テレパシー ー君の音が、俺を呼ぶー

「やっぱり奏、誘いてえよな」

練習時間が終わり、
みんなで片付けをしている時だった。

陽向の言葉に、
部室の空気が少し変わった。

「でもなあ…」
「無理だろ、あいつは」
「誘うにしても、誰が声かける?」
「俺パス」

口々に言い合う空気の中、
誰も"声をかける"とは言わない。

簡単に声をかけられるような雰囲気ではないという事くらい、俺でもわかった。

「じゃあさ…じゃんけんとかで決めちゃう?」

誰かがぽつりと呟いた一言で、
場の空気が妙にまとまる。

「それいいじゃん」
「負けたやつが声かけるってことで!」
「やっぱ奏は来てくれなきゃな」

軽いノリで始まったはずなのに、
どこか逃げ場のない流れになっていた。

「春も参加だぞ」

陽向の言葉に、思わず顔を上げる。

「え、俺も?俺、会話すらした事ないんだけど…」

そんな俺の言葉も届かず、
無理矢理輪の中に入れられる。

「部員は全員参加な!」

手のひらがじんわり汗ばんでいくのがわかった。

「よっしゃ!行くぞ!」
「最初はグー!」

ーーどうでもいいはずなのに、
不自然に鼓動が速くなる。

「じゃんけんーー」

「ぽん」

部室が一瞬、静まり返る。

「……あ」

気づいた時には、
自分だけが違う手を出していた。

「うわ、春じゃん」
「新人くん、頼んだ!」
「よろしくね、新人くん」

周囲からの拍手や安堵の声が、
遠くで響いているように感じた。

断ろうと思えば断れたはずなのに、
何故か言葉が出てこなかった。

「春、頼んだぞ!」

陽向に軽く背中を叩かれる。

そのまま押し出されるようにして、部室を後にした。

ーー沢田 奏

どこにいるかすら、わからない。

なんで俺なんだ、
という疑問より興味ともまた違う、
何か引っかかっるような、
不思議な感覚だった。

なぜか、
無意識に足が動いていた。

ーー下校する生徒で賑わう廊下の窓際、人影が見えた。

壁にもたれかかって、
外を眺めている。

話した事もない、
この大勢の人の中でも、
一瞬で視線を奪われた。

風に揺れる髪、
遠くを見つめる綺麗な横顔。

ここまで来て、
急に現実味が押し寄せる。

話した事もない相手に、
どうやって声をかければいい?

何を言えばいい?

それでも、
ここで戻る訳にもいかない。

「……あ、あの」

その一言で、
彼の視線がゆっくりとこちらに向いた。

ーー目が合った。
それだけで、動けなくなった。
時間が止まったみたいに。

綺麗な瞳の奥に、
何かを閉じ込めているような気がした。

「……何」

短く、低い声。

用意していたはずの言葉が、
全て消えていって言葉に詰まる。

「そ、その……っ」

何も出てこない。

見られているだけなのに、
逃げ場がないみたいに、息が詰まる。

ーーその時だった。

胸の奥が、強く締め付けられた。

あの夜と同じ感覚が、一気に蘇る。

「……え」

気づいた時には、涙がこぼれていた。

自分でも、わからない。
ただ、止まらなかった。

驚いたように、彼の目が揺れた。

「……なんで泣いてんの」

小さく呟いた声は、
さっきよりも少しだけ柔らかかった。

ーー彼の、沢田奏の指先が頬に触れた。

そっと、涙を拭われる。

こんなに近いのに、
離れたいとは思わなかった。

気づけば、
廊下には二人だけになっていた。

静けさの中で、

彼が、ぽつりと呟く。

「……初対面、だよな」