テレパシー ー君の声だけ、頭から離れないー

「…あ」

部室のドアを開けた瞬間、
思わず声が漏れた。

ギターの音、ドラムのリズム、
笑い声や歌声。

全ての"音"が混ざり合うこの空間が、少し前までは遠くに感じていた。

でも。

今日はすっと馴染んでくる。

確かに同じ音なのに、
昨日までとはまるで違う音のようだった。

「春!おつかれ」

いつものように陽向の隣に座り、
ギターを構える。

ぽろんと響く音は、
弾くたびに心地良くなっていた。

「……いい」

「え?」

「いや、春、お前すげえよ!聴くたび上手くなってる」

陽向は少し驚いたように笑う。

「イベント、大反響だろこれ」

その言葉に、わずかに胸が揺れた。

でも、不思議と前のような重さは感じなくなっていた。

「…ギターは、たぶん大丈夫」

「だよな、問題は歌だろ?」

陽向はニヤッと笑って、俺を見る。

「どんくらい覚えてんの?」

「……サビは、なんとなく」

「なんとなくってなんだよ」

冗談ぽく笑いながらも、
少し真面目な顔で続けた。

「弾き語りなんだからさ、歌が乗らないと成立しねえぞ?」

「……わかってる」

頭では、ちゃんと。

「まあ、まだ三ヶ月くらいはあるし、春なら何とかなるだろ」

「でもちゃんとやれよ?お前の弾き語り、楽しみにしてんだから俺」

陽向は軽く言って、
ギターを鳴らしながら笑った。

「……うん」

小さく頷いて、考える。

歌の事を考えると、
どうしても、
浮かんでくるのは奏の声だった。

「……俺じゃ、だめなんだよな」

小さく漏れた声は、誰にも届かない。

弾き語りなのに、
自分が歌っているというイメージがどうしても浮かばなかった。

ーーやっぱりもう一度、聴きたい。

ーー奏の声じゃなきゃ、
完成しない気がした。

「…誘う、しかないか」

小さく呟いて、
ギターを握る手に少しだけ力を込めた。


ーーー

練習を終えていつもの場所に向かうと、
壁にもたれて、
ぼんやり空を見上げている奏が見えた。

「遅え」

「…はい、これ」

いつもの甘いコーヒーを渡す。

「ん、さんきゅ」

ーー慣れてきていたはずなのに。

数日ぶりのこのやり取りに、
今日はなぜか緊張している自分がいた。

ぽろんとギターを鳴らす。

前よりもずっと自然な音が出るようになったし、コード譜を見なくても弾けるくらいまで覚えていた。

「…おお、いいじゃん」

ぽつりと落ちた奏の声。

「え?」

「すっげー良くなってる」

その言葉に、
胸の奥がじんわりと暖かくなった。

そのまま弾き続ける。

……でも。

奏は、ただ黙って見ているだけ。


俺が弾くギターにのせて、
奏がまた歌ってくれる事をどこか期待していた。

"歌って欲しい"

その一言が言い出せないでいた。

「集中しろよ」

「…ごめん」

「まあ、でもだいぶ弾いたし、そろそろ集中力も落ちる頃か」

「え?」

「今日はここまでにして、帰るぞ」

そう言って立ち上がる奏。

結局奏の歌は聴けないまま、その日の練習は終わった。