「春、お前めっちゃ上手くなってるな」
隣で練習している陽向が、
関心したように言った。
あの日から数日。
何事もなかったみたいに、
俺はギターの練習を続けていた。
でも、部室で重なり合う全ての音が、
日に日に遠くなっていくような、
そんな毎日だった。
「……そう?」
「いやまじで。最初の頃と全然違う。イベント楽しみだな」
ーーイベント。
その言葉に、少し胸がざわついた。
「歌は?覚えてる?」
「……それが、全然だめで」
そう答えた瞬間、
奏の歌声が頭をよぎって、
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「まあ最初はそんなもんだろ。大丈夫だって」
そう言って陽向は、ぽろんと弦を鳴らした。
「楽しみにしてるよ、春の弾き語り」
「……うん」
小さく頷きながら、視線を落とす。
ーー自分で離れたくせに、
胸の中にぽっかり穴が空いたみたいに苦しかった。
「…俺って、ほんとだめだな」
誰にも聞こえないくらいの声で、呟いた。
ーーー
「……おい」
練習を終えて、
部室を出て下駄箱に向かっている時だった。
背後から呼び止められて、
振り返ると奏が立っていた。
「……奏」
あの日から、部活を終えた後は避けるようにそのまま帰宅していた。
どうしたらいいかわからなかった。
何も言えず、視線を逸らす。
「お前、なんで突然来なくなってんだよ」
まっすぐな視線と言葉に、
返す言葉が見つからなかった。
「…自分でも、よくわからないんだ」
「は?」
「……ごめん」
それだけ言って、
顔をあげることもできないまま、
「おい、待てーー」
その声を振り切るように、
走り出していた。
ーーまた、逃げてる。
こんなんじゃだめだ。
わかってるのに、
足を止めることができなかった。
胸が苦しくて、呼吸が浅くなる。
校門を出てすぐの角を抜けた先、
トンっと誰かにぶつかった。
「…あっすみません」
そのまま過ぎ去ろうとした、
その時。
「…あれ、春?」
聞き覚えのある声に、
全身が強張った。
「久しぶりじゃん」
顔を上げた先にいたのはーー先輩。
ーーでもどうして、ここに?
もう二度と会うことはないと思っていた。
反射的に一歩後ずさって、
逃げようとしても足が動かない。
「久しぶりじゃん、元気してた?」
あの頃と変わらない口調で、
顔を覗き込んでくる。
声が出なくて、
視線を逸らしたまま、
ただ立ち尽くす事しか出来ない。
「なになに?無視?」
「あーもしかして、まだあの時の事気にしてる?」
心臓が、どくんっと大きく鳴った。
「……っ」
やめて。
それ以上、言わないで。
そう伝えたいのに、声にならなかった。
ーーその時だった。
「…おい」
背後から聞き慣れた低い声が聞こえた。
振り向くと、息を切らしながらこちらを見ている奏が立っていた。
「なんで逃げんだよ」
先輩の存在を気にもせずに、
まっすぐ俺に向かって歩いてくる。
その様子を見て、先輩が軽く笑った。
「あ〜なるほどね」
ここでようやく、
奏の視線が先輩に向いた。
「…誰、お前」
「俺、春と同じ中学だったーー」
「だから?」
遮るように言う奏。
邪魔だと言わんばかりの奏の態度が気に入らなかったのか、
先輩は少しイラついた様子で話し初める。
「あーでも、あれだな。ちょっと困ってたんっすよ」
ーーやめて。
「……っ」
声にならなくて、
喉がひりつくみたいに痛い。
「あなたも気を付けた方がいいっすよ」
先輩は面白がるように笑って続けた。
「こいつ、男が好きだから」
やまびこのように、
頭の中で繰り返される。
"こいつ、男が好きだから"
ーーああ、また。
同じだ。
全て失う。
そう、思った時だった。
「……は?お前、何言ってんの?」
奏が俺の横を通り過ぎて、
先輩に近づいていく。
空気が一気に変わった気がした。
「いやいや、全部事実っすよ」
先輩は余裕そうに笑って、続ける。
「勘違いされてまじ面倒だったんすよ。俺、一応被害者っす」
「……黙れよ」
低く落ちた奏の声に、
空気が一瞬で張り詰めた。
ーーこうなったのは、
全部、俺のせいだ。
視界が滲んでいく。
もう、これ以上。
「……っや、めて……やめてっ」
絞り出すような
震えた声で叫んだ瞬間、
奏と先輩の視線が同時にこちらに向いた。
「俺が、勘違いして……っ、勝手に……悪いのは、全部俺だから……」
だから…やめて。
ただ、涙が止まらなかった。
「…は?お前、何言ってんだよ」
俺の涙を遮るように奏は続ける。
「お前、悪くねえだろ」
ーーえ?
