夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

***

黒?それとも、もっとシンプルに…
頭の中に浮かぶのは、まだ形になっていない編み物のイメージ。

もちろん、先輩に似合うものを編むという一択だった。

完成する頃には、
キス、してたりすんのかな。
……いや、何考えてんだ俺。

放課後までの授業中もずっと先輩のことが頭の中から消えることはなかった。

チャイムが鳴った瞬間、待ってましたと言わんばかりの速さで、教室を出て校門へ向かった。

ーーまだ、いない。
ーー来るよな。
「待たねえ」って言ってたけど。

まさか、な。

時間が経つにつれて、少し不安になってきた時、背後から先輩の声がした。

「おい」

ーーよ、よかった。
こんなことなら連絡ーー
ってそうじゃん。
連絡先聞いても…いいよな!?

「あ、あの先輩ーー」

「行くぞ」

そんな俺を横目に一瞥して、歩き出す先輩の後ろを小走りで追いかける。

ーー並んで歩いてもいいのか?
いや、さすがにダメだろ。
てか、連絡先ーー!

そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかカラフルな看板が見えてきた。
この前並んだ正面入口ではなく、裏口の方へ回る先輩。
その後ろについて中に入ると、ふわっと甘い匂いが広かった。

「あら、慎也くん早いね」

奥から現れた優しそうな年配の女性が、柔らかく笑いながら先輩に挨拶した。

ーースタッフの人?
いや、雰囲気的にお店のオーナーさんとか?

「こいつ、入れていいすか?…今日から俺の調理サポートさせたいんですけど」

そう言って軽く顎で俺を差した。

ーーえ、"俺の"?
先輩の専属ってこと!?

「あら、いいじゃない」

ーーてか、早っ!
あっさりと頷くオーナーらしき女性に、拍子抜けする。

「はじめまして。オーナーの富永です。何くん?」

にこりと微笑んで俺を見た富永さんに、慌てて頭を下げた。

「あ、はじめまして!桜木 春斗です。よろしくお願いします!」

「春斗くん、よろしくね」

そう言って富永さんはレジの方へ歩いていった。

「こっち来い」

先輩の後に続いてロッカールームに入り、手渡されたのは、見慣れない服。

ーーえ?作業服?
あれ、この店の制服ってこんなんじゃなくないか?

「俺、これ着るんですか?」

「他に誰がいるんだよ」

ーーはいぃ!?
ぽかんとしたまま固まっている俺に先輩は続けた。

「お前、何を勘違いしてんだ」

「お前の仕事はこれ。やっとけ」

そう言って先輩が指す先におそるおそる視線を向ける。

シンクいっぱいに山積みになっている皿や調理器具。

「こ、これ全部ですか?」

「当たり前だろ。雑用係だからな。じゃ、俺、表行くから」

そう言い残して先輩はさっさとその場を離れていく。

ーーえ、ちょ、ちょっと待って……

声をかける間もなく、先輩の背中は見えなくなった。
残されたのは、大量の食器と作業服。

思わずため息がこぼれる。
でも、これも先輩に近づくためだ。

「……やるしかない、か」

小さく呟いて、作業服に着替え皿を洗い始めた時。

「あれ、新人くん?」

後ろから声がして、振り返ると制服を着た男性スタッフらしき人が立っていた。

オシャレな黒縁メガネに、
髪はほんのり茶色の緩いウェーブ。

……この店、顔面偏差値どうなってんだ?

「あ、桜木春斗です」

「もしかして、慎也のサポート?」

「…はい」

「俺、本間透!よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

「慎也のサポートは、中々大変だろうけど頑張ってね」

「何かあったらいつでも言って」

そう言って微笑むと奥へ入っていった。

それにしてもこの店。
慎也先輩に本間さん、イケメンしかいない上、ドーナツもめちゃくちゃ美味しい。
行列になる意味が改めてわかった気がした。

そんなことを考えながら、皿洗いを続けていると、背後に人の気配を感じた。

振り返ると、さっきまでのラフな雰囲気とは少し違う、接客モードの先輩。
店の制服はやっぱり似合いすぎている。

「……か、かっこよすぎ」

思わず声が漏れて、固まったまま動けなくなる俺の頬を軽くつねった。

「見惚れてんじゃねーよ、ばーか」

「俺が戻るまでに、それ全部終わらせとけよ」

ーーえぇ!?

「こ、これ全部ですか?」

「当たり前だろ」

間に合うんだろうか。
…いや、間に合わせる。
早く終えてあわよくば、接客スマイルの先輩を拝みたい。

「任せて下さい!必ず終わらせます」

俺の言葉に、意地悪を含んだように笑う先輩。

「……行ってくる」

「い、行ってらっしゃい」

先輩の背中を見送って、皿洗いに戻った。