鎖骨に咲く青を、僕だけが知っていた

 花を「花」と認めた翌朝、目が覚めたのはいつもより三分早かった。

 暗い天井の染みを見つめながら、昨夜の認識が夢ではないことを確認した。確認できた。それだけで、今日から何かを変えなければならないことが決まった。
 
 感情の問題ではない。
 論理の問題だ。
 
 花咲病の終息条件は対象者の無関心だ。ならば俺がすべきことは明確であり、かつ実行可能な、個人の感情を排除した手順に過ぎない。
 接触頻度の削減、移動ルートの変更、昼食場所の固定、そして返答の最小化。
 布団の中で全ての設計を完了させ、俺は予定通り三分前に起き上がった。
 
 決して自分のためではない。
 そう結論づけることで、思考のノイズは消える。

 俺はその判断を、思考をそこで打ち切った。


 ※


 朝、下駄箱を使う時間を七分前倒しにする。

 それだけで、柚木との鉢合わせを回避できた。
 月曜の朝、金属の冷えた下駄箱の前に立ち、静まり返った廊下を見渡す。
 人がいない。柚木がいない。計画の第一段階は、正常に機能した。
 
 昼休みは迷わず図書室へ直行する。
 そこが柚木の足を向けない領域であることは、先週までの観測で確認済みだった。
 火曜、窓際の席に座って参考書を開いたとき、隣の椅子は最後まで空いたままだった。当然の結果だ。

 だが、俺はその空席を一度だけ不必要に確認してしまった。
 視線が泳いだことに気づき、慌てて数式に意識を戻す。柚木は結局、一度も姿を見せなかった。 

 計画は順調である。そう判断を下した。
 


 しかしその夜、布団の中で誤算が生じた。

 記憶の中の花を検分しようとした際、青が、昨日より一段深くなっている気がした。
 気がした、だけかもしれない。比較対象となる過去の記憶は、既に主観という不純物に汚染されている。客観的な根拠などどこにもなかった。
 
 俺は無理やり思考を遮断して、瞼を閉じる。
 結局、そのまま一度も意識が途切れることはなかった。


 ※


 三日目、柚木が俺の計画に接触してきた。

 昼休みの廊下、人の流れが途切れた一瞬の空白から彼が現した。回避ルートの盲点だった。
 俺は一瞬だけ足を止めかけたが、すぐに一定の歩行速度を維持する。

「閃亜くん。今日の数学の課題、範囲ってどこでしたっけ」

声を認識した瞬間、思考の歯車が一拍分、遅延した。

 振り向けば、物理的な距離が縮まるだろう。視線が合えば、嫌でも花を意識せざるを得ない。
 そして花を意識すれば、青の深さを確認してしまう。その情報は今夜の眠れない暗闇の中で、鮮明な高解析度映像として展開されるのだ。

 だから、俺は振り向かなかった。正面の消失点だけを見つめ、必要なデータのみを最小限の出力で提示する。

「……十四ページから十七ページ。問三までだ」

 歩みを止めず、事務的に言い捨てた。柚木も追ってこない。会話はわずか十秒で完結した。

 それだけのはずだった。

 図書室の席に着いてから、俺は自分の心拍数が標準値を大きく逸脱していることに気づいた。換気が不十分だったせいか、あるいは移動速度が速すぎたせいか。
 理由が「物理的」なものであれば、俺の理論は困らない。
 俺は参考書を開いた。活字が意味を結び始めるまでに、五分の時間を要した。


 ※


 四日目、五日目。
 柚木という変数は、一貫して変わらなかった。
 
 それが最も俺の処理能力を圧迫する事態だった。距離を置かれた人間は通常、自己防衛として相手への関心を減退させる。それが社会的な生存本能だ。
 しかし柚木は違った。
 
 四日目の体育、バスケのチーム分けで俺と柚木は敵味方に分かれた。
 コートを挟んで対峙した際、柚木は一度だけこちらを視界に入れた。責める色も、確認の色もない。
 ただそこに俺がいることを認め、すぐにボールへと視線を戻す。
 
 それだけのことだった。

 それだけなのに、俺は十分間、柚木を周辺視野で追っていた。
 
 五日目の昼、柚木が廊下で別の友人と笑っていた。よく通る、透明度の高い笑い声だ。
 俺はその横を通り過ぎる際、視線を前方の一点に固定する。しかし、通り過ぎる刹那、柚木の笑顔が周辺視野に侵入した。

