***
「春斗!お前今日いつにも増して、顔やばいぞ」
朝のホームルーム前、いつものように机に突っ伏していた俺に聞き慣れた声が飛んできた。
顔を上げると、秋人が呆れた顔でこちらを見ている。
「……なあ、秋人」
「ん?」
「夢ってさ、なんで見ると思う?」
「は?急になんだよ!?」
眉をひそめる秋人に構わず続ける。
「なんかさ……めちゃくちゃリアルな夢見るんだよ」
「……ふーん」
「しかも、二回目」
「いや、知らねえよ。疲れてんじゃね?」
軽く流すように返される。
「夢なんてさ、浅い眠りのときに、普段考えてることが出るだけだろ」
ーーあんなこと、普段考えてるとでも言いたいのか。思わず首を横に振る。
「い、いやそれは、ない」
「急に必死じゃん。なんだよ」
「だって最初に見た時、俺はまだ先輩の存在すら知らなかったし……」
「は?また慎也先輩かよ、怖っ」
引いた顔になって腕を組む秋人。
ーーあれが、ただの夢?
正直、秋人の反応なんてどうでもよかった。
頭の中に残っているのは、あの感触とーー先輩の顔。
「……やっぱさ、俺」
整理なんてできてないのに、ひとつだけ、はっきりしていることがある。
「ちゃんと現実で、キスしたいわ」
「は!?」
秋人の声が、教室中に大きく響いた。
***
授業中だと言うのに、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
ーーやっと先輩に少し近づけたというのに、またあんな夢を見てしまうなんて。
「……俺、まじで…やばいかも」
小さく呟いた瞬間、ポケットの中のスマホがぶるっと震えた。机の下で、差出人の名前を確認した瞬間ーー
「えっ?」
思わず漏れた声に、近くの席の何人かがこちらを見ていて慌てて視線を落とす。
初めての先輩からのメッセージ。
深呼吸して、トーク画面を開いた。
【昼休み、購買のパン 。理科準備室】
先輩らしい短い文。
ーーこれって、誘われてる?
いや、違う。きっとただの雑用。
でも、先輩の昼休みをまた俺が独占できる。
ーーそれだけで十分過ぎる。
昼休み開始を告げるチャイムと同時に立ち上がり購買へ走った。
チョココロネ、クリームパン、メロンパン。
先輩の好みの甘いパンを買って理科準備室へ急ぐ。
「……あれ?」
扉を開けたが、中には誰もいない。
ーー先輩、まだ来てないのか?
部屋の中を見渡しても人の気配はなく、シーンと静まり返っていた。
先輩が来るまで待とうと、椅子に腰掛けようとした瞬間ーー
「おい」
背後から耳元に落ちた声に、びくっと飛び上がった。
それにしても距離が、近い。
なんせあんな夢を見たあと、変に意識してしまう。
言葉を発さないまま固まる俺を見て、先輩は眉をひそめた。
「なに固まってんだよ」
「あ、な、なんでもないです……こ、これ!」
慌てて視線を逸らして、パンの入った袋を差し出すと、無造作に受け取って、近くの席に腰掛ける先輩。
そのまま袋を開けて、パンをひとつ取り出した。
「お前も食え」
「……はい」
向かいに座っていると、どうしても視線が先輩に向いてしまう。
目の前にいる先輩と俺は、昨日ーー夢の中で……しかも、あんなーー
「……っ」
思い出しかけて、慌てて首を振る。
目の前の先輩の仕草も、声も、夢の中と重なって、気づけばまた見てしまう。
「で?」
ふいに先輩が口を開いた。
「なんでそんな挙動不審なわけ?」
その言葉にドキッとして視線を上げると、先輩がこちらを見ていた。
「……キモさ、増してるけど」
「な、なな、なんでもないです」
思わず声が裏返った。
「ふーん」
興味なさそうに呟きながらも、視線はまだ俺を見ている。
「お前今、何考えてんの」
頭の中にあるのは、今朝の夢のことばかり。でもーーそんなこと言えるわけない。
「ほ、ほんとに、なんも……」
そう言いかけた時、先輩も同時に話し出した。
「お前今日の雑用ーー」
「……キ、キスのことなんて考えてな、い……」
ーーあ。
焦って思わず口から漏れた言葉。
自分で何を言ったのか理解した瞬間、血の気が引いていくのがわかった。
おそるおそる顔を上げると、先輩はじっと俺を見て、すっと距離が詰められる。
「……懲りねえな、お前」
先輩の声がすぐ近くで響く。
逃げようとしたわけでもないのに、体が動かない。
気づけば、先輩との距離はほとんどなくなっていた。
「お前、そんなにキスしたいわけ?」
そのままじっと見下ろされる。
視線を逸らしたくても、逸らせない。
ーー正夢?
