二列目、窓側、君のとなり〜猫とノートと、君の声〜

教室に入った瞬間、
いつもと同じはずの景色が、少しだけ違って見えた。

…いや、違う。

変わったのは、俺なのかもしれない。

昨日までは、
ただ、遠い。

そう思っていたけど…今は違う。

気付けば、何度も振り返りそうになる。

ーーその先に、朔がいるから。

ぐっと堪えて、ノートに目を落とす。

でも…
一度だけ。

そう思って、そっと後ろを振り返る。

すぐに目が合って、一瞬時間が止まる。

朔は、目を細めて小さく微笑んだ。
その顔があまりにも優しくて。

それだけでーー

心臓が一気にうるさくなる。

「……うっ…反則…」

小さく呟いた声は、
誰にも聞こえないくらい小さかった。


授業を終え、
立ち上がろうとした時、
背後から呼び止められた。

「紬」

振り向くと、少しニヤッと笑う玲央。

「…なっ、なんだよ」

「紬こそ、なんだよその顔、授業中もニヤニヤしちゃって〜」

「…っ!…ニヤニヤしてないし」

否定しても、玲央は面白そうに笑うだけだった。

「ま、よかったな」

「……え?」

「ちゃんと向き合えたみたいだし」

玲央の一言に、
胸の奥がじんわり熱くなった。

「…うん…まぁ…」

素直に頷きながら、
昨日の事を思い出して、
顔が少し熱くなった。

そんな俺の様子を見て、
玲央は満足そうに肩を叩いた。

「じゃ、次だな」

「…えっ…次!?」

「黒白だよ、あいつ…朔も黒白に餌あげてくれてたろ」

「だから、これからは2人で会いに来いよ」

玲央の言葉に、
一瞬だけ呼吸を忘れる。

あの駐車場。
あの時間。
ノート。

…そう。

全部、黒白がいたからーーー

「うん!行ってくる」

「おう!黒白もばあちゃんも喜ぶ!」

「玲央…ありがとうな」

「…なんだよっ、いきなり」

少し照れたように笑う玲央に、
背中を押されるようにして、
教室を出た。


廊下には、
もうほとんど人が残っていなくて、
窓から差し込む夕日だけが、
やけにやわらかく見える。

下駄箱に着くと、
見慣れた人影が立っていた。

「…朔?」

「帰るぞ」

……もしかして

「待ってて…くれたの?」

「当たり前だろっ」

その言葉に、
胸の奥がぎゅっとして、
それがなぜか心地よかった。

「……俺、待ってたの嫌だった?」

固まってる俺を見て、
心配そうに首を傾げる朔。

二人きりになると、
一気に距離が近く感じて、
心臓が速くなる。

昨日自ら、
朔にあんなことをしたなんて
信じられないくらいだった。

「…そっそんなわけ…ない」

「じゃあ、一緒に帰る?」

「うん…」

そのまま並んで歩き出した。

隣を歩く靴音が、
昨日までとは全然違っていた。

靴音が並ぶ帰り道。
隣に朔がいる。
まだどこか現実味がなくて、
何気ない沈黙も、妙に意識してしまう。

ふと、指先同士が触れた。

びくっと肩が揺れて、
一気に速くなる鼓動。

触れたまま、離れない指先。

次の瞬間ーー
ぎゅっと。

「さ、朔……?」

心臓の音が邪魔をして、
上手く声が出せなかった。

「……嫌?」

ぶっきらぼうだけど優しくて、
少し不安そうな声。

「…嫌じゃ、ない」

むしろーー
離して欲しくなんてない。

「…なら、よかった」

朔は小さく微笑んで、
きゅっと手を握りなおした。

「離すなよ」

ぽつりと落ちたその一言に、
心臓が跳ねた。

繋がれた朔の手をぎゅっと握り返した。

好きだって言った。
好きだって言われた。

キスも…した。

でも、

「付き合おう」
とは、言われてないし、言っていない。

これって付き合ってるって言うのか?
それともーー
ただ、近くにいるだけ?

でも。

今は、まだこのままで、
どうしようもなく満たされる。

と、同時に、

ーーもっと、触れたい。

そんな感情が、
胸の奥でじわじわと広がっていく。

隣を歩く朔をちらっと見る。

…同じこと、思ってたりするのかな。

そんな事を考えた瞬間、
一気に恥ずかしくなって視線を逸らした。

「…ん?どした?」

「なっなんでも…ない」

朔はそれ以上何も言わずに、
ふっと笑った。

ーーただ手を繋いだまま歩き続けた。