明けない夜も、君のそばにいる。

「俺なんて、生まれてこなければ良かった、ってずっと思ってた」
 ポツリ、と話し始める遥流(はる)さま。
「……俺と結明(ゆめ)の母親は、王家の血が流れている没落貴族の娘なんだ。家柄だけなら、海衣(かい)さんの母親が正妃になれたんだけど、前の王……つまりは俺の祖父が、血筋を大事にしてて……。だから、俺の母親は正妃になった。そのせいで、妃たちから嫌がらせを受けていたみたいだ」
 淡々と話す遥流(はる)さま。
「……でも、海衣(かい)さんの母親……舞夜(まや)さんが、海衣(かい)さんを産んで、王妃になった。その時だけは、他の妃からの嫌がらせはなくなったらしい。……結明(ゆめ)は、海衣(かい)さんよりも前に生まれてたけど、女だったから、なんとも思われてなかったらしい。……その一年後、俺が生まれた」
 遠くを見つめながら話す遥流(はる)さま。
舞夜(まや)さんは、王妃の座から降りることになった。……舞夜(まや)さんは、側妃の中では最上位の第一測妃になって、俺の母親……仁菜(にな)は、王妃になった。……俺が生まれてきたせいで、母上も結明(ゆめ)も不幸になった」
遥流(はる)さま……」
「……この国では、王宮御用達の占い師が王子や王女の名前をつけるんだ。……その占い師は、舞夜(まや)さんの実家の波來田(なきた)よりの占い師だった。……遥流(はる)…………遥か遠くまで流されますように。俺の名前の由来はそれだった」
 え……?
「名前の由来を聞いたときは、正直ショックだったけど、今ではもう、良いかな、って思ってる」
 遥か遠くまで流されますように。
 まさか、そんな意味が込められていたなんて……。
 初めて遥流(はる)さまの名前を聞いたとき、綺麗な名前だと思っていた。
 でも、その名前に込められたのは……。
結明(ゆめ)は、白神で幸せにやってるらしいな。……結明(ゆめ)が幸せになれて、良かったよ……」
 私は、自分の名前が嫌いだった。
 名前に願いや意味なんて込められていないし、読みにくいから。
 "菜花"で"さな"なんて、読みにくすぎる。
 響きは好きだけど、もっと良い漢字はなかったのか、と思ってしまう。
 ……母は、名前に意味なんてないと思っていたから、適当につけたんだと思う。
 名前の響き重視で。
 一応読めたら、それで良いと思っていたのだろう。
 それが、少し悲しかった。
 他の皇女は……。
 例えば、輝優(きゆ)は、優しい子になってほしい、輝かしい人生を送ってほしい。
 美佳(みか)は、美しい人になってほしい。
 羨ましい、とずっと思っていた。
 ……でも、遥流(はる)さまは、それ以上に、名前で傷ついていたんだ。
遥流(はる)さま……」
 なにも言えなくなってしまう。
「……本当は、嬉しかったんだ。白神の皇女が妃になる、って分かったとき。あのままだと、五百城(いおき) 冴央(さお)が俺の妃になってたから。……でも、同時に怖かった。本当に、俺の妃で良いのかな、って。白神の第一皇女だから、もっと良い相手がいるんじゃないか、って」
「私も、嬉しかった、です。……白神から出られて」
「え……?」
「私、母がもういなくて。……白神に、居場所なんてなくて…………」
 母のことが、好きだったわけじゃない。
 あの人のせいで、苦しんだこともある。
 どうしてこの名前なんだろう、とか。
 ……芹惺(せい)に付きっきりだったこととか。
 でも、あの人が死んでからのほうが、地獄だった。
 そして、その地獄を、澪音(みと)は体験していないことも悔しかった。
 澪音(みと)は体が弱かったから、つい最近まで、御乃木(おんのき)で暮らしていたのだ。
「だから、あの時……」
 あの時……?
「泣いてたのか」
 夜のことか。
「……菜花(さな)。…………ありがとう」
 私に微笑んでくれた彼は、とても綺麗だった。