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ーーあの日、
奏に気持ちを伝えてから二ヶ月が経った。
ギターの音、ドラムのリズム、
ーー奏のギターを弾く俺の音。
部室の空気はいつも通り。
時間だけが淡々と過ぎて、
気づけばもう、
イベントまで一週間をきっていた。
「春、ぼーっとしてどうした?考え事か?」
心配そうに覗き込む陽向の声に、
肩がわずかに揺れた。
あの日から、二ヶ月経った今でも、俺は毎日、部活が終わるといつもの場所に通い続けている。
今日こそ、来るかも知れない。
そう思って、足を運び続けた。
でもーー
奏が来ることは、一度もなかった。
その寂しさを埋める代わりに、奏に託されたギターで練習を続けていた。
そしてーー
いつか、奏に届けたい。
そんな気持ちだった。
「おいっ!お前…大丈夫か?ほんとになんかあった?」
陽向の言葉に、はっとして我に返る。
「……いや、なんでもない」
そう言って、ギターを構えた。
ぽろんと鳴る音は、
あの夜に俺を救った奏の音と、
完璧に繋がった。
ーー本当にこのままでいいのだろうか。
「なあ、奏ってさ」
気づけば、口を開いていた。
「なんで音楽やめたか、知ってる?」
久しぶりに出た名前に、陽向はきょとんとした顔をして俺を見ている。
「…いや、知らねえな」
陽向は、戸惑いながら続けた。
「前にも言ったけど、あいつのこと、俺はあんまり知らないし」
それだけ言って、
逃げるようにギターに視線を戻した。
ーー俺は、どうしたいんだろう。
イベントを理由にして、
奏への気持ちを誤魔化すように、今日まで必死でギターを練習してきた。
でも。
歌は、あの日から止まったまま。
やっぱり、このままじゃだめだ。
ーー考えるより先に、体が動いていた。
「あっ、おいっ、春ーーー」
陽向の呼びかけを振り切るように走り出していた。
ーーあの人と話すしかない。
クラスも名前もわからない。
廊下を探し回って、やっと見つけた。
あの時の女子。
「……あのっ!」
声をかけると、驚いたように振り返った。
「…なに?」
彼女は、警戒したような目で俺を見ている。
「お願いがあるんだ」
「…奏のこと、教えてほしい」
「…は?なんで私が」
そう言いながらも、
彼女は少しだけ視線を逸らした。
「俺、何も知らなくて…」
「でも、やっぱりそれじゃだめなんだ」
「ちゃんと知りたいんだ」
必死だった。
彼女は迷っている様子で、しばらく黙っていた。
でも、小さく息を吐いて、
ゆっくりと口を開いた。
とても静かな声で。
「……あいつ。奏ね、親友と音楽やってたの」
「本気で。遊びとかじゃなくて、本気でプロ目指してた」
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
「その親友と一緒にコンテストにも出て…結構いいとこまでいってた」
遠くを見るような目で、彼女は続けた。
「でも、その時…奏だけがスカウトされたの」
「……え」
思わず声が漏れた。
「それから、全部崩れた」
「その親友がね、言ったの」
「"お前となんてやらなきゃよかった"って」
「"お前のせいで全部めちゃくちゃだ"って」
「……違うのにね」
彼女の言葉が重くて、
喉の奥に不自然に力が入った。
「奏のせいなんかじゃないのに」
「奏は、誰よりも練習してたのに」
その言葉が、胸に刺さった。
「それから、奏は…どんどん変わっていって」
「……で、そのあと」
「右手、おかしくなったの」
ーーえ。
「思うように、動かなくなっていって」
「最初は気のせいだって言ってたけど…」
「だんだん、弾けなくなっていった」
ーー頭が真っ白になった。
あの頃、
俺の練習に付き合ってくれてた奏は、どんな気持ちだったんだろう。
何も知らなかった自分が、情けなくて仕方なかった。
「……だから、やめたの」
彼女の言葉に、俺は何も言えなかった。
ーー俺は、奏のことを何も知らないまま。
自分の気持ちを押し付けてばかりだった。
俺が辛い時、奏がそばにいてくれたのに。
俺は今、奏のそばにいない。
胸が、痛い。
「…話してくれて、ありがとう」
それだけ言って、その場を離れた。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も整理できない。
でも。
ーー会わなきゃ。
そう、思った。