……いや、そんなわけない。
あまりに夢とリンクしすぎてるこの状況に、理解が追いつかない。
でもーー俺は、先輩と。
「……したい、です」
その言葉に、先輩の動きが止まった。
ーー言ってしまった。
今のは、さすがにやばかったかも。
固まったまま動けない俺に、先輩がゆっくりと近づいてくる。
いや、これ……まじでーー
思わず息を止めた瞬間、ふっと先輩の口元が歪んだ。
「調子乗んな、ばーか」
一気に現実に引き戻されて、はっと我に
返った。
何も言い返せないまま固まってる俺に、ぽいっとパンが投げられる。
「ほら、食え。昼終わるぞ」
ーー先輩こそ何考えてんだよ、ほんと。
胸の奥がぐちゃぐちゃにかき乱されたまま、渡されたパンに無理やりかじりついた。
***
教室に戻るまでの記憶がほとんどない。
気づいたら自分の席に座って、目の前の机をぼんやり見つめていた。
一瞬正夢なのかと思ったくらい、もう少しで触れる距離だった。
「……期待した俺、ほんとバカみたいだ」
先輩は一体どんなつもりだったんだ。
からかってる?
それともーー
「おい、春斗」
答えが出せないまま、ぐるぐると同じことを考え続ける。
「……おいって!聞いてんのか!」
机を叩く音にびくっと体が跳ねて、顔を上げると、秋人がこちらを見ている。
「また、何ぼーっとしてんだよ」
「あ、いや……」
「お前最近、ほんとやばいぞ」
「……そう、かも」
小さく呟いた声は、自分でも驚くくらいに弱かった。
「春斗!お前今日いつにも増して、顔やばいぞ」
朝のホームルーム前、いつものように机に突っ伏していた俺に聞き慣れた声が飛んできた。
顔を上げると、秋人が呆れた顔でこちらを見ている。
「……なあ、秋人」
「ん?」
「夢ってさ、なんで見ると思う?」
「は?急になんだよ!?」
眉をひそめる秋人に構わず続ける。
「なんかさ……めちゃくちゃリアルな夢見るんだよ」
「……ふーん」
「しかも、二回目」
「いや、知らねえよ。疲れてんじゃね?」
軽く流すように返される。
「夢なんてさ、浅い眠りのときに、普段考えてることが出るだけだろ」
ーーあんなこと、普段考えてるとでも言いたいのか。思わず首を横に振る。
「い、いやそれは、ない」
「急に必死じゃん。なんだよ」
「だって最初に見た時、俺はまだ先輩の存在すら知らなかったし……」
「は?また慎也先輩かよ、怖っ」
引いた顔になって腕を組む秋人。
ーーあれが、ただの夢?
正直、秋人の反応なんてどうでもよかった。
頭の中に残っているのは、あの感触とーー先輩の顔。
「……やっぱさ、俺」
整理なんてできてないのに、ひとつだけ、はっきりしていることがある。
「ちゃんと現実で、キスしたいわ」
「は!?」
秋人の声が、教室中に大きく響いた。
***
授業中だと言うのに、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
ーーやっと先輩に少し近づけたというのに、またあんな夢を見てしまうなんて。
「……俺、まじで…やばいかも」
小さく呟いた瞬間、ポケットの中のスマホがぶるっと震えた。机の下で、差出人の名前を確認した瞬間ーー
「えっ?」
思わず漏れた声に、近くの席の何人かがこちらを見ていて慌てて視線を落とす。
初めての先輩からのメッセージ。
深呼吸して、トーク画面を開いた。
【昼休み、購買のパン 。理科準備室】
先輩らしい短い文。
ーーこれって、誘われてる?
