「……っ、やめて」
そう言って逃げ出してから、
どれくらい走っただろう。
息が上手く吸えないまま、
どこに向かっているのかもわからないまま、ただ、走り続けた。
家の前に来て、
ようやく足を止める。
「……はぁ……っ」
乱れた呼吸を整えながら、
その場にしゃがみ込んだ。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
「……なんで、俺はいつも…」
自分に向けた言葉が、重く落ちた。
「……っ」
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「……嫌じゃ、なかった」
奏との距離。
触れた指先、体温。
ぽつりと零れた本音に、
息が詰まった。
だから…
「…俺は、いつもダメなんだ」
呟いた瞬間、視界が揺れた。
ーーあの時と、同じ。
小さい頃に、両親を亡くした。
祖母と二人で生きてきた。
帰る場所があった。
笑ってくれる人がいた。
ーーでも。
その祖母も居なくなった。
家の中は静かで、
空っぽのようになった。
そんな俺に、
声をかけてくれたのが先輩だった。
優しくて、話を聞いてくれて、
当たり前のように隣にいてくれた。
気づけば、先輩の存在が、
俺の安心になっていた。
ーー好きになっていた。
だから、伝えた。
"「俺、先輩の事好きです…」"
返ってきたのは、
"「ごめん。そういうんじゃないんだ」"
"「弟みたいに思ってたから」"
やんわりとした拒絶だった。
先輩のその言葉に、
無理矢理納得しようとした。
でもーー数日後。
偶然聞いてしまった。
"「あいつさ、マジで勘違いしてきてさ」"
"「ちょっと優しくしただけなのに」"
"「そういうのほんと無理だわ」"
笑い声と共に聞こえてきた言葉。
ーーその瞬間、頭が真っ白になった。
全部、終わった気がした。
その帰り道、
あの音が、聴こえた。
優しくて、まっすぐで、
テレパシーのように心に触れてくる音。
ずっと探してた音。
ーーそれが、奏だった。
先輩の時と同じように、
奏を好きになって、
そして失ってしまったら。
俺はまた、全てを失う。
「……っ」
気づけば、部屋の中で立ち尽くしていた。
「…もう、嫌だ」
自分の気持ちも、一人の家も。
こうなることがわかっていたら、
最初から、近づかなかった。
奏とはもう、離れた方がいい。
ーーわかってる。
気づいた時には、
空が少し明るくなっていた。
ーーー
部室までの足取りが重いと感じたのは、
軽音部に入ってから初めてだった。
部室に入ると、
いつも通りの音が流れていた。
ギターの音や笑い声。
いつもは心地いいはずなのに、
今日は耳を塞ぎたくなった。
「お!春」
陽向が笑顔で手を上げている。
「…てか、お前なんか元気なくね?」
「そうかな?」
「…絶対なんかあったろ」
心配そうに顔を覗きれる。
「ほんとに何にもないよ」
それ以上踏み込まれたくなくて、
無理矢理、視線を逸らした。
「ならいいけど、無理すんなよ?」
納得していない様子で、
陽向はギターを軽く鳴らした。
「そういえばさ、あれから奏はどうなった?」
ーー奏
名前を聞いた瞬間、指が止まった。
「入ってくれそう?」
「…無理、だと思う」
「え、この前もうちょい頑張るって言ってなかった?」
「…ああ、でも、気が変わった」
それだけ言って、コードを押さえた。
陽向は、
それ以上何も聞いてこなかった。
ぽろん、と鳴るギターの音。
あの音ーー
奏の音には、まだ遠い。
でも、少しずつ形になってきている。
聴くたびに、思い出してしまう。
あの夜の音色。
これ以上関わって、失うのが怖い。
でも…
「……もう一度、聴きたい」
「もう…わかんないや」
小さく、呟いた。
部室内で混ざり合う様々な楽器の音が、
まるで俺の心のざわめきを、
そのまま鳴らしているみたいだった。
