授業が終わると朔はすぐに立ち上がる。
「じゃ」
短くそう言って、先に教室を出る背中を、
つい目で追ってしまう自分に気づいて、慌てて視線を落とす。
「……紬」
聞きなれた呼び掛けに振り返れば、
少し斜め後ろ――
三列目の中央あたりに座っている玲央が、椅子に片肘をついたままこっちを見ていた。
「席、前より離れちゃったなぁー」
残念そうに唇を尖らせる玲央。
「そうだね…」
席替えする前は、俺の前の席に玲央。
俺たちは前後だった。
玲央は立ち上がって、俺の机の横まで来る。
前後だった以前と違って、今は少し距離がある。
そのせいか声も自然と抑えめになる。
「紬最近よく朔と話してるよな。この前もなんか話してなかった?」
普段、自分以外とはほとんど話す事が無い俺に驚いたんだろう。
心臓が、どくんと不自然に鳴った。
「あ、うん、……ちょっと」
「へえ〜」
俺の曖昧な返事にさらに疑問を抱いている様子。
「けど紬さ!今日は授業中、前よりちゃんと黒板見れてたよな!」
俺の肩をぽんっと軽く叩いた。
思わず視線が黒板に向く。
隣にいる朔や猫の事を考えていた……
なんて言えるはず、ない。
「……気のせい、だと思う。」
「ふーん」
それ以上聞いてくる事はなく、少し気まずそうに笑った。
「今日一緒帰る?」
話題を変えてくれたことに安堵したのもつかの間、
”一緒に帰る?"の問いかけに浮かんでくるのは、
猫。
ノート。
いつもの場所。
「あー……ごめん。俺ちょっと寄るとこあるんだ」
「バイト前に?」
「うん」
玲央は少しだけ目を細めたけれど、それ以上は聞いてこなかった。
「そっか。じゃ、また明日な」
軽く手を上げて、自分の席に戻っていった。
その背中を見送りながら、
寂しさとも申し訳なさとも少し違うような、なんだか不思議な気持ちになった。
視線を横に向けと、さっきまで隣にいた朔の席。
猫のノートの相手と、
隣の席の朔。
関係なんて、あるはずない。
なのに。
ページをめくる時の鼓動と、
朔に名前を呼ばれた時の鼓動が、
なぜか同じ速さで鳴っている。
