***
制服に袖を通しながら、紬はぼんやりと窓の外を見ていた。
昨日のことが、頭から離れない。
玲央の言葉。
そして――
その向こうに立っていた、朔。
振り返らなかった背中。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「……はぁ」
小さく息を吐いた。
「…ちゃんと、話さないと」
昨日は、何も説明できなかった。
玲央のことも。
あの時のことも。
全部、ちゃんと。
朔に。
重い足取りで学校へ向かった。
教室のドアを開けると、中にはまだ数人しかいなかった。
二列目、窓側、朔の席。
自然と視線を向けてしまう。
……いない。
まだ空っぽのその席に、
胸がざわつく。
ほっとしたような、寂しいような、
そんな自分の気持ちが、よくわからなかった。
机に鞄を置いた時だった。
「紬」
後ろから声がして振り向くと、玲央が立っていた。
昨日よりも少し穏やかな表情にほっとする。
「ちょっといい?」
ただ、黙って頷いた。
人気のない階段の踊り場。
玲央は黙って息を吐いた。
そして、
「……昨日は、ごめん」
静かに呟いた。
「え?」
「いきなりあんなことして」
「紬、困ってたよな」
申し訳なさそうに視線を落とした玲央に、小さく首を振った。
「ううん……」
…違う。
困ったんじゃない。
わかったんだ…。
黒白にご飯をあげてたのは、
ノートの相手は、
…朔じゃなかったって事。
「俺さ」
玲央は続けた。
「昨日も言ったけど、結構前から気付いてた」
「紬が、朔のこと好きだって」
心臓が、小さく鳴った。
「それがなんか悔しくてさ」
「紬の気持ち、気付いてたのに、邪魔するような事して、ごめん」
「…うん」
深々と頭を下げる玲央に、
小さく頷く。
…玲央には、ちゃんと言おう。
「俺、朔が好き、なんだ…」
言った瞬間に、一気に顔が熱くなるのがわかる。
「紬、顔真っ赤」
そう言って笑った。
でも、
その笑顔は少し寂しそうに見えた。
「…ごめん」
「謝んな」
「俺が勝手に心配して、空回りしてただけ」
玲央は肩をすくめて、困ったように笑った。
「あとさ」
「これからも、友達でいてくれる?」
「もちろん」
その問いかけに、俺は迷わず頷いた。
玲央は安心したように笑って、ふっと息を吐いた。
「……で、本題」
「あれから、朔と話した?」
…朔。
名前を聞いただけなのに、
胸がぎゅっと痛んだ。
「…話して、ない」
「俺が説明した方がいいか?」
玲央の言葉にすぐに首を振った。
「ううん」
朔には、ちゃんと自分で伝えたい。
「そっか」
そう言って玲央は優しく微笑んだ。
***
教室に戻ると、すぐに朔の姿を探した。
二列目、窓側、隣の席。
……いた。
机に肘をついて、窓の外を眺めている。
朔に近づくにつれて心臓が速くなっていくのがわかる。
自分の席に座るよりも前に、
声をかけていた。
「朔!」
朔がゆっくりと顔を向けた。
でも。
その表情を見て、言葉を失った。
今までとは違う、冷たい目。
「……何」
その視線に、胸がぎゅっと痛んだ。
「き、昨日のことなんだけど…」
言いかけた瞬間に、朔は視線を逸らした。
「いい」
……え?
「さ、朔?」
「説明、しなくていい」
「で、でも…」
「見たから」
淡々とそう言われ再び言葉を失った。
「玲央と抱き合ってた」
「ち、違っ、あれは」
言いかけた瞬間、
冷めた目のまま朔は笑った。
「俺、玲央と橘の」
「え?」
「邪魔してたんだな」
「ち、違う!」
思わず声が大きくなった。
「もう…いいって別に」
そう言って椅子から立ち上がった。
「あっ、朔!」
呼び止めても、
朔は振り向かなかった。
ーーそれから数日経っても、
朔との距離は変わらなかった。
同じ教室、隣の席。
近くにいるのに、
朔がすごく遠くにいるような気がして、
声をかけることも出来なかった。
でも。
頭の中にはいつも朔がいた。
***
放課後、いつもの場所。
背中を撫でると目を細めて喉を鳴らす。
「黒白」
普段と変わらないはずなのに。
ノートも、あの日から止まってしまった。
《気持ちが、知りたい》
朔は、俺をどう思っているんだろう。
ーーいつも浮かんでくる。
初めて会った時。
隣で黒板を見ている横顔。
腕の中の温度。
看病してくれた事。
繋がれた右手。
頭をぽんっとされた瞬間。
「…どうしたらいいんだろ」
ぽたり、とノートの上に涙が落ちた。
黒白は何も言わない。
ただ、足元