七人の訳あり王子と、八番目の薬草姫

冗談みたいな口調。
でも、今この場に必要なのは、逃げ道のない形式だった。
言葉だけで応酬していると、空気の強い方が勝ってしまう。だから一度、見える形へ落とす。
カシミールはふざけているようで、時々いちばん残酷な近道を選ぶ。

レオンハルトが「やめろ」と言う前に、ヨアヒムが静かに言った。

「やるべきだ」
「ヨアヒム?」

フロリアンが驚く。
ヨアヒムは淡々と続けた。

「一度、言葉を形にしないと、空気に殺される。賛否を出すことで、空気の刃が鈍る」
「……空気の刃、ね」
「今のままでは、誰も本音を言えません」

ベルは思った。
聖職者の子の言葉だ。正しさを形式に落とす人の言葉。
見えないものほど、まず形にしなければ裁けないと知っている人の言葉。
カシミールが笑う。

「決まり。じゃ、挙げて」

ジークムントが先に手を挙げた。
迷いがない。自分の論理の中で、もう答えは決まっている人の手。
ヨアヒムが、ゆっくり手を挙げる。
驚きが走る。だが、彼の顔は静かだ。

『廃止が正しい』ではなく、『今の王宮では割れる』と判断した顔。
理想ではなく、現状への絶望を選んだ顔。

ルーペルトも、逡巡の末に手を挙げた。
書記局の改竄を経験した男は、『制度の穴』の怖さを知っている。
一枚の紙、一つの印、一つの鍵で全部が歪む現実を、誰よりも近くで見た人間の手。

フロリアンは挙げない。
コンスタンティンも挙げない。小さな拳を膝の上で握りしめる。
その拳は、恐怖に耐えるみたいに固かった。

レオンハルトも挙げない。
ただし、その目は冷たく冴えていた。
怒りでも焦りでもなく、計算している目。

そしてベルは、挙げなかった。
自分が挙げたら、自分の存在を自分で否定することになる。
王の血も、魔女の血も、『真名』も、例外も、全部いらないと言う側に、自分が立つことになる。
それは違うと思った。違うとしか、まだ言えなかった。

カシミールは手を挙げず、笑った。

「三対三。僕は棄権。ベルも棄権、でいいのかな?——つまり、今日ここでは決められないね」
「……」

会議室がざわつく。
『決められない』という結果が、最悪のようで、でも必要なクッションにもなった。
今ここでどちらかが押し切れば、押し切られた側の遺恨だけが残る。そうならなかったことに、ベルは密かに息をつく。

ジークムントが静かに言った。

「見ただろう。割れる。これがあと十三日続く。合議は成立しない。王政は廃止になる。——それが一番合理的だ」
「合理的、って……それでいいの?」
「いい」

フロリアンが震える声で言うと、ジークムントは即答した。

「少なくとも、誰かが死ぬよりは」
「……」

ベルは喉が詰まった。
この瞬間、ジークムントは『被害者』であり『救世主』に見える。
耳を失いかけた人間が、争いを終わらせるために制度そのものを手放そうとしている。
そう見えるから、強い。
そう見えるからこそ、危うい。

レオンハルトが立ち上がった。

「今日はここまでだ」
「逃げるのか」
「逃げない」

レオンハルトは淡々と言い切った。

「割れるなら、割れない仕組みを作る。——それが俺たちの合議だ」
「仕組み?」
「監査と記録と、相互の拘束だ。王を決める前に、王を縛る仕組みを決める」
「……」

ジークムントが黙る。
完全に封じられたわけではない。だが、次の議題を先に置かれたことで、一歩だけ押し返されたのは確かだった。

ベルは胸の奥で息を整えた。
今日、ジークムントの理屈は一度通った。
それが必要だった。
一度きちんと通ったものの方が、次に崩す時も納得が生まれる。
なかったことにするより、受け止めた上でひっくり返す方が強い。

会議室を出る直前、ジークムントがベルにだけ聞こえるくらいの声で言った。

「ベル。君は優しい。だから君は、最後に一番痛い選択をする」
「……」
「君は、守るためなら自分が嫌われる方を選べる」

ベルは答えなかった。
答えないまま、前を向いた。

痛い選択を、痛いままやるために。
誰かの犠牲を『仕方ない』で流さないために。
ベルは『仕組み』を作らなければならない。
人が善人か悪人かに賭けなくても、壊れにくい形を。そうしなければ、きっとまた燃える。



