一気に血の気が引いた。
見覚えのある写真。
キャラメル色の毛糸と、食べかけのドーナツの写真。
ーー俺の、アカウント。
「……なんで」
「これ、お前のSNSなのか?特定されたっぽいな」
秋人の声が遠くに聞こえる。
編み物は唯一の俺の趣味で、俺を表現出来る大事なものだった。
このアカウントだけは、誰にも知られたくなかった。
教室が不自然にざわついていて、チラチラと俺を見てくる視線が痛い。
「てかさ、先輩も先輩じゃない?」
「わかる。こういうのって、無駄に相手すると付け上がるんだよね」
ふと近くで耳に入ってきた声。
ーーは?
一瞬、頭が回らなかった。
でも、意味を理解した瞬間に、気づけば言葉を発していた。
「……違うだろ」
自分でも驚くくらい、低くて大きな声だった。
「先輩は、そんな人じゃない」
周りの視線が一斉に集まった。
その直後ーー
「え、なに」
「うわ、まじで言ってる」
「桜木やばい」
ざわざわとそんな声が広がって、教室の空気と、俺を見る目が変わっていく。
ーー終わったな、俺。
でも、不思議と昨日のような痛さは感じなくて……むしろ。
先輩に会えない。
先輩に近づけない。
なにより、先輩に関わることすらできなくなる方が、ずっと怖かった。
「春斗、落ち着けって」
秋人の言葉に、はっとして我に返る。
「それとさ、もう先輩に関わるの、やめとけ」
ーーやめとけなんて、簡単に言うなよ。
そう言いたくて仕方がなかったが、心配そうに言う秋人の目を見て、必死で飲み込んだ。
「このままいったら、お前ほんとに面倒なことになるぞ」
ーーもう、なってるだろ。
全部、わかってる。
わかってるけどーー
「それでも、いいんだよ」
俺の言葉に、わかりやすく固まる秋人。
「は?」
聞き返されても、何を言われても、決心は変わらない。
「別に、どう思われてもいい。周りが何言ってても、関係ない」
ーー先輩と関われなくなるよりは、マシだ。
「だから、俺は先輩と関わるの、やめる気ないから」
その言葉に、秋人が引いたのがはっきりとわかった。
それでも、いい。
「……お前さ、ほんとに」
何か言いかけて、言葉を飲み込むと、秋人はそれ以上、何も言わなかった。
***
家に帰ると、靴を脱ぐのもそこそこに、ベッドに向かった。
制服のままベッドに倒れ込んで、天井を見上げる。
「……ふう」
深呼吸して、目を閉じると、浮かんでくるのは、先輩ばかり。
ゆっくり体を起こして、編みかけの毛糸を取り出す。
「……アカウントは、しばらく休みだな」
小さく呟いて、ゆっくりと編み針を動かした。
ーー俺は、あの日。
あの夢を見て、決めたんだ。
絶対に見つけて、キスしてもらうって。
「……だから」
先輩に、完全に拒絶されるまではーー
「絶対に、引かない」
「……やっぱ、来ないか」
昼休みを告げるチャイムが鳴った瞬間、反射的にスマホを開いた。
ーー通知は、ない。
一度閉じて、またすぐに画面をつける。
……ない。
昨日みたいに理科準備室に呼び出されるかも、なんて密かに期待していた。
ーー理科準備室に行ってみるか?
でも……昨日のことが頭をよぎって、行く勇気がなかった。
「春斗!お前何があったんだよ!また噂になってる」
秋人がスマホを片手に走ってきて、はっとして顔を上げた。
「……え?」
「例の先輩のドーナツ屋。お前が裏口から出てくるのを見たやつがいるらしい」
秋人の言葉を聞いて、嫌な予感が背筋をなぞる。
「掲示板、やばいことになってる。見ろよ」
言われるままに、秋人のスマホを受け取る。画面を覗くと、校内の情報共有のSNS掲示板だった。
"ドーナツ屋の裏口から出てきた"
"キスしてほしいって言ってたらしい"
"昼休みも追いかけてるって聞いた"
スクロールする指は止まらない。
"うわ、気持ち悪"
"完全にストーカー"
"先輩が、かわいそう”
そのまま視線を下げた瞬間、一気に血の気が引いた。
見覚えのある写真。
キャラメル色の毛糸と、食べかけのドーナツの写真。
ーー俺の、アカウント。
「……なんで」
「これ、お前のSNSなのか?特定されたっぽいな」
秋人の声が遠くに聞こえる。
編み物は唯一の俺の趣味で、俺を表現出来る大事なものだった。
このアカウントだけは、誰にも知られたくなかった。
教室が不自然にざわついていて、チラチラと俺を見てくる視線が痛い。
「てかさ、先輩も先輩じゃない?」
「わかる。こういうのって、無駄に相手すると付け上がるんだよね」
ふと近くで耳に入ってきた声。
ーーは?
一瞬、頭が回らなかった。
でも、意味を理解した瞬間に、気づけば言葉を発していた。
「……違うだろ」
自分でも驚くくらい、低くて大きな声だった。
「先輩は、そんな人じゃない」
周りの視線が一斉に集まった。
その直後ーー
「え、なに」
「うわ、まじで言ってる」
「桜木やばい」
ざわざわとそんな声が広がって、教室の空気と、俺を見る目が変わっていく。
ーー終わったな、俺。
でも、不思議と昨日のような痛さは感じなくて……むしろ。
先輩に会えない。
先輩に近づけない。
なにより、先輩に関わることすらできなくなる方が、ずっと怖かった。
「春斗、落ち着けって」
秋人の言葉に、はっとして我に返る。
「それとさ、もう先輩に関わるの、やめとけ」
ーーやめとけなんて、簡単に言うなよ。
そう言いたくて仕方がなかったが、心配そうに言う秋人の目を見て、必死で飲み込んだ。
「このままいったら、お前ほんとに面倒なことになるぞ」
ーーもう、なってるだろ。
全部、わかってる。
わかってるけどーー
「それでも、いいんだよ」
俺の言葉に、わかりやすく固まる秋人。
「は?」
聞き返されても、何を言われても、決心は変わらない。
「別に、どう思われてもいい。周りが何言ってても、関係ない」
ーー先輩と関われなくなるよりは、マシだ。
「だから、俺は先輩と関わるの、やめる気ないから」
その言葉に、秋人が引いたのがはっきりとわかった。
それでも、いい。
「……お前さ、ほんとに」
何か言いかけて、言葉を飲み込むと、秋人はそれ以上、何も言わなかった。
***
家に帰ると、靴を脱ぐのもそこそこに、ベッドに向かった。
制服のままベッドに倒れ込んで、天井を見上げる。
「……ふう」
深呼吸して、目を閉じると、浮かんでくるのは、先輩ばかり。
ゆっくり体を起こして、編みかけの毛糸を取り出す。
「……アカウントは、しばらく休みだな」
小さく呟いて、ゆっくりと編み針を動かした。
ーー俺は、あの日。
あの夢を見て、決めたんだ。
絶対に見つけて、キスしてもらうって。
「……だから」
先輩に、完全に拒絶されるまではーー
「絶対に、引かない」