一瞬、思考が止まった。
「俺もこいつから、中学の時、面倒な先輩に絡まれて大変だったって聞いてるけど?」
「な?」
そう言って俺の頭にぽんっと手を置いた。
「他に用ないなら、帰れば?」
奏はニヤッと先輩に笑いかける。
先輩は、「…めんどくさ」と小さな声で呟くと、
「じゃあな、春」
軽い声だけ残して、
そのまま去っていった。
奏と二人だけになった途端、
空間が変わったみたいに、沈黙が続いた。
何も言えないまま、
立ち尽くす事しか出来ない。
「……あれ、どういうことだ」
奏が静かに沈黙を破った。
「…なんでも、ない」
俯いたまま絞り出した声は、
自分でも情けないくらい弱かった。
顔を見るのも、
見られるのも怖かった。
「んなわけねえだろ」
間髪入れずに答える奏。
もう、逃げる余裕すらなかった。
「…俺、だめなんだ。迷惑かけたくない」
ぽつりと声が漏れる。
ーー勘違いして、嫌われたくない。
だから。
「…もう、関わらない方がいい」
そう言い終えたあと、
胸が苦しいくらい痛かった。
「…は?それで、逃げんのかよ」
奏は呆れたような声で小さく息を吐いた。
否定も肯定も出来ないまま、
沈黙が流れた。
たった数秒のはずなのに、
やけに長く感じた。
「勝手に決めんな」
「……え?」
はっきり聞こえた奏の言葉に、
思わず顔を上げた。
そこには、
まっすぐな視線で俺を見る奏がいた。
「俺は、さっきのあいつとは違う」
「一緒にすんな」
その言葉に、
心臓が大きく鳴った。
言葉が、出なかった。
何を言えばいいのかも、
わからなかった。
ただーー涙が溢れた。
そんな俺を見て、
「お前、まじでいつも泣きすぎ」
ーーそして、
頬を伝う俺の涙を拭った。
頬に触れた奏の指先が、
あまりにも優しくて、
気づいたら、
その手を両手で握りしめていた。
ただ、離したくないと思った。
「…ありがとう」
そう呟いた俺に、
「もう、逃げたりすんなよ」
って優しく笑った。
隣で練習している陽向が、
関心したように言った。
あの日から数日。
何事もなかったみたいに、
俺はギターの練習を続けていた。
でも、部室で重なり合う全ての音が、
日に日に遠くなっていくような、
そんな毎日だった。
「……そう?」
「いやまじで。最初の頃と全然違う。イベント楽しみだな」
ーーイベント。
その言葉に、少し胸がざわついた。
「歌は?覚えてる?」
「……それが、全然だめで」
そう答えた瞬間、
奏の歌声が頭をよぎって、
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「まあ最初はそんなもんだろ。大丈夫だって」
そう言って陽向は、ぽろんと弦を鳴らした。
「楽しみにしてるよ、春の弾き語り」
「……うん」
小さく頷きながら、視線を落とす。
ーー自分で離れたくせに、
胸の中にぽっかり穴が空いたみたいに苦しかった。
「…俺って、ほんとだめだな」
誰にも聞こえないくらいの声で、呟いた。
ーーー
「……おい」
練習を終えて、
部室を出て下駄箱に向かっている時だった。
背後から呼び止められて、
振り返ると奏が立っていた。
「……奏」
あの日から、部活を終えた後は避けるようにそのまま帰宅していた。
どうしたらいいかわからなかった。
何も言えず、視線を逸らす。
「お前、なんで突然来なくなってんだよ」
まっすぐな視線と言葉に、
返す言葉が見つからなかった。
「…自分でも、よくわからないんだ」
「は?」
「……ごめん」
それだけ言って、
顔をあげることもできないまま、
「おい、待てーー」
その声を振り切るように、
走り出していた。
ーーまた、逃げてる。
こんなんじゃだめだ。
わかってるのに、
足を止めることができなかった。
胸が苦しくて、呼吸が浅くなる。
校門を出てすぐの角を抜けた先、
トンっと誰かにぶつかった。
「…あっすみません」
そのまま過ぎ去ろうとした、
その時。
「…あれ、春?」
聞き覚えのある声に、
全身が強張った。
「久しぶりじゃん」
顔を上げた先にいたのはーー先輩。
ーーでもどうして、ここに?