いや、違う。きっとただの雑用。
でも、先輩の昼休みをまた俺が独占できる。
ーーそれだけで十分過ぎる。
昼休み開始を告げるチャイムと同時に立ち上がり購買へ走った。
チョココロネ、クリームパン、メロンパン。
先輩の好みの甘いパンを買って理科準備室へ急ぐ。
「……あれ?」
扉を開けたが、中には誰もいない。
ーー先輩、まだ来てないのか?
部屋の中を見渡しても人の気配はなく、シーンと静まり返っていた。
先輩が来るまで待とうと、椅子に腰掛けようとした瞬間ーー
「おい」
背後から耳元に落ちた声に、びくっと飛び上がった。
それにしても距離が、近い。
なんせあんな夢を見たあと、変に意識してしまう。
言葉を発さないまま固まる俺を見て、先輩は眉をひそめた。
「なに固まってんだよ」
「あ、な、なんでもないです……こ、これ!」
慌てて視線を逸らして、パンの入った袋を差し出すと、無造作に受け取って、近くの席に腰掛ける先輩。
そのまま袋を開けて、パンをひとつ取り出した。
「お前も食え」
「……はい」
向かいに座っていると、どうしても視線が先輩に向いてしまう。
目の前にいる先輩と俺は、昨日ーー夢の中で……しかも、あんなーー
「……っ」
思い出しかけて、慌てて首を振る。
目の前の先輩の仕草も、声も、夢の中と重なって、気づけばまた見てしまう。
「で?」
ふいに先輩が口を開いた。
「なんでそんな挙動不審なわけ?」
その言葉にドキッとして視線を上げると、先輩がこちらを見ていた。
「……キモさ、増してるけど」
「な、なな、なんでもないです」
思わず声が裏返った。
「ふーん」
興味なさそうに呟きながらも、視線はまだ俺を見ている。
「お前今、何考えてんの」
頭の中にあるのは、今朝の夢のことばかり。でもーーそんなこと言えるわけない。
「ほ、ほんとに、なんも……」
そう言いかけた時、先輩も同時に話し出した。
「お前今日の雑用ーー」
「……キ、キスのことなんて考えてな、い……」
ーーあ。
焦って思わず口から漏れた言葉。
自分で何を言ったのか理解した瞬間、血の気が引いていくのがわかった。
おそるおそる顔を上げると、先輩はじっと俺を見て、すっと距離が詰められる。
「……懲りねえな、お前」
先輩の声がすぐ近くで響く。
逃げようとしたわけでもないのに、体が動かない。
気づけば、先輩との距離はほとんどなくなっていた。
「お前、そんなにキスしたいわけ?」
そのままじっと見下ろされる。
視線を逸らしたくても、逸らせない。
ーー正夢?
……いや、そんなわけない。
あまりに夢とリンクしすぎてるこの状況に、理解が追いつかない。
でもーー俺は、先輩と。
「……したい、です」
その言葉に、先輩の動きが止まった。
ーー言ってしまった。
今のは、さすがにやばかったかも。
固まったまま動けない俺に、先輩がゆっくりと近づいてくる。
いや、これ……まじでーー
思わず息を止めた瞬間、ふっと先輩の口元が歪んだ。
「調子乗んな、ばーか」
一気に現実に引き戻されて、はっと我に
返った。
何も言い返せないまま固まってる俺に、ぽいっとパンが投げられる。
「ほら、食え。昼終わるぞ」
ーー先輩こそ何考えてんだよ、ほんと。
胸の奥がぐちゃぐちゃにかき乱されたまま、渡されたパンに無理やりかじりついた。
***
教室に戻るまでの記憶がほとんどない。
気づいたら自分の席に座って、目の前の机をぼんやり見つめていた。
一瞬正夢なのかと思ったくらい、もう少しで触れる距離だった。
「……期待した俺、ほんとバカみたいだ」
先輩は一体どんなつもりだったんだ。
からかってる?
それともーー
「おい、春斗」
答えが出せないまま、ぐるぐると同じことを考え続ける。
「……おいって!聞いてんのか!」
机を叩く音にびくっと体が跳ねて、顔を上げると、秋人がこちらを見ている。
「また、何ぼーっとしてんだよ」
「あ、いや……」
「お前最近、ほんとやばいぞ」
「……そう、かも」
小さく呟いた声は、自分でも驚くくらいに弱かった。


