梅雨も明けてすっかり夏本番、太陽はいつになく眩しかった。
しかもここはそんな光りをたっぷり蓄えた植物室…
「じゃないですよね、ここ」
「家庭科室」
「なんでですか?」
「熱い」
「…この時期温室ハウスの中は地獄ですよね」
てことで、ここは植物室の隣にある家庭科室。
ここなら冷房もついて快適だから、いや勝手に使っていいのかわかんないけど九重先輩に呼ばれて来ただけだし。
放課後、うちのクラスまで押しかけて来た九重先輩に連れられて来た。
家庭科室の隅っこの調理台で九重先輩が入れてくれたハーブティーを飲む。
窓の外を覗けば太陽がキラキラして、だけど前を見ればそんな太陽よりキラキラして見え…るはずない!そんなわけない!
こないだの体育祭から何かおかしい、だってこんなのまるで…っ
いや、落ち着け。落ち着くんだ。
俺は男だぞ、男なのにそんなはず…
「……。」
でもふと考えて見れば、今までそんな人いたっけ…?
誰かを想うとかそんなの、記憶になくて。
よくよく考えたら初恋も経験ない気が…それはそれでなんか悲しいな。冷静になったら悲しい。
「藍士」
ただ名前を呼ばれただけなのに無駄にドキッとして、ティーカップを口に当てた九重先輩がなぜか上手く見れない。ハーブティーを飲んでるところなんて見慣れてるはずなのに。
「緑化委員会入れよ」
スッと向けられた視線に、カップを持つ手が震える。飲もうとしたところでピタッと手が止まった。
「好きなんだろ?」
ドキンッ、って胸が脈打つから。
胸の奥から大きな音が…
つーかなんて?今なんて?それは誰が誰を…えっ!?
「俺の字」
「……。」
ま、紛らわしい…!!!
すげぇー嫌な汗かいた、ゾッとした、マジで焦った~…
「字フェチ」
「フェチじゃないですよ!」
いや、焦る必要もないんだ。何を焦ってんだよ、落ち着けよ俺。
…ゴホンッと咳払いをしてカップを置いた。
「人が増えるとなんかあるんですか?部活みたいに部費が増えるとか…」
「盛り上がる」
「何がですか?」
「俺が」
「……。」
元々イマイチ会話出来ないなってとこあったけど、一段と会話出来ない今日は。
仕方ないので一度は置いたカップを持ってごくごくとハーブティーを飲んだ。
「委員会だ、仕事してくれるやつが増えたらラクになる」
「それはそうですね」
「勝手に始めた委員会に仕事も何もないが」
「その認識はあるんですね」
「非公式委員会」
「学校の委員会に非公式ってありますか?」
たぶんこれは先生たちの配慮なのかと、なんとなくそう思って。いろいろあって部活へ行けなくなった九重先輩へのせめてもの気持ち、というか。
「委員会室欲しい」
でも自由な過ぎるから、想像以上に自由だから。
「人増えたらイケるか?」
そんなこと眉間にしわを寄せながら言われても。
「無理か、部活じゃねぇし」
すっごい不服そうな顔でハーブティー飲んでた。
そもそも緑化委員に委員会室っているのか?図書委員の図書室とはわけが違うと思うけど。
「いっそのこと緑化部にするか」
「え、そんなこと出来るんですか?」
「押し切る」
「…。」
…先生たちも後悔してなきゃいいけど、まさかこんな本気で緑化委員推進してくるとは思ってないよな。守るものがなくなった九重先輩の好き放題精神は無限大過ぎて。
「あ、でも部活掛け持ちはNGなんだよなうちの学校」
「え?」
きょとんっとした顔をしてしまった、掛け持ちNGって意味がよくわからなくて。2つの部活に掛け持って入っちゃいけないのは知ってるけど、なんで九重先輩がそんなことを言い出したのか…
「復帰したから、陸上部」
パチパチってわかりやすく2回瞬きをして九重先輩の方を見た。九重先輩は何食わぬ顔で二杯目のハーブティーを注いでたけど。
「走るんですか!?」
あ、しまった。家庭科室にすげぇ響かせちゃった。
しかもバンッて調理台を両手で叩いて立ち上がっちゃったし。
「走らねぇよ」
「え、だって…」
「走るだけじゃないって藍士が言ったんだろ」
「それは…っ」
言いました、言いましたけど。
「だから減るな、緑化委員の活動も」
きっと出来ることはあるって、思ってますよ?
だから体育祭だってがんばろうと思ったし、九重先輩にも一緒にやってほしいって思ったし、そんな九重先輩が陸上部に戻るなら俺だって嬉しいって思いますけど…
「「「キャーーーっ」」」
放課後、グラウンドの周りでは女子たちが歓声を上げていた。帰ろうかなって何気なく通り過ぎようとしただけなのにあまりに甲高い声たちに振り向いてしまった。
だってその声の先にいるのはもちろん、九重先輩だから。
すごいギャラリーなんだけど、これみんな九重先輩見に来てんの?てか部活は!?
この時間、部活があるはず…だけどまだ始まってない、だって九重先輩も準備中だし。グラウンドにライン引いて準備してるし。
逆を言えばただ準備してるだけでこの歓声って何?
キッカケってひょんなことなのかも、体育祭以来九重先輩の注目度は爆上がりでみんな近付きやすくなったみたいだけど俺は…
「……。」
帰るか、どーせ俺は部活ないんだし。九重先輩が部活復帰したら行くところがない、植物室へ行ってもどうしようもないから。
…まぁ暑過ぎて無理だけど、温室ハウスなんて行ってられないか。
「藍士!」
くるりと向きを変え一歩踏み出そうとした。でも名前を呼ばれてグラウンドの方を見てしまった。
「委員会!」
「……。」
「明日!」
「…あのも少し会話を」
って俺の話を聞く前にラインを引き終わった九重先輩は行ってしまった。そろそろ部活の時間だから、…じゃなくて。
俺、委員会まだ入ってませんよ?入るって言ってませんよ??
****
「緑化委員会入りたいですっ!」
目をぱちくりさせてしまった、植物室が女子たちで溢れてたから。こんな暑くてしょうがない植物室の前で瞳をキラキラさせた女子たちが九重先輩のことを囲んでて。
…すごい、マジですごいしか言えない。絶対誰もやりたくないと思ってたであろう緑化委員会にこんなに人だかりが出来てるなんて。
近づけないし、昨日言われたから一応来てはみたけどちょっと遠くから見てるだけで全然…背の高い九重先輩の金髪の頭だけ見えてる。
これどーしよっかなー…あの中に入っていくのちょっとあれなんだけど。
つーか九重先輩どうする気なんだろ?緑化委員募集してたぐらいだからこれだけ人が来たら喜んでみんな受け入れ…
「断る」
は?
