”付き合う”
その意味がずっと分からなかった。
人と目すら合わせることが出来なかった俺が、
こんなふうに誰かを想うなんてことないと思ってた。
ーーでも。
今は違う。
当たり前に一緒にいる時間、
特別なことなんてなくても、
ただ、隣にいるだけで、
それだけで全て満たされていく。
そんな気持ちを知ったのは、
紛れもなく、
ーー朔に出会えたから。
「クラス替え、どうなるかなー」
教室のあちこちから聞こえてくるその言葉は、日を増す事に増えていった。
聞こえてくるたびに、
胸の奥のざわつきも増していく。
……もし。
朔と離れてしまったら。
その考えが、頭をよぎる度、
振り払うようにペンを走らせる。
「紬」
名前を呼ばれて、びくっと肩が震える。
振り向くと、
朔がじっとこちらを見ている。
「…また、なんか考えてんの?」
「べっ…別になんでもないよ」
「顔に、出てる」
「ほんとになんでもないからっ」
そう言って視線を逸らす。
「クラス替えのこと?」
朔はさらっと言って首を傾げる。
「………」
朔の問いかけに、
俯くことしか出来なかった。
「…考えすぎるな?クラス離れても、俺、紬から離れるつもりないよ?」
「……でも…」
そばにいたい。
俺は朔の恋人で、朔は…俺の恋人。
通じ会えたあの日から、
毎日がとても幸せで、
欲張りになっていく自分がいた。
授業中は振り返って笑いあって、
お昼は一緒に屋上で食べて、
放課後は、二人でハルに会いに行く。
当たり前の日々が続いていた。
だからこそ、
ーークラス替えが怖くてたまらなかった。
その日の体育は、体育館。
クラスでチーム分けをして、
バスケの試合をしていた。
歓声とボールの音が響く中、
ふと、視線を感じた。
コートの外で、
壁際に寄りかかっている朔と目が合った。
ジャージ姿で微笑む朔が眩しすぎて、
視線を逸らそうとした瞬間。
朔が手招きをする。
「……え?」
周りを気にしながら、
そっとコートを抜けた。
朔の目の前まで辿り着いたと同時に、
そのまま腕を引かれる。
引かれるがままについて行くと、
人気のない倉庫の影に辿り着いた。
「朔…?」
そう言って近づいた瞬間。
ぐっと、腕を引かれた。
「……っ!?」
そのまま、背中に回る朔。
ーー後ろから抱きしめられている。
「さ、朔……っ?」
あまりに突然で、驚きを隠しきれない。
心臓が不自然に速くなった。
そして、耳元に低い声が落ちた。
「……声、出すなよ」
びくっと体が震えて、
顔が熱くなっていくのがわかる。
すぐ後ろに感じる体温と、
腰に回された腕。
逃げたいけど、
ーー逃げたくない。
「なっ…なんで、俺を呼んだの?」
なんとか声を押し出した。
「紬が、寂しいって言ってるように見えたから」
「……え」
「今日、ずっとこうしたかった」
どくん。
低く囁く朔の言葉が、
心臓の音と一緒に、そのまま体の奥に落ちてくる。
「…また、離れたらとか考えてたろ?」
「……っ…」
図星を突かれて、言葉が出なかった。
何も言えないまま、息を飲んだ。
「バレバレだな」
そう言って、
俺をぎゅっと抱きしめ直した。
ーーさっきよりも強い力で。
「…そんな顔、すんなって」
その声は、
思っていたよりもずっと優しかった。
耳元に、また息がかかる。
耳に朔の唇がそっと触れた時、
全身の力が抜けそうになった。
「……朔っ、俺、無理…」
思わずこぼれた声に、
朔の動きが止まった。
そしてーー
「……だから、言っただろ?」
「声、出すなって」
少し掠れた声でそう言うと、
朔はそのまま、
俺の体をゆっくり反転させた。
至近距離で目が合う。
あまりの緊張に、
目を逸らしそうになる。
そんな俺の顎に手をかけて、
少し笑った。
「…ほんと、その顔ずるいわ…」
そう言って、
ーー唇が一瞬だけ、重なった。
「…今日は、ここまで」
朔はそう言って微笑むと、
俺の腰に回していた腕の力をすっと緩めた。
「これ以上は俺が無理だから、続きはまた今度な」
そう言って俺の頭を優しく撫でた。
「……ほら、戻るぞ」
そう言って歩き出す朔の背中に、
届かないくらい小さな声で呟いた。
「……朔だって、ずるい…」