ベルが医師から報告を受けたのは、喪布越しの弱い光の中。
朝だというのに部屋は薄暗く、夜の続きをそのまま引きずっているみたいだった。
王宮の朝は、何かが終わるより先に、何かが決まってしまう。

「……左耳の聴力が、完全には戻っておりません」
「どれくらい」
「高い音域が特に。耳鳴りも残る見込みです」

医師の声は抑えられていた。
抑えられているぶん、その内容だけがはっきり耳に残る。

ベルは一瞬だけ目を閉じた。
間に合わせた。それでも残った。
あの夜、すぐに動いた。処置も遅らせなかった。できることはした。
それでも残る時は残る。
突発は残ることがある。残るからこそ怖い。

その日の会合で、ジークムントは何事もなかったように座っていた。
背筋は伸び、顔色も整えられている。声も滑らかで、表面だけ見れば昨夜の異変などなかったみたいに。
だが、聞こえる側の耳を無意識に相手へ向ける癖が出ていた。
視線の前に、耳が先に向く。
その小さな傾きが、一度気づくとひどく目につく。

そして、その癖にいちばん早く気づいたのは——ジークムント自身だった。

ベルが視線を上げると、ジークムントがこちらを見ていた。
冷たい目。
感謝ではない。
借りの目でもない。『恨み』の目。

ベルは理解した。

助けたから終わりではない。
助けたから、始まる。
弱みを見られた相手にとって、救われた事実そのものが新しい火種になることがある。

秘喪の一か月は、また一つ、形を変えて転がり始めた。

会議室の机の上に置かれた紙束は、昨夜よりも厚く見えた。
厚いのは紙のせいではない。そこに積もった疑いのせいだ。
誰かが何かを足し、誰かが何かを隠し、そうして紙はいつも実際より重くなる。

「——合議書の草案だ」

レオンハルトが言った。
布手袋のまま、束を二度、指先で叩く。
その仕草に無駄はない。だが静かな苛立ちだけは隠れていなかった。

秘喪の一か月。
八人で次の王を決めるために、話し合いの内容を文書にまとめ、全員が同意したものに署名して封をする。
言葉を記録に落とし、後から捻じ曲げられないようにする。
そのための草案。

それが、崩れた。

「昨夜、俺が確認した時はこうだった。今朝、確認したら変わっていた」

紙の端に、線が引かれている。
細い線。だが、その線の先にある文言は、細くない。

——「ベルは合議に加わる資格を欠く」
——「ベルの書簡は真偽不明のため、再検証まで隔離とする」

ベルは目を細めた。
やり口が雑になってきた。

偽蜜蝋の件で失敗した。火事未遂も未遂に終わった。
次は言葉で崩す。
手が届きやすくて、しかも人が疑い合うやつ。
刃物より安く、毒より痕が残りにくい方法。

「……誰が書いたんだよ、これ」

ルーペルトが机を叩いた。
怒りの矛先は紙に向いている。昨日の厨房よりはずっとましだ。
少なくとも、今は人ではなく証拠に拳が向いている。

フロリアンは顔を青くしてベルを見る。

「ベルを外すって……そんな、父上の書簡には——」
「書簡が本物だと決まったわけじゃない」

ジークムントが淡々と言った。
片耳をわずかに相手へ向ける癖が、もう隠せていない。
それでも声は滑らかく、弱った気配を見せないよう、丁寧に整えられている。
その整え方が、かえって昨夜の後遺を感じさせた。

「……昨夜の草案は、誰が保管していた?」

レオンハルトの視線が滑る。
最後に触れた者を探す目、人ではなく、順番を追う目だった。
そこで、ルーペルトが口を開いた。

「俺だ」

低い声。硬い声。
ルーペルト。書記局と帳簿の管理を任されている男。
真面目で、几帳面で、だからこそ今、顔色が悪い。
几帳面な人間ほど、自分の手元で起きた改竄に弱い。

「合議の記録は俺が保管してる。封はしていない。草案だから、修正が入る前提だった。……でも、俺はこの文言を加えていない」
「じゃあ誰が加えた。お前の机の上で勝手に生えたのか」
「……俺を疑うのは当然だ。だが、やってない」
「やってない、で済むか」