「入会は拒否する」
はぁぁぁ???何言って…っ
しかもキッと目に力を入れて睨みつけてた、せっかく入会してくれるって言った女子たちを。そのまま強引に追い返して、誰も植物室に入れることなんかなくフンッと鼻を鳴らしてた。
え、何してんだ?欲しかったんじゃないのかよ、盛り上がるとかなんとか言ってたくせに…
「藍士」
こそっと隠れてたつもりだったのに見付かった、女子たちがいなくなったから。
「遅せぇーよ!」
「…すみません」
「早く、委員会始める」
「…はい」
って、俺は入れてくれるのか植物室に。
俺だって緑化委員じゃないけど、まだ入るだなんて言ってないけど…
「いいんですか?俺は」
「あ?」
「緑化委員会、入っても」
一歩植物室に踏み入れて、でも顔を上げることは出来なくて。
無性にドキドキしてたから、何度もここへ来てるのに。
「藍士なら入れてやるよ」
九重先輩の低音が胸にグッとくるみたいに顔が熱くなって、もっとドキドキする。
一歩踏み込んだらぶわっと体全身が熱くなって、びっくりするほど熱を帯びるからー…
「ってここめっちゃ熱くないですか!?」
「夏の植物室はやべぇ」
「なんでそんな平気な顔してるんですか!?熱中症になりますよ!!」
思ってた以上だった夏の植物室、一気に汗が噴き出してこんなとこ長時間いられない。普通に女子たちもう来ないと思った、これを知ったら入る気なくすだろ。
「これ使うか」
「え、なんですか?それ…」
扇風機?にしてはゴツい、しゃがみ込んだ九重先輩がカチッとボタンを押した。
「わっ、涼しい…!」
ミストがふわーっと風に乗って流れてきてひんやりして気持ちいい、ミスト扇風機だこんなの学校にあったんだ。
「…ってどうしたんですか、これ!?」
「そこにあった」
「そこに?…あ、温室ハウス自体は前からあるんですもんねじゃあ先生が使ってた…」
のを勝手に使ってるのか?それはいいのか?
なんてもう考えるだけ無駄か、よく見れば扇風機も掃除されてるし先生がイチイチ言わないのもなんとなくわかる気がするし。
元はマメな人なんだろうなとか、思っちゃうし。
「ハーブティー飲むか?今日はアイスにしようかと思って家庭科室の冷凍庫で氷作って来た」
「自由過ぎませんか!!?」
もう考える方が疲れるかも。あと暑いから氷作るって発想持ってる人なんだ、マジでちゃんとしてる。
九重先輩が製氷機から氷を外してティーカップに入れ始めた、何か手伝った方がいいかなって思ったけど余計なことして怒られないかなって…邪魔にならないように待つことにした、ピンッと背筋を伸ばして立ったまま。
あ、いい香りがしてきた。スッキリ爽やかな、ミントの香りだ。
九重先輩が作ってくれるハーブティーって毎回ちょっとずつ違うんだよな、何がとは言えないんだけど香りとか味とか九重先輩がこだわって作ってるのかなって。
そりゃ市販のやつと一緒にされたくないかって、思う…
「ん?」
待ってる時間がちょっと暇で、何気なくキョロッと視線を変えたら植木鉢と植木鉢の間に1冊のノートが挟まってるのを見付けた。
なんだろ、これ…何のノート?
気になって手に取ってみると表紙には“植物日誌”って…九重先輩の字だ、じゃあこれは九重先輩が書いたやつか?
九重先輩が書いたノート…をペラッとめくってみると、キレイに整列された文字が並んで細かく植物のあれこれが書かれてた。
育ててるだけじゃないんだ、見てるんだ植物のこと。日記みたいに思ったことや、起きたことが書かれてて…
マジでちゃんとし過ぎてない?この人。
あと字が上手過ぎる、狂いもなく並んだ字が凛々しくてキレイで見やすくてどんどんページをめくりたくなるような…!
「見過ぎ」
「!」
耳元で九重先輩が囁いたからドキィッと心臓が激しく動いた。びっくりし過ぎて声も出なかった。
「字フェチ発揮すんなよ」
「だから字フェチじゃ…っ」
いや、今のはそうだったかもしれない。見入ってしまった、九重先輩が近付いたのにも気付かないぐらい見入っちゃってた。
「…これ毎日書いてるんですか?」
「部活の時もやってたから」
「部活の時も…!すごいですね」
だから字を書き慣れてるのかな、書いてたら上手くなるし。でも元から上手かったんだろうなとも思うけど。
「そうするとダメなところが明確化する」
「…植物のですか?」
これ毎日ってすごいな、シンプルに。俺だったらめんどくさくてすぐ飽きそうだ、字を書くのは別に楽しくないし…
「入る気になった?」
さっきよりも近くで感じた吐息が耳にかかって、ハッと思わず離れてしまった。
距離近い、今のは距離が…っ!
「はっ、入りません!」
まだ入るとは、言えなくて。
九重先輩の顔を見たら言えなくて。
ふーんって興味あるんだかないんだかの返事をされて終わったし、はいって頷くだけなのにわかってるのに。
それが出来ないんだよな~…
****
「藍大丈夫か?」
国語の授業中だったはずなのに気付けば顔を机に伏せていた。柾哉に呼ばれて顔を上げる、チャイム鳴ったかじゃあ今は昼休みか。
「行くか、行きつけんとこ」
「…保健室は行きつけじゃねぇよ」
頭が重くて途中から聞いてなかった国語の教科書を机の中にしまった。
隣に座った柾哉はすでに弁当の準備をして食べる気満々だったけど、それを見ても全然食欲が湧かなくて取り出す気になれなかった。
ぎゅーって押された頭が痛くて気が遠くなるな、これは…
「珍しくね?逆に」
「え?」
「最近はよさそうだったじゃん、頭痛」
そーいえば、とふと思ったけどそんなの考えなくてもわかってた。きっとあれだ、間違いなくあれだ、九重先輩のおかげだ。
「いつもはもっと死にかけてるのに」
「死にかけてるってなんだよ」
「体育祭だって出てたし、もうずっと休んでなくね?」
「……。」
体育祭の日以来、学校を休んでなければ保健室にだって行ってない。
これは俺からしたら革命で天と地がひっくり返ったかと思った。でもそれはいつも九重先輩が作ってくれるからで、ハーブティーを。
「今の感じなら藍も部活できるんじゃねぇの?」
「え、部活?」
「そう、部活!」
柾哉と目を合わせた、大きな口で卵焼きを頬張って見てるだけでお腹いっぱいになるかと思った。重い頭がそう見せるから。
「頭痛のせいで出来なかったんだろ?頭痛がしなきゃ部活もできるじゃん」
…それは、考えたことなくて。部活をやるって思ったことなかったから、最初から無理だって諦めてたから。
「知らなかったけど歴史部とかあるらしいぞ!」
「…へぇ」
「名前の通り歴史を調べる部活!ぜってぇ入りたくない!!」
「柾哉、歴史苦手だよな」
そっか、それはそう…なのか?
出来なくもないのか、もしこのまま頭痛がなくなったら俺にも出来たり…
「藍、どこ行くんだ?」
「…保健室」
「無理だな、部活」
「…。」
ゆっくり立ち上がって教室を出た。
早々に昼は諦めて階段を下りて保健室を目指した。
これはあくまでもしもの話だし、もしかして出来るかなって話しだし…でもそしたら緑化委員はどうなるんだろう?いや、入ってないんだけど。
…九重先輩は続けるんだよな、活動は減るって言ってたけどやめないんだよな。
九重先輩がいなかったら俺は…
「…っ」
あ、普通に無理!頭痛無理!
