図書室の日向でキスをして

「よし。今日はもういいかな」
 本棚の整理を終えたあと日向先輩はそう言って日誌を手に取った。今日のページを開いた日向先輩はフッと鼻で笑ったあとに口元を抑えて俺を見た。
「ほんとに交換日記みたいに書いたんだ」
「交換日記って言ったんで」
「…君、字は綺麗じゃないね」
「うわっ直球。文字書くより長距離走ってる時間のほうが長かったんで」
「じゃあ君陸上部なの?放課後って練習あるんじゃない?ここにいて平気?」
「っあー。中学の時に怪我して、そっからもうやってないんすよ。高校からは帰宅部っす」
「……そう」
 日誌に向けられたままの日向先輩の瞳が一瞬揺れた。踏み込むつもりはないのかそのまま話は終わりだというようにパタンと日誌を閉じる。
「僕は水曜日と金曜日の放課後が担当だから、君もそのつもりでね」
「はい」
「コレ、水曜日は僕が書くから、君は金曜日に書いて」
 細い指が日誌をトントンと叩く。
「了解です。あ、日向先輩、俺の生徒証ってそろそろ返してもらえたり…?」
「まだだめ、とーさつはんくんのことまだ信用してないし。君が1人前になったら返してあげようかな」
「俺逃げませんよ?先輩に会いに来たんだから」
「口だけは達者だね。ほら、もう閉館だよ」
 意地悪く笑った日向先輩に俺が食い下がろうとしたとき、図書室のドアが音を立てて勢いよく開いた。

「しつれーしまーす。釉、当番終わった?」

 静寂を切り裂くように明るい声で話しながら入ってきたのは崩して着た制服に、ひまわりのような笑顔を浮かべた女子生徒だった。
「千佳、ここ図書室だから。静かに」
「いーじゃんどうせ釉しか居ないんだから。なおくんは真面目だねぇ」
 その後ろから、細縁の眼鏡をかけていかにも真面目そうな男子生徒が嗜めるように言いながら続く。
「今日は寝てなさそうだね?偉いじゃん」
「新人が来たから、さすがにね」
「新人?」
 日向先輩が俺を指さして、2人の目線が俺に向く。日向先輩が真島と呼んでいた女子生徒がパッと笑顔になって一瞬で至近距離まで詰め寄ってくる。少しだけ、お花屋さんみたいないい匂いがした。
「あたし真島千佳!そこの眼鏡かけてるのが生徒会のなおくん。あたしらは釉の幼馴染なんだよねー」
「里井直人だ。君は?」
「えっと、一年の瀬戸湊です」
「瀬戸……瀬戸くん。瀬戸?あ、釉が気にしてた生徒証の子?」
「真島、余計なこと言うなよ」
「えへっごめんじゃん」
「瀬戸、釉が迷惑をかけていないか?」
 里井先輩が落ち着いた声で言いながら、鋭い目つきで俺を射抜く。
「…迷惑っていうか、その。……お世話になってます」
 咄嗟に出た言葉に日向先輩が「フフッ」と笑った。

「瀬戸くんも帰るとこ?よかったらどっか一緒に寄り道してかない?」
「千佳。急に誘ったら瀬戸も困るだろ」
「だーってもうちょっとおしゃべりしたいじゃん」
「あっじゃああの。よかったら駄菓子屋とか、行きません?」
 真島先輩の誘いに、俺は身を乗り出した。
「駄菓子屋?」
「友達の家が駄菓子屋で、松原商店っていうんですけど」
「松原…あ、陸上の子?」
「そうです。知ってるんですか?」
「うん、陸上部はたまに助っ人で行くけどあの子イケメンだしいい子だし、エースだしかっこいいよね。駄菓子屋さんの子なんだ。意外だね」
「行きます?」
「行く!なおくんと釉も行くでしょ?あたしきなこ棒とか食べたい!」
 キラキラした笑顔を浮かべて振り向いた真島先輩を見た日向先輩は面倒そうに、少しだけ嬉しそうに肩をすくめた。
「とーさつはんくんのおすすめなら行ってみてもいいかな」
「きなこ棒か。なつかしいな」
「じゃあ決まり!瀬戸くん、案内よろしくね」
 言い終わるよりも先に歩き出した先輩たちは「ねぇとーさつはんくんって何?」「ちょっとしたあだ名」なんて話していた。