テレパシー ー君の声だけ、頭から離れないー

ーー放課後。
部室に向かう途中、
廊下に見慣れた人影が立っていた。

「……奏くん」

名前を呼んだ瞬間、
胸の奥がぎゅっとした。

「だから、"くん"いらない。奏でいい」

「…よ、呼び捨て、慣れてなくて」

「慣れろよ」

当たり前のように言われて、
逃げ場がなくなる。

「……奏」

口に出しただけなのに、
一瞬で鼓動が速くなった。

「お前今日も部活だろ?」

何もなかったみたいに続く声に、
少しだけ息を整える。

「今向かうところ。…一緒に行く?」

「行かない」

あまりにも即答で、
思わず苦笑いが漏れる。

そんな俺を横目に、奏は続けた。

「お前が来い」

「…え?」

「練習終わったら、ギター持ってこの前のとこ来い」

奏は当然のように言った。

「…わ、わかった」

「素直じゃん」

そう言って笑うと、
そのまま背を向けて歩き出した。

奏の背中を見送って、部室に向かった。

部室の空気は、
いつも通り騒がしい。

全ての"音"が混ざり合うこの空間は、
やっぱり心地良かった。

コード表を見ながら、
ゆっくりと指を動かす。

最初は押さえるだけで精一杯だった。

今は、いくつかのコードなら、
迷わず指が動くようになっていた。

ぽろん、と鳴らす。

まだ、少しぎこちない。

それでも少しずつ、
確かに"形"になっている音。

あの日の音には、まだ遠い。

でも、確実に近づいている気がした。

「いいじゃん春!弾けるコードも増えてきたな」

「……まあ、ちょっとだけ」

隣でギターを弾きながら、
何気ない調子で声をかけてくる。

「なあ春、この前さ」

陽向の声のトーンが明らかに変わって、嫌な予感がした。

「奏、来てただろ?」

ぴたり、と指が止まった。

「…やっぱり、覚えてたか」

「そりゃ忘れるわけねえよ。あの奏が部室来るとか事件だし」

陽向は軽く笑いながら、続ける。

「で?あれは、なんだったんだよ」

何でもない顔で聞いてくるくせに、
目だけは少し真剣だった。

「……いや、別に。誘っただけ」

「それだけでここまで来るか普通?」

「……わかんない」

嘘は、言っていない。

でも、全てを話す事も出来ない。

「お前、なんかあったろ絶対」

「ないって」

少し強めに返してしまったせいか、
一瞬、間が空いた。

「そっか」

陽向はそれ以上は聞いてくることなく、
ギターに視線を戻した。

「まあでもさ、春がやる気出してんのはいいことだからな」

そう言って、
ぽろん、と弦を鳴らして笑った。

少しだけ、肩の力が抜けた気がした。