もう二度と会うことはないと思っていた。
反射的に一歩後ずさって、
逃げようとしても足が動かない。
「久しぶりじゃん、元気してた?」
あの頃と変わらない口調で、
顔を覗き込んでくる。
声が出なくて、
視線を逸らしたまま、
ただ立ち尽くす事しか出来ない。
「なになに?無視?」
「あーもしかして、まだあの時の事気にしてる?」
心臓が、どくんっと大きく鳴った。
「……っ」
やめて。
それ以上、言わないで。
そう伝えたいのに、声にならなかった。
ーーその時だった。
「…おい」
背後から聞き慣れた低い声が聞こえた。
振り向くと、息を切らしながらこちらを見ている奏が立っていた。
「なんで逃げんだよ」
先輩の存在を気にもせずに、
まっすぐ俺に向かって歩いてくる。
その様子を見て、先輩が軽く笑った。
「あ〜なるほどね」
ここでようやく、
奏の視線が先輩に向いた。
「…誰、お前」
「俺、春と同じ中学だったーー」
「だから?」
遮るように言う奏。
邪魔だと言わんばかりの奏の態度が気に入らなかったのか、
先輩は少しイラついた様子で話し初める。
「あーでも、あれだな。ちょっと困ってたんっすよ」
ーーやめて。
「……っ」
声にならなくて、
喉がひりつくみたいに痛い。
「あなたも気を付けた方がいいっすよ」
先輩は面白がるように笑って続けた。
「こいつ、男が好きだから」
やまびこのように、
頭の中で繰り返される。
"こいつ、男が好きだから"
ーーああ、また。
同じだ。
全て失う。
そう、思った時だった。
「……は?お前、何言ってんの?」
奏が俺の横を通り過ぎて、
先輩に近づいていく。
空気が一気に変わった気がした。
「いやいや、全部事実っすよ」
先輩は余裕そうに笑って、続ける。
「勘違いされてまじ面倒だったんすよ。俺、一応被害者っす」
「……黙れよ」
低く落ちた奏の声に、
空気が一瞬で張り詰めた。
ーーこうなったのは、
全部、俺のせいだ。
視界が滲んでいく。
もう、これ以上。
「……っや、めて……やめてっ」
絞り出すような
震えた声で叫んだ瞬間、
奏と先輩の視線が同時にこちらに向いた。
「俺が、勘違いして……っ、勝手に……悪いのは、全部俺だから……」
だから…やめて。
ただ、涙が止まらなかった。
「…は?お前、何言ってんだよ」
俺の涙を遮るように奏は続ける。
「お前、悪くねえだろ」
ーーえ?
一瞬、思考が止まった。
「俺もこいつから、中学の時、面倒な先輩に絡まれて大変だったって聞いてるけど?」
「な?」
そう言って俺の頭にぽんっと手を置いた。
「他に用ないなら、帰れば?」
奏はニヤッと先輩に笑いかける。
先輩は、「…めんどくさ」と小さな声で呟くと、
「じゃあな、春」
軽い声だけ残して、
そのまま去っていった。
奏と二人だけになった途端、
空間が変わったみたいに、沈黙が続いた。
何も言えないまま、
立ち尽くす事しか出来ない。
「……あれ、どういうことだ」
奏が静かに沈黙を破った。
「…なんでも、ない」
俯いたまま絞り出した声は、
自分でも情けないくらい弱かった。
顔を見るのも、
見られるのも怖かった。
「んなわけねえだろ」
間髪入れずに答える奏。
もう、逃げる余裕すらなかった。
「…俺、だめなんだ。迷惑かけたくない」
ぽつりと声が漏れる。
ーー勘違いして、嫌われたくない。
だから。
「…もう、関わらない方がいい」
そう言い終えたあと、
胸が苦しいくらい痛かった。
「…は?それで、逃げんのかよ」
奏は呆れたような声で小さく息を吐いた。
否定も肯定も出来ないまま、
沈黙が流れた。
たった数秒のはずなのに、
やけに長く感じた。
「勝手に決めんな」
「……え?」
はっきり聞こえた奏の言葉に、
思わず顔を上げた。
そこには、
まっすぐな視線で俺を見る奏がいた。
「俺は、さっきのあいつとは違う」
「一緒にすんな」
その言葉に、
心臓が大きく鳴った。
言葉が、出なかった。
何を言えばいいのかも、
わからなかった。
ただーー涙が溢れた。
そんな俺を見て、
「お前、まじでいつも泣きすぎ」
ーーそして、
頬を伝う俺の涙を拭った。
頬に触れた奏の指先が、
あまりにも優しくて、
気づいたら、
その手を両手で握りしめていた。
ただ、離したくないと思った。
「…ありがとう」
そう呟いた俺に、
「もう、逃げたりすんなよ」
って優しく笑った。