うわぁぁっと頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。し、締め付けが…ぎゅーって今すごいっ、語彙力を失うぐらい痛みが襲ってくる。もっと早く保健室行くんだった、ここで倒れたらマジでどうしようもない…
「脆弱」
それ絶対漢字じゃ書けないって思ったし、たぶん貧弱よりダメな奴って言ってると思った。締め付けられる頭の中にサーっと入り込んで来た低音に。
「…夏も大変なんです」
室内はガンガン効いた冷房に体が冷えて、外に出れば息をするのもだるいほどの暑さにすぐに頭の中はパニックを起こす。
この温度差に毎年どれだけ悩まされてるかと…!
「…九重先輩は何してるんですか?」
すこーしだけ頭を上げて見たら中庭の草取りしてた。
あ、ここは渡り廊下だったのか必死に歩いてたからそれも気付いてなかった。
「夏は草が育ち過ぎる」
「…。」
すっごい似つかわしくないセリフなんだけど。
ふぅって不貞腐れてみたいに息を吐いて、草をかき集めてる。
「通りかかったら気になったんだよ、放課後は部活あるしやれる時ねぇーから」
真面目じゃん、人に真面目って言いながら誰より真面目じゃん…!
まぁだから、陸上部のエースだったんだろうなって。真面目にやんなきゃ早くなんか走れないよな。
頭をぎゅーっと締め付ける痛みがズキズキと、それと少しだけドキドキしてた。額から汗の流れる九重先輩の横顔を見たら胸まで締め付けられるみたいで。
つい、聞きたくなった。
「緑化委員、やめないんですか?」
静かに夏の暑苦しい風を感じながら。
「部活復帰して大変じゃないですか、わざわざ緑化委員やらなくても…って」
「やめない、俺が始めたことだ」
鋭かったり睨んでたりする瞳が今は真っ直ぐ前を見てた。力の強さは相変わらずだったけど、それは九重先輩の気持ちが入ってるからで。
「勝手にやめられない」
いや、それ勝手に始めたやつですけどね?
押し切って作った委員会ですよね、なんでそこにそんな使命感持ってるのかよくわからないんですけど。そこまでの熱量はどこから来て…
「やめたら藍士に会えない」
つい見てしまってたから、急にこっちを向かれるだなんて思ってなくてドキッとしてしまった。
だってじっと見ちゃってたから、九重先輩のことを瞬きもしないで見入っちゃってたから…恥ずかしい!
「だ、だから入ってませんよ俺!入るなんて言ってませんからね!?」
あわあわと何か言わなきゃって身振り手振り、赤くなった顔を誤魔化したくて立ち上がろう…としたけど急に立ち上がればどうなるかわかってた、クラッて立ち眩みどころじゃない視界が消えて頭から倒れ…っ
「あっぶねぇな!」
「…すみません」
咄嗟に飛びて来た腕に助けられた、九重先輩に支えられ事なきを得た…けど、めっちゃ睨んでたすげぇ怖い顔してた。マジですみませんって顔するしかなかった。
****
「飲めよ」
そのまま有無を言わせず連れて来られた、いつもの植物室はミスト扇風機のおかげで快適だった。
出されたアイスハーブティーはホットの時より控えめな香りで、それでも一口飲めばスーッと香りが心地よくて…
マジで飲み過ぎじゃない?あたかもあたりまえのように飲んでるけどドリンクバーじゃねぇんだよ、ドリンクバー感覚で飲んでる場合かよ。
いいのか?これ…
「アイスじゃ不満かよ」
「いえ、マジでこれがないと生きてけないかもしれないことを痛感しているだけです…」
すがり過ぎてる、このままじゃ絶対ダメだろ。
でもチラッと九重先輩の方を伺うように見れば、ほんのり微笑んでこっちを見てるから…俺のために作ってくれるように思えて、少しだけ気分がいい。
「九重先輩」
「ん」
「明日は手伝います!」
本当は、結構気分がいい。
「緑化委員!」
****
「これってどうやって使うんですか?」
今日も暑かった放課後、中庭の花壇の水やりするぐらいなら制服でいっかって思ったけどジャージに着替えればよかったって思った。
「レバー押せ」
「押しても全然出てこないんですけど、レバーってここじゃないんですか?」
押しても全然出てこないっていうか、押せないっていうか。
なんかロックでもかかってるのか?どっか他に押すとこ…
どうやったら水が出るのかなってノズルをのぞき込んだ。
「これ」
「うわっ」
九重先輩がグッとレバーを押し込んだから水がぶわっと飛び出した。
「硬いんだよ」
「おもっきり水かかったんですけど!見てたの知ってましたよね!?」
ノズルを確認してたから、それなのに九重先輩がレバーを押したせいで顔に思いっきり…絶対わざとだろ、わかってて押しただろ!?
だって俺が見てるのわかってて隣から手を伸ばして…っ
「ふっ」
息が抜けるように九重先輩が声を漏らした、思いっきり水を被った俺を見て笑ったから。
今までちょーっとだけ、ほんのり、みたいなのは見たことあったけど…わりとちゃんと笑うんだ、この人。
「ふふっ」
笑うんだ…!
グーにした手を口に当ててくすくす笑ってる、そうやって笑うんだってちょっと意外だった。
小刻みに体を震わせて笑って、まぁまぁ笑うんだなって…こっちはびしょ濡れなんだけど。ポタポタと髪の毛から水が落ちてくる、制服のシャツも濡れたし前もあったなこんなことって…
「!」
ふわっと頭の上に覆い被さるように何か落ちてきた。視界が遮られた隙間から覗き込めばくすって九重先輩が笑ってて、ドキドキしてしまった。
「…ありがとうございます」
柔軟剤のいい香りがする、九重先輩の貸してくれたタオルは。
タオルとか持ってるんだ、すごい準備いいしやっぱちゃんとしてるんだなーって…
「これ部活で使うやつじゃないですか!?」
そうだ、このあと部活だ!だから持ってんだ、それを借りるのは…っ
「貧弱だから」
「それは理由にならないです!」
「使えよ」
「…っ」
むちゃくちゃなのに、強引なのに、でもちょっと優しい。
そんな微笑みかけながら言われたらタオルで顔を隠したくなって、きゅっとタオルを握りしめて濡れた頭を拭いた。
九重先輩も水かかってるけど全然気にしてないっぽい。
「…部活は大丈夫なんですか?時間」
「もう行く」
「じゃあ俺片付けておきます」
せめてこれくらいは、暑いけど体調は悪くないし今日なら出来そうだなって。もうちょっと水やりをしてホース巻いてジョウロ片付けるだけだし。
「だから…」
って立ち上がって九重先輩の方を見たら何も言わずにスッと差し出された、水筒を。
だけどいつもと違う水筒の色に目をぱちくりした。
「えっと、これは…」
「藍士の」
「え、俺の?」
「あれは使うから、部活で」
使い込んだ黒色の水筒じゃなくて、新品の藍色の水筒だった。
わざわざ用意してくれたってこと?九重先輩が俺に?
しかもこれってお揃いじゃ…っ
「早く」
「あ、ありがとうございますっ」
水筒を受け取ると重くて、それは中身がたっぷり入ってるからだって…
こそばゆ、なんかこそばゆい。
この水筒を九重先輩が買いに行ってるところを想像したら、すごいこそばゆい…!
