『京都嵯峨野・ダイヤの殺意』タイ・トラベル・ミステリー・シリーズ



 三ヶ月後―

 バンコク、サイアム・パラゴン(*)

 劇場の巨大なスクリーンに、ウィチャイ・エンターテイメントのロゴが躍った。

 かつて久保寺が盗み、成功の礎とした技術。

 その正当な後継者たちが、今、彼が葬り去ったはずの少女を、遺作となった日タイ共同制作ドラマの主役として蘇らせようとしていた。

 客席の最前列には、ウィチャイの隣に、車椅子に乗った母アノンの姿があった。

「それでは、ご覧ください。……メイ、最後の輝きを」

 照明が落ち、暗闇の中に最新のホログラム技術が光の粒子を編み上げていく。

 舞台上に立ち上がったのは、恋人役のジェイを相手に、燃えるような南禅寺の紅葉や、朝霧に煙る嵯峨野の竹林、生身よりも鮮やかなメイの姿だった。

 クライマックスの舞台は、保津峡。

 エメラルドグリーンの川面を背に、メイがジェイに向かって真っ直ぐに手を伸ばす。

『今、あなたに会いにいきます……』

 スピーカーから響いたのは、デジタルに整えられた旋律ではない。

 震えるような、剥き出しの肉声だった。

 恋人に語りかける形を借りて、断崖の向こうにいる父へと叫ぶような、彼女の切実な感情がホールの空気を震わせる。

 アノンは震える指先を伸ばし、空中に浮かぶ娘の、温もりなき光に触れようとした。

 会場のあちこちから、ファンたちの啜り泣きが漏れる。

 スクリーンのメイの瞳は、あまりに澄んでいた。

 愛する者に向けた演技の端々で、彼女の眼差しがふっと和らぎ、一瞬だけ、いたずらっぽく笑う。
 
 それは、緻密なデジタル制御では決して再現できない、ただ父の愛を求めていた一人の健気な娘の素顔だった。

(完)

(*)サイアム・パラゴン:タイ・バンコク中心部にある高級大型商業施設。高級ブランド店や水族館、映画館を併設する観光名所