満員電車の窓に少し落ち着かない自分の顔が写っている。
目が覚めた瞬間に思い出した、
猫の情報共有ノート。
返事があるかもしれないし、ないかもしれない。
もし何も書かれていなかったら、
今日でやめよう。
——共有できたら嬉しいです。
何度も頭の中で再生される。
授業中も黒板より先に浮かぶのは、ノートの事。
先生の声は遠くて、教科書のページだけが進んでいった。
チャイムと同時に立ち上がり、早足で駐車場へ向かう。
植え込みが見えてくると、
黒白の姿が先に目に入り、呼吸が少し戻った。
ノート。
……ページが、めくられている。
手を伸ばす指先を少し震わせながらページを開くと、昨日の自分の文字の下に、見覚えのない文字があった。
《◯月◯日 16:40
完食。食欲旺盛。
目やには確認できず。
今日は自分が先でした。》
それだけ……??
余計な言葉のない、あまりにもさっぱりとした返事に一瞬、拍子抜けした。
でも。
《今日は自分が先でした。》
その一文が妙に引っかかった。
素っ気ないのに冷たくはない。
字は少し大きめで、
勢いがあって迷いがない。
”——逃げてるだけだと思いますけどね”
教室で聞いた声がふいに重なった。
黒白が、こちらを見る。
逃げない。
たったそれだけなのに、
胸の奥がじんわり熱くなる。
顔も、声も知らない誰かが
同じ時間にここへ来て、同じ猫を見ている。
世界が、
ほんの少しだけ広がった気がした。
今日は俺も、少しだけ逃げなかった。