「じゃ行くわ」
嬉しくて、この水筒が。
「ありがとうございます…!」
きゅっと両手で握りしめた。
顔を見上げて、九重先輩の方を追いかける。
「聞いた」
眉をハの字にして少し困ったように笑ってた、目を細めて笑う表情は柔らかくて。
あんまり笑われると照れるんだけど、今まで見たことなかった九重先輩が広がっていくから。
…なんか、困る。どう返したらいいかわかんなくて困る。
歩いて行く九重先輩の背中を見ながらやたらとドキドキする胸を抑えてた。
このドキドキはハーブティーじゃどうにもならなくて、なんならもっと加速していくような気がする。
これはなんて言うのかな?いやまさかね、そんなの…
「認めたくねぇーなぁ~…」
はぁ~っと長めの息を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。顔を伏せてガサガサと頭を掻いて、考えれば考えるほどドツボにハマっていく思考回路から抜け出したくて。
いやいやいや、ないよ!ない!
あるわけないし、そんなの…っ
「…。」
でもちょっと顔を上げれば火照った頬に、体に響く心臓の音がうるさくて、藍色の水筒を何度も見てしまう自分がいて。
やだ、すげぇーやだ!こんなこと思ってる自分も…っ
「はぁ…」
また顔を伏せた、こんな顔してる自分が恥ずかしくて誰もいないのに見られたくなくて。
肩に掛けてたタオルを頭から被って…
「え、これってこのまま持って帰っていいんだっけ?」
貸してくれたタオルを返すのを忘れてた。
でも濡れちゃってるし、これを返すのも違うか…でも代わりのタオルとか持ってないしかと言って持って帰っちゃっていいのか?部活で使うよな?
「…一応聞きに行く?」
か、やっぱり必要だったって言うかもしれないし使用済みはいらないって言われるかもしれないけど一応。最悪植物室の扇風機で乾かそ、ミスト切ればただの扇風機だし。
よしっと立ち上がってその辺に放置してあったスクールバッグを肩に掛けた。
水筒とタオルを持ってグラウンドの方へ、もう部活始まってるかもと思って急ぎ足で向かった。
始まってたらどうしよ?呼ぶ?呼ぶの?グラウンドに向かって叫べと…!?
それは無理!ギリ間に合ってほしいな~、ちょっと手招きぐらいで気付いてくれたら…
「!」
勢いよくグラウンドの方に飛び出したけどすぐに足を戻した。
サッと物陰に隠れて、ピシッと背中を伸ばした。
お、思わず隠れちゃった…別に隠れる必要なんかなかったんだけどなんとなく条件反射で。
だってすぐそこに九重先輩がいたから、ポニーテールの女の子と一緒に。
「……。」
そろーっと覗き込んだ、見付からないように息をひそめて。
ハッキリ声は聞こえないからわからないけど、九重先輩も普通に喋ってるし部活の人…かな?ジャージ着てるし、九重先輩も嫌そうな顔してない…
いや、別にいいじゃん。嫌そうな顔してないならいいことじゃん。
なのになんかモヤッとする、そんなこと思う必要ないのに。しかも隠れちゃったせいで出づらくなったし、こそこそ盗み聞きするみたいだ。
でも気になる、から。
気付かれないように少しだけ、音を立てないように静かに息をして、もう一度のぞき込むと九重先輩は持っていた水筒を女の子に渡していた。
それはいつものあの黒色の水筒、九重先輩の水筒。
それを受け取った女の子は蓋を開けて水筒に入った…
「…っ」
見るんじゃなかったって、咄嗟に思ってしまった。
隠れて見てたのに見るんじゃなかった、見ない方がよかった。
あ、なんだろこれ…なんか痛い、胸が痛い。
苦しいとか、重いとか、そんなことも言えないぐらいシクシクと胸の奥が泣いてるみたいに痛い。
どこか思ってた、思い上がってた。
あの水筒も、緑化委員も、俺だけなんだって。
なんだ、俺だけじゃないじゃん。
“藍士なら入れてやるよ”
俺だけじゃー…
「藍士!」
名前を呼ばれてハッとした、ぼぉーっと立っていたから立ち尽くすみたいに。
見付かってしまった、隠れてたつもりだったのに気を抜いてたっていうか気が抜けてたから。
「?」
九重先輩が俺をみて首をかしげてる、どうしたんだって顔してる。女の子はというと水筒を持ってグラウンドへ駆けて行った、その姿は見たくなくて。
「何…」
「水筒の中身ってハーブティーですよね?」
「あぁ」
「あげちゃってよかったんですか?これから部活なのに」
九重先輩の顔を見られなくて、少し俯いたまま足元ばかり見ていた。
自分でも嫌な聞き方してるなって思ってた、九重先輩がどうしようとそれこそ九重先輩の勝手なのに。
「頭痛、酷いんだと」
でもそんなの、1番聞きたくないじゃん。
「夏の大会近いし練習もハードだからな、あれでどうにかなればって話だけど」
なるよ、すごいなるよ。
そんなの俺が1番知ってるよ。
でも別に俺のものじゃないし、それは九重先輩の善意なだけだし。
でもちょっとそう思っちゃったんだよ。
誰にも、あげてほしくなかったって。
「藍士?」
「これお返しします」
スッと持っていた藍色の水筒を差し出した。
「まだ飲んでないんで!」
「は?」
「いりますよね!?部活ですもんね!?」
「それは藍士にっ」
「大丈夫です!」
少し力が入って震えそうになる手を抑えてグッと押し出した。
「俺は大丈夫なんで…」
無理やり九重先輩の手に水筒を押し付けて上は見ないように渡した。
こんな顔見られたくなくて、自分でもわかってたからひどい顔してるなって。
「藍士のだ」
せっかく返したのにまた持たされた、グッと包み込むように手を握られ絶対に返させないって意思を感じた。
「夏は頭痛が大変なんだろ?」
「…大丈夫ですから、今は」
「それは今、後はわからん」
「もう帰るだけですし」
「持って帰れよ」
「でも…っ」
帰っても飲めない、飲む気になれない。こんな気持ちじゃ。
「それは藍士のなんだよ、返されても困る」
困るって言われても、俺だって困る。
「藍士のために作ったんだよ」
困るんだよ、そんなこと言われたら。
たっぷりハーブティーの入った水筒は重くて、いつもより重かった。いろんな感情が乗っかって、力を入れなきゃ水筒を落としそうになるぐらい重くて、もう嫌なんだよ。
「あげてたじゃないですか、さっきの子に」
なんでこんな気持ちになるんだろ、どうしてこんなに声が震えてるんだろう…ぐちゃぐちゃだ、こんなこと言いたいわけじゃないのに感情がめちゃくちゃで嫌になる。
何わけのわかんないこと言ってんだよ、意味わかんねぇよ。
こんなこと言われて九重先輩が困るのはわかってるんだけどー…
「なんだそれ、ヤキモチか?」
………は?
ずっと下を向いたままだった、きゅっと目をつぶれば涙がこぼれるんじゃないかって、それぐらいギリギリの顔してたんだけどパチッと大きく目を見開いたおかげで涙は出そうになかった。
いや、待ってなんだって???ヤキモチ?誰が誰に?
つーかヤキモチって、どこの何がなんで…
「そんなんじゃないですっ!」
グラウンドまで聞こえるかって声で叫んでしまった、九重先輩に向かって。
マッジで恥ずかしい…!