そう言って逃げ出してから、
どれくらい走っただろう。
息が上手く吸えないまま、
どこに向かっているのかもわからないまま、ただ、走り続けた。
家の前に来て、
ようやく足を止める。
「……はぁ……っ」
乱れた呼吸を整えながら、
その場にしゃがみ込んだ。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
「……なんで、俺はいつも…」
自分に向けた言葉が、重く落ちた。
「……っ」
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「……嫌じゃ、なかった」
奏との距離。
触れた指先、体温。
ぽつりと零れた本音に、
息が詰まった。
だから…
「…俺は、いつもダメなんだ」
呟いた瞬間、視界が揺れた。
ーーあの時と、同じ。
小さい頃に、両親を亡くした。
祖母と二人で生きてきた。
帰る場所があった。
笑ってくれる人がいた。
ーーでも。
その祖母も居なくなった。
家の中は静かで、
空っぽのようになった。
そんな俺に、
声をかけてくれたのが先輩だった。
優しくて、話を聞いてくれて、
当たり前のように隣にいてくれた。
気づけば、先輩の存在が、
俺の安心になっていた。
ーー好きになっていた。
だから、伝えた。
"「俺、先輩の事好きです…」"
返ってきたのは、
"「ごめん。そういうんじゃないんだ」"
"「弟みたいに思ってたから」"
やんわりとした拒絶だった。
先輩のその言葉に、
無理矢理納得しようとした。
でもーー数日後。
偶然聞いてしまった。
"「あいつさ、マジで勘違いしてきてさ」"
"「ちょっと優しくしただけなのに」"
"「そういうのほんと無理だわ」"
笑い声と共に聞こえてきた言葉。
ーーその瞬間、頭が真っ白になった。
全部、終わった気がした。
その帰り道、
あの音が、聴こえた。
優しくて、まっすぐで、
テレパシーのように心に触れてくる音。
ずっと探してた音。
ーーそれが、奏だった。
先輩の時と同じように、
奏を好きになって、
そして失ってしまったら。
俺はまた、全てを失う。
「……っ」
気づけば、部屋の中で立ち尽くしていた。
「…もう、嫌だ」
自分の気持ちも、一人の家も。
こうなることがわかっていたら、
最初から、近づかなかった。
奏とはもう、離れた方がいい。
ーーわかってる。
気づいた時には、
空が少し明るくなっていた。
ーーー
部室までの足取りが重いと感じたのは、
軽音部に入ってから初めてだった。
部室に入ると、
いつも通りの音が流れていた。
ギターの音や笑い声。
いつもは心地いいはずなのに、
今日は耳を塞ぎたくなった。
「お!春」
陽向が笑顔で手を上げている。
「…てか、お前なんか元気なくね?」
「そうかな?」
「…絶対なんかあったろ」
心配そうに顔を覗きれる。
「ほんとに何にもないよ」
それ以上踏み込まれたくなくて、
無理矢理、視線を逸らした。
「ならいいけど、無理すんなよ?」
納得していない様子で、
陽向はギターを軽く鳴らした。
「そういえばさ、あれから奏はどうなった?」
ーー奏
名前を聞いた瞬間、指が止まった。
「入ってくれそう?」
「…無理、だと思う」
「え、この前もうちょい頑張るって言ってなかった?」
「…ああ、でも、気が変わった」
それだけ言って、コードを押さえた。
陽向は、
それ以上何も聞いてこなかった。
ぽろん、と鳴るギターの音。
あの音ーー
奏の音には、まだ遠い。
でも、少しずつ形になってきている。
聴くたびに、思い出してしまう。
あの夜の音色。
これ以上関わって、失うのが怖い。
でも…
「……もう一度、聴きたい」
「もう…わかんないや」
小さく、呟いた。
部室内で混ざり合う様々な楽器の音が、
まるで俺の心のざわめきを、
そのまま鳴らしているみたいだった。