 入れたくなかった。だが、網膜はそれを拒絶してくれない。

 すれ違いざまに「お疲れ」と投げかけられた。俺の名前を呼ばない、無機質な挨拶だ。
 そこに特別な意味はないはずだ。なのに俺は、名前を呼ばれなかった事実に奇妙な安堵と、それと同量の「空虚」を同時に覚えた。

 その感情に定義を与えることを、俺は即座に禁じた。
 
 夕方、帰り支度をしていると教室の窓から校庭が見えた。天文部の部室に向かう柚木の後ろ姿が、遠くに見えた。見えた。それだけだ。俺は鞄を持って立ち上がった。
 
 責めない。縋らない。ただ、以前と同じ温度でそこに在る。
 
 その「いつも通り」が、俺の設計した防壁を透過して静かに触れてくる。壁を壊すのではなく、壁が最初から存在しないかのように振る舞いながら。

 花の青が、明らかに深くなっていた。確認しまいと視線を逸らすたび、周辺視野が逆にその輪郭を鋭く捉えてしまう。
 捉えてしまった映像は、網膜の裏に焼きついて残った。
 
 距離を置いているのに、枯れない。
 
 思考が一瞬だけ停止した。
 次の瞬間、結論が浮かぶ。

 俺の論理の基礎工事に、致命的な誤算が生じていた。


 ※


 六日目の夜、俺は改めて資料を精査した。
 
 医学論文データベースを検索しても、花咲病を扱った査読済み論文は国内外合わせて十二件。その大半が仮説の提示に留まり、有意なサンプル数を持つ研究は皆無に等しい。
 頼れる情報の大半は、匿名の掲示板や個人ブログに散らばる「観測記録」の断片のみ。

 三週間で枯れたという症例もあれば、呼吸困難で緊急搬送されたという不穏な記録もある。情報は断片的で、矛盾に満ち、信頼係数は絶望的に低い。
 それでも、複数の記録に共通する一文が、俺の視線を止めた。
 
『発症者の「無関心」が真に成立するためには、対象への認識そのものが消失している必要がある。意図的な回避は、認識の継続を前提とするため、無関心の条件を満たさない場合がある』
 
 静かに画面を閉じた。

 意図的な回避は、無関心ではない。
 俺は柚木を意識し続けるために、あえて距離を取っている。それは、柚木という存在に思考の特等席を与え続けていることと同義だ。
 花が枯れないのは、むしろ論理的な帰結だった。

 俺は机に肘をつき、額を掌に押し付ける。窓の外は、凍りついたように静かだった。
 今夜も母の気配はない。この家の沈黙は、常に俺一人分だ。
 
 では、どうすれば「無関心」になれるのか。
 
 その問いを立てた瞬間に、俺はその問い自体が「答え」を内包していることに気づく。
 無関心になろうと足掻いている時点で、俺は絶望的なまでに対象に執着しているのだ。

 その事実から、もう逃げ場はなかった。

 ※


 七日目の朝。
 
 下駄箱で靴を履き替えていると、背後に確かな気配がした。振り向かなくても、それが誰であるかは明白だった。
 
「おはようございます、閃亜くん」
 
 柚木の声。いつもと同じ温度で、同じ距離から。
 俺は靴紐を結び直しながら、最小限の応答を返す。

 「ああ」
 
 柚木は特に何も言わず、隣で自分の靴に手を伸ばした。二人分の靴音が、無機質な廊下に響き渡る。同じ方向に、同じ速度で。
 
 俺はわずかに歩調を速めた。
 すると、柚木も流れるような動作で歩調を合わせてくる。
 
 無意識だろう。悪意など微塵もない。ただ隣を歩く者に歩幅を合わせる、柚木の善良な癖。俺はそれを知っている。知っていながら、速めた。知っているからこそ、逃げたかった。
 

 鎖骨の上の青が、今朝は鮮烈なまでに目に刺さる。
 
 距離を置くというこの行為が、何を守ろうとしているのか。あるいは、何を証明してしまっているのか。
 俺にはもう、判断を下すための言葉が、もう残っていなかった。