しかもここはそんな光りをたっぷり蓄えた植物室…
「じゃないですよね、ここ」
「家庭科室」
「なんでですか?」
「熱い」
「…この時期温室ハウスの中は地獄ですよね」
てことで、ここは植物室の隣にある家庭科室。
ここなら冷房もついて快適だから、いや勝手に使っていいのかわかんないけど九重先輩に呼ばれて来ただけだし。
放課後、うちのクラスまで押しかけて来た九重先輩に連れられて来た。
家庭科室の隅っこの調理台で九重先輩が入れてくれたハーブティーを飲む。
窓の外を覗けば太陽がキラキラして、だけど前を見ればそんな太陽よりキラキラして見え…るはずない!そんなわけない!
こないだの体育祭から何かおかしい、だってこんなのまるで…っ
いや、落ち着け。落ち着くんだ。
俺は男だぞ、男なのにそんなはず…
「……。」
でもふと考えて見れば、今までそんな人いたっけ…?
誰かを想うとかそんなの、記憶になくて。
よくよく考えたら初恋も経験ない気が…それはそれでなんか悲しいな。冷静になったら悲しい。
「藍士」
ただ名前を呼ばれただけなのに無駄にドキッとして、ティーカップを口に当てた九重先輩がなぜか上手く見れない。ハーブティーを飲んでるところなんて見慣れてるはずなのに。
「緑化委員会入れよ」
スッと向けられた視線に、カップを持つ手が震える。飲もうとしたところでピタッと手が止まった。
「好きなんだろ?」
ドキンッ、って胸が脈打つから。
胸の奥から大きな音が…
つーかなんて?今なんて?それは誰が誰を…えっ!?
「俺の字」
「……。」
ま、紛らわしい…!!!
すげぇー嫌な汗かいた、ゾッとした、マジで焦った~…
「字フェチ」
「フェチじゃないですよ!」
いや、焦る必要もないんだ。何を焦ってんだよ、落ち着けよ俺。
…ゴホンッと咳払いをしてカップを置いた。
「人が増えるとなんかあるんですか?部活みたいに部費が増えるとか…」
「盛り上がる」
「何がですか?」
「俺が」
「……。」
元々イマイチ会話出来ないなってとこあったけど、一段と会話出来ない今日は。
仕方ないので一度は置いたカップを持ってごくごくとハーブティーを飲んだ。
「委員会だ、仕事してくれるやつが増えたらラクになる」
「それはそうですね」
「勝手に始めた委員会に仕事も何もないが」
「その認識はあるんですね」
「非公式委員会」
「学校の委員会に非公式ってありますか?」
たぶんこれは先生たちの配慮なのかと、なんとなくそう思って。いろいろあって部活へ行けなくなった九重先輩へのせめてもの気持ち、というか。
「委員会室欲しい」
でも自由な過ぎるから、想像以上に自由だから。
「人増えたらイケるか?」
そんなこと眉間にしわを寄せながら言われても。
「無理か、部活じゃねぇし」
すっごい不服そうな顔でハーブティー飲んでた。
そもそも緑化委員に委員会室っているのか?図書委員の図書室とはわけが違うと思うけど。
「いっそのこと緑化部にするか」
「え、そんなこと出来るんですか?」
「押し切る」
「…。」
…先生たちも後悔してなきゃいいけど、まさかこんな本気で緑化委員推進してくるとは思ってないよな。守るものがなくなった九重先輩の好き放題精神は無限大過ぎて。
「あ、でも部活掛け持ちはNGなんだよなうちの学校」
「え?」
きょとんっとした顔をしてしまった、掛け持ちNGって意味がよくわからなくて。2つの部活に掛け持って入っちゃいけないのは知ってるけど、なんで九重先輩がそんなことを言い出したのか…
「復帰したから、陸上部」
パチパチってわかりやすく2回瞬きをして九重先輩の方を見た。九重先輩は何食わぬ顔で二杯目のハーブティーを注いでたけど。
「走るんですか!?」
あ、しまった。家庭科室にすげぇ響かせちゃった。
しかもバンッて調理台を両手で叩いて立ち上がっちゃったし。
「走らねぇよ」
「え、だって…」
「走るだけじゃないって藍士が言ったんだろ」
「それは…っ」
言いました、言いましたけど。
「だから減るな、緑化委員の活動も」
きっと出来ることはあるって、思ってますよ?
だから体育祭だってがんばろうと思ったし、九重先輩にも一緒にやってほしいって思ったし、そんな九重先輩が陸上部に戻るなら俺だって嬉しいって思いますけど…
「「「キャーーーっ」」」
放課後、グラウンドの周りでは女子たちが歓声を上げていた。帰ろうかなって何気なく通り過ぎようとしただけなのにあまりに甲高い声たちに振り向いてしまった。
だってその声の先にいるのはもちろん、九重先輩だから。
すごいギャラリーなんだけど、これみんな九重先輩見に来てんの?てか部活は!?
この時間、部活があるはず…だけどまだ始まってない、だって九重先輩も準備中だし。グラウンドにライン引いて準備してるし。
逆を言えばただ準備してるだけでこの歓声って何?
キッカケってひょんなことなのかも、体育祭以来九重先輩の注目度は爆上がりでみんな近付きやすくなったみたいだけど俺は…
「……。」
帰るか、どーせ俺は部活ないんだし。九重先輩が部活復帰したら行くところがない、植物室へ行ってもどうしようもないから。
…まぁ暑過ぎて無理だけど、温室ハウスなんて行ってられないか。
「藍士!」
くるりと向きを変え一歩踏み出そうとした。でも名前を呼ばれてグラウンドの方を見てしまった。
「委員会!」
「……。」
「明日!」
「…あのも少し会話を」
って俺の話を聞く前にラインを引き終わった九重先輩は行ってしまった。そろそろ部活の時間だから、…じゃなくて。
俺、委員会まだ入ってませんよ?入るって言ってませんよ??
****
「緑化委員会入りたいですっ!」
目をぱちくりさせてしまった、植物室が女子たちで溢れてたから。こんな暑くてしょうがない植物室の前で瞳をキラキラさせた女子たちが九重先輩のことを囲んでて。
…すごい、マジですごいしか言えない。絶対誰もやりたくないと思ってたであろう緑化委員会にこんなに人だかりが出来てるなんて。
近づけないし、昨日言われたから一応来てはみたけどちょっと遠くから見てるだけで全然…背の高い九重先輩の金髪の頭だけ見えてる。
これどーしよっかなー…あの中に入っていくのちょっとあれなんだけど。
つーか九重先輩どうする気なんだろ?緑化委員募集してたぐらいだからこれだけ人が来たら喜んでみんな受け入れ…
「断る」
は?
「入会は拒否する」
はぁぁぁ???何言って…っ
しかもキッと目に力を入れて睨みつけてた、せっかく入会してくれるって言った女子たちを。そのまま強引に追い返して、誰も植物室に入れることなんかなくフンッと鼻を鳴らしてた。
え、何してんだ?欲しかったんじゃないのかよ、盛り上がるとかなんとか言ってたくせに…
「藍士」
こそっと隠れてたつもりだったのに見付かった、女子たちがいなくなったから。
「遅せぇーよ!」
「…すみません」
「早く、委員会始める」
「…はい」
って、俺は入れてくれるのか植物室に。
俺だって緑化委員じゃないけど、まだ入るだなんて言ってないけど…
「いいんですか?俺は」
「あ?」
「緑化委員会、入っても」
一歩植物室に踏み入れて、でも顔を上げることは出来なくて。
無性にドキドキしてたから、何度もここへ来てるのに。
「藍士なら入れてやるよ」
九重先輩の低音が胸にグッとくるみたいに顔が熱くなって、もっとドキドキする。
一歩踏み込んだらぶわっと体全身が熱くなって、びっくりするほど熱を帯びるからー…
「ってここめっちゃ熱くないですか!?」
「夏の植物室はやべぇ」
「なんでそんな平気な顔してるんですか!?熱中症になりますよ!!」
思ってた以上だった夏の植物室、一気に汗が噴き出してこんなとこ長時間いられない。普通に女子たちもう来ないと思った、これを知ったら入る気なくすだろ。
「これ使うか」
「え、なんですか?それ…」
扇風機?にしてはゴツい、しゃがみ込んだ九重先輩がカチッとボタンを押した。
「わっ、涼しい…!」
ミストがふわーっと風に乗って流れてきてひんやりして気持ちいい、ミスト扇風機だこんなの学校にあったんだ。
「…ってどうしたんですか、これ!?」
「そこにあった」
「そこに?…あ、温室ハウス自体は前からあるんですもんねじゃあ先生が使ってた…」
のを勝手に使ってるのか?それはいいのか?
なんてもう考えるだけ無駄か、よく見れば扇風機も掃除されてるし先生がイチイチ言わないのもなんとなくわかる気がするし。
元はマメな人なんだろうなとか、思っちゃうし。
「ハーブティー飲むか?今日はアイスにしようかと思って家庭科室の冷凍庫で氷作って来た」
「自由過ぎませんか!!?」
もう考える方が疲れるかも。あと暑いから氷作るって発想持ってる人なんだ、マジでちゃんとしてる。
九重先輩が製氷機から氷を外してティーカップに入れ始めた、何か手伝った方がいいかなって思ったけど余計なことして怒られないかなって…邪魔にならないように待つことにした、ピンッと背筋を伸ばして立ったまま。
あ、いい香りがしてきた。スッキリ爽やかな、ミントの香りだ。
九重先輩が作ってくれるハーブティーって毎回ちょっとずつ違うんだよな、何がとは言えないんだけど香りとか味とか九重先輩がこだわって作ってるのかなって。
そりゃ市販のやつと一緒にされたくないかって、思う…
「ん?」
待ってる時間がちょっと暇で、何気なくキョロッと視線を変えたら植木鉢と植木鉢の間に1冊のノートが挟まってるのを見付けた。
なんだろ、これ…何のノート?
気になって手に取ってみると表紙には“植物日誌”って…九重先輩の字だ、じゃあこれは九重先輩が書いたやつか?
九重先輩が書いたノート…をペラッとめくってみると、キレイに整列された文字が並んで細かく植物のあれこれが書かれてた。
育ててるだけじゃないんだ、見てるんだ植物のこと。日記みたいに思ったことや、起きたことが書かれてて…
マジでちゃんとし過ぎてない?この人。
あと字が上手過ぎる、狂いもなく並んだ字が凛々しくてキレイで見やすくてどんどんページをめくりたくなるような…!
「見過ぎ」
「!」
耳元で九重先輩が囁いたからドキィッと心臓が激しく動いた。びっくりし過ぎて声も出なかった。
「字フェチ発揮すんなよ」
「だから字フェチじゃ…っ」
いや、今のはそうだったかもしれない。見入ってしまった、九重先輩が近付いたのにも気付かないぐらい見入っちゃってた。
「…これ毎日書いてるんですか?」
「部活の時もやってたから」
「部活の時も…!すごいですね」
だから字を書き慣れてるのかな、書いてたら上手くなるし。でも元から上手かったんだろうなとも思うけど。
「そうするとダメなところが明確化する」
「…植物のですか?」
これ毎日ってすごいな、シンプルに。俺だったらめんどくさくてすぐ飽きそうだ、字を書くのは別に楽しくないし…
「入る気になった?」
さっきよりも近くで感じた吐息が耳にかかって、ハッと思わず離れてしまった。
距離近い、今のは距離が…っ!
「はっ、入りません!」
まだ入るとは、言えなくて。
九重先輩の顔を見たら言えなくて。
ふーんって興味あるんだかないんだかの返事をされて終わったし、はいって頷くだけなのにわかってるのに。
それが出来ないんだよな~…
****
「藍大丈夫か?」
国語の授業中だったはずなのに気付けば顔を机に伏せていた。柾哉に呼ばれて顔を上げる、チャイム鳴ったかじゃあ今は昼休みか。
「行くか、行きつけんとこ」
「…保健室は行きつけじゃねぇよ」
頭が重くて途中から聞いてなかった国語の教科書を机の中にしまった。
隣に座った柾哉はすでに弁当の準備をして食べる気満々だったけど、それを見ても全然食欲が湧かなくて取り出す気になれなかった。
ぎゅーって押された頭が痛くて気が遠くなるな、これは…
「珍しくね?逆に」
「え?」
「最近はよさそうだったじゃん、頭痛」
そーいえば、とふと思ったけどそんなの考えなくてもわかってた。きっとあれだ、間違いなくあれだ、九重先輩のおかげだ。
「いつもはもっと死にかけてるのに」
「死にかけてるってなんだよ」
「体育祭だって出てたし、もうずっと休んでなくね?」
「……。」
体育祭の日以来、学校を休んでなければ保健室にだって行ってない。
これは俺からしたら革命で天と地がひっくり返ったかと思った。でもそれはいつも九重先輩が作ってくれるからで、ハーブティーを。
「今の感じなら藍も部活できるんじゃねぇの?」
「え、部活?」
「そう、部活!」
柾哉と目を合わせた、大きな口で卵焼きを頬張って見てるだけでお腹いっぱいになるかと思った。重い頭がそう見せるから。
「頭痛のせいで出来なかったんだろ?頭痛がしなきゃ部活もできるじゃん」
…それは、考えたことなくて。部活をやるって思ったことなかったから、最初から無理だって諦めてたから。
「知らなかったけど歴史部とかあるらしいぞ!」
「…へぇ」
「名前の通り歴史を調べる部活!ぜってぇ入りたくない!!」
「柾哉、歴史苦手だよな」
そっか、それはそう…なのか?
出来なくもないのか、もしこのまま頭痛がなくなったら俺にも出来たり…
「藍、どこ行くんだ?」
「…保健室」
「無理だな、部活」
「…。」
ゆっくり立ち上がって教室を出た。
早々に昼は諦めて階段を下りて保健室を目指した。
これはあくまでもしもの話だし、もしかして出来るかなって話しだし…でもそしたら緑化委員はどうなるんだろう?いや、入ってないんだけど。
…九重先輩は続けるんだよな、活動は減るって言ってたけどやめないんだよな。
九重先輩がいなかったら俺は…
「…っ」
あ、普通に無理!頭痛無理!
うわぁぁっと頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。し、締め付けが…ぎゅーって今すごいっ、語彙力を失うぐらい痛みが襲ってくる。もっと早く保健室行くんだった、ここで倒れたらマジでどうしようもない…
「脆弱」
それ絶対漢字じゃ書けないって思ったし、たぶん貧弱よりダメな奴って言ってると思った。締め付けられる頭の中にサーっと入り込んで来た低音に。
「…夏も大変なんです」
室内はガンガン効いた冷房に体が冷えて、外に出れば息をするのもだるいほどの暑さにすぐに頭の中はパニックを起こす。
この温度差に毎年どれだけ悩まされてるかと…!
「…九重先輩は何してるんですか?」
すこーしだけ頭を上げて見たら中庭の草取りしてた。
あ、ここは渡り廊下だったのか必死に歩いてたからそれも気付いてなかった。
「夏は草が育ち過ぎる」
「…。」
すっごい似つかわしくないセリフなんだけど。
ふぅって不貞腐れてみたいに息を吐いて、草をかき集めてる。
「通りかかったら気になったんだよ、放課後は部活あるしやれる時ねぇーから」
真面目じゃん、人に真面目って言いながら誰より真面目じゃん…!
まぁだから、陸上部のエースだったんだろうなって。真面目にやんなきゃ早くなんか走れないよな。
頭をぎゅーっと締め付ける痛みがズキズキと、それと少しだけドキドキしてた。額から汗の流れる九重先輩の横顔を見たら胸まで締め付けられるみたいで。
つい、聞きたくなった。
「緑化委員、やめないんですか?」
静かに夏の暑苦しい風を感じながら。
「部活復帰して大変じゃないですか、わざわざ緑化委員やらなくても…って」
「やめない、俺が始めたことだ」
鋭かったり睨んでたりする瞳が今は真っ直ぐ前を見てた。力の強さは相変わらずだったけど、それは九重先輩の気持ちが入ってるからで。
「勝手にやめられない」
いや、それ勝手に始めたやつですけどね?
押し切って作った委員会ですよね、なんでそこにそんな使命感持ってるのかよくわからないんですけど。そこまでの熱量はどこから来て…
「やめたら藍士に会えない」
つい見てしまってたから、急にこっちを向かれるだなんて思ってなくてドキッとしてしまった。
だってじっと見ちゃってたから、九重先輩のことを瞬きもしないで見入っちゃってたから…恥ずかしい!
「だ、だから入ってませんよ俺!入るなんて言ってませんからね!?」
あわあわと何か言わなきゃって身振り手振り、赤くなった顔を誤魔化したくて立ち上がろう…としたけど急に立ち上がればどうなるかわかってた、クラッて立ち眩みどころじゃない視界が消えて頭から倒れ…っ
「あっぶねぇな!」
「…すみません」
咄嗟に飛びて来た腕に助けられた、九重先輩に支えられ事なきを得た…けど、めっちゃ睨んでたすげぇ怖い顔してた。マジですみませんって顔するしかなかった。
****
「飲めよ」
そのまま有無を言わせず連れて来られた、いつもの植物室はミスト扇風機のおかげで快適だった。
出されたアイスハーブティーはホットの時より控えめな香りで、それでも一口飲めばスーッと香りが心地よくて…
マジで飲み過ぎじゃない?あたかもあたりまえのように飲んでるけどドリンクバーじゃねぇんだよ、ドリンクバー感覚で飲んでる場合かよ。
いいのか?これ…
「アイスじゃ不満かよ」
「いえ、マジでこれがないと生きてけないかもしれないことを痛感しているだけです…」
すがり過ぎてる、このままじゃ絶対ダメだろ。
でもチラッと九重先輩の方を伺うように見れば、ほんのり微笑んでこっちを見てるから…俺のために作ってくれるように思えて、少しだけ気分がいい。
「九重先輩」
「ん」
「明日は手伝います!」
本当は、結構気分がいい。
「緑化委員!」
****
「これってどうやって使うんですか?」
今日も暑かった放課後、中庭の花壇の水やりするぐらいなら制服でいっかって思ったけどジャージに着替えればよかったって思った。
「レバー押せ」
「押しても全然出てこないんですけど、レバーってここじゃないんですか?」
押しても全然出てこないっていうか、押せないっていうか。
なんかロックでもかかってるのか?どっか他に押すとこ…
どうやったら水が出るのかなってノズルをのぞき込んだ。
「これ」
「うわっ」
九重先輩がグッとレバーを押し込んだから水がぶわっと飛び出した。
「硬いんだよ」
「おもっきり水かかったんですけど!見てたの知ってましたよね!?」
ノズルを確認してたから、それなのに九重先輩がレバーを押したせいで顔に思いっきり…絶対わざとだろ、わかってて押しただろ!?
だって俺が見てるのわかってて隣から手を伸ばして…っ
「ふっ」
息が抜けるように九重先輩が声を漏らした、思いっきり水を被った俺を見て笑ったから。
今までちょーっとだけ、ほんのり、みたいなのは見たことあったけど…わりとちゃんと笑うんだ、この人。
「ふふっ」
笑うんだ…!
グーにした手を口に当ててくすくす笑ってる、そうやって笑うんだってちょっと意外だった。
小刻みに体を震わせて笑って、まぁまぁ笑うんだなって…こっちはびしょ濡れなんだけど。ポタポタと髪の毛から水が落ちてくる、制服のシャツも濡れたし前もあったなこんなことって…
「!」
ふわっと頭の上に覆い被さるように何か落ちてきた。視界が遮られた隙間から覗き込めばくすって九重先輩が笑ってて、ドキドキしてしまった。
「…ありがとうございます」
柔軟剤のいい香りがする、九重先輩の貸してくれたタオルは。
タオルとか持ってるんだ、すごい準備いいしやっぱちゃんとしてるんだなーって…
「これ部活で使うやつじゃないですか!?」
そうだ、このあと部活だ!だから持ってんだ、それを借りるのは…っ
「貧弱だから」
「それは理由にならないです!」
「使えよ」
「…っ」
むちゃくちゃなのに、強引なのに、でもちょっと優しい。
そんな微笑みかけながら言われたらタオルで顔を隠したくなって、きゅっとタオルを握りしめて濡れた頭を拭いた。
九重先輩も水かかってるけど全然気にしてないっぽい。
「…部活は大丈夫なんですか?時間」
「もう行く」
「じゃあ俺片付けておきます」
せめてこれくらいは、暑いけど体調は悪くないし今日なら出来そうだなって。もうちょっと水やりをしてホース巻いてジョウロ片付けるだけだし。
「だから…」
って立ち上がって九重先輩の方を見たら何も言わずにスッと差し出された、水筒を。
だけどいつもと違う水筒の色に目をぱちくりした。
「えっと、これは…」
「藍士の」
「え、俺の?」
「あれは使うから、部活で」
使い込んだ黒色の水筒じゃなくて、新品の藍色の水筒だった。
わざわざ用意してくれたってこと?九重先輩が俺に?
しかもこれってお揃いじゃ…っ
「早く」
「あ、ありがとうございますっ」
水筒を受け取ると重くて、それは中身がたっぷり入ってるからだって…
こそばゆ、なんかこそばゆい。
この水筒を九重先輩が買いに行ってるところを想像したら、すごいこそばゆい…!
「じゃ行くわ」
嬉しくて、この水筒が。
「ありがとうございます…!」
きゅっと両手で握りしめた。
顔を見上げて、九重先輩の方を追いかける。
「聞いた」
眉をハの字にして少し困ったように笑ってた、目を細めて笑う表情は柔らかくて。
あんまり笑われると照れるんだけど、今まで見たことなかった九重先輩が広がっていくから。
…なんか、困る。どう返したらいいかわかんなくて困る。
歩いて行く九重先輩の背中を見ながらやたらとドキドキする胸を抑えてた。
このドキドキはハーブティーじゃどうにもならなくて、なんならもっと加速していくような気がする。
これはなんて言うのかな?いやまさかね、そんなの…
「認めたくねぇーなぁ~…」
はぁ~っと長めの息を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。顔を伏せてガサガサと頭を掻いて、考えれば考えるほどドツボにハマっていく思考回路から抜け出したくて。
いやいやいや、ないよ!ない!
あるわけないし、そんなの…っ
「…。」
でもちょっと顔を上げれば火照った頬に、体に響く心臓の音がうるさくて、藍色の水筒を何度も見てしまう自分がいて。
やだ、すげぇーやだ!こんなこと思ってる自分も…っ
「はぁ…」
また顔を伏せた、こんな顔してる自分が恥ずかしくて誰もいないのに見られたくなくて。
肩に掛けてたタオルを頭から被って…
「え、これってこのまま持って帰っていいんだっけ?」
貸してくれたタオルを返すのを忘れてた。
でも濡れちゃってるし、これを返すのも違うか…でも代わりのタオルとか持ってないしかと言って持って帰っちゃっていいのか?部活で使うよな?
「…一応聞きに行く?」
か、やっぱり必要だったって言うかもしれないし使用済みはいらないって言われるかもしれないけど一応。最悪植物室の扇風機で乾かそ、ミスト切ればただの扇風機だし。
よしっと立ち上がってその辺に放置してあったスクールバッグを肩に掛けた。
水筒とタオルを持ってグラウンドの方へ、もう部活始まってるかもと思って急ぎ足で向かった。
始まってたらどうしよ?呼ぶ?呼ぶの?グラウンドに向かって叫べと…!?
それは無理!ギリ間に合ってほしいな~、ちょっと手招きぐらいで気付いてくれたら…
「!」
勢いよくグラウンドの方に飛び出したけどすぐに足を戻した。
サッと物陰に隠れて、ピシッと背中を伸ばした。
お、思わず隠れちゃった…別に隠れる必要なんかなかったんだけどなんとなく条件反射で。
だってすぐそこに九重先輩がいたから、ポニーテールの女の子と一緒に。
「……。」
そろーっと覗き込んだ、見付からないように息をひそめて。
ハッキリ声は聞こえないからわからないけど、九重先輩も普通に喋ってるし部活の人…かな?ジャージ着てるし、九重先輩も嫌そうな顔してない…
いや、別にいいじゃん。嫌そうな顔してないならいいことじゃん。
なのになんかモヤッとする、そんなこと思う必要ないのに。しかも隠れちゃったせいで出づらくなったし、こそこそ盗み聞きするみたいだ。
でも気になる、から。
気付かれないように少しだけ、音を立てないように静かに息をして、もう一度のぞき込むと九重先輩は持っていた水筒を女の子に渡していた。
それはいつものあの黒色の水筒、九重先輩の水筒。
それを受け取った女の子は蓋を開けて水筒に入った…
「…っ」
見るんじゃなかったって、咄嗟に思ってしまった。
隠れて見てたのに見るんじゃなかった、見ない方がよかった。
あ、なんだろこれ…なんか痛い、胸が痛い。
苦しいとか、重いとか、そんなことも言えないぐらいシクシクと胸の奥が泣いてるみたいに痛い。
どこか思ってた、思い上がってた。
あの水筒も、緑化委員も、俺だけなんだって。
なんだ、俺だけじゃないじゃん。
“藍士なら入れてやるよ”
俺だけじゃー…
「藍士!」
名前を呼ばれてハッとした、ぼぉーっと立っていたから立ち尽くすみたいに。
見付かってしまった、隠れてたつもりだったのに気を抜いてたっていうか気が抜けてたから。
「?」
九重先輩が俺をみて首をかしげてる、どうしたんだって顔してる。女の子はというと水筒を持ってグラウンドへ駆けて行った、その姿は見たくなくて。
「何…」
「水筒の中身ってハーブティーですよね?」
「あぁ」
「あげちゃってよかったんですか?これから部活なのに」
九重先輩の顔を見られなくて、少し俯いたまま足元ばかり見ていた。
自分でも嫌な聞き方してるなって思ってた、九重先輩がどうしようとそれこそ九重先輩の勝手なのに。
「頭痛、酷いんだと」
でもそんなの、1番聞きたくないじゃん。
「夏の大会近いし練習もハードだからな、あれでどうにかなればって話だけど」
なるよ、すごいなるよ。
そんなの俺が1番知ってるよ。
でも別に俺のものじゃないし、それは九重先輩の善意なだけだし。
でもちょっとそう思っちゃったんだよ。
誰にも、あげてほしくなかったって。
「藍士?」
「これお返しします」
スッと持っていた藍色の水筒を差し出した。
「まだ飲んでないんで!」
「は?」
「いりますよね!?部活ですもんね!?」
「それは藍士にっ」
「大丈夫です!」
少し力が入って震えそうになる手を抑えてグッと押し出した。
「俺は大丈夫なんで…」
無理やり九重先輩の手に水筒を押し付けて上は見ないように渡した。
こんな顔見られたくなくて、自分でもわかってたからひどい顔してるなって。
「藍士のだ」
せっかく返したのにまた持たされた、グッと包み込むように手を握られ絶対に返させないって意思を感じた。
「夏は頭痛が大変なんだろ?」
「…大丈夫ですから、今は」
「それは今、後はわからん」
「もう帰るだけですし」
「持って帰れよ」
「でも…っ」
帰っても飲めない、飲む気になれない。こんな気持ちじゃ。
「それは藍士のなんだよ、返されても困る」
困るって言われても、俺だって困る。
「藍士のために作ったんだよ」
困るんだよ、そんなこと言われたら。
たっぷりハーブティーの入った水筒は重くて、いつもより重かった。いろんな感情が乗っかって、力を入れなきゃ水筒を落としそうになるぐらい重くて、もう嫌なんだよ。
「あげてたじゃないですか、さっきの子に」
なんでこんな気持ちになるんだろ、どうしてこんなに声が震えてるんだろう…ぐちゃぐちゃだ、こんなこと言いたいわけじゃないのに感情がめちゃくちゃで嫌になる。
何わけのわかんないこと言ってんだよ、意味わかんねぇよ。
こんなこと言われて九重先輩が困るのはわかってるんだけどー…
「なんだそれ、ヤキモチか?」
………は?
ずっと下を向いたままだった、きゅっと目をつぶれば涙がこぼれるんじゃないかって、それぐらいギリギリの顔してたんだけどパチッと大きく目を見開いたおかげで涙は出そうになかった。
いや、待ってなんだって???ヤキモチ?誰が誰に?
つーかヤキモチって、どこの何がなんで…
「そんなんじゃないですっ!」
グラウンドまで聞こえるかって声で叫んでしまった、九重先輩に向かって。
マッジで恥ずかしい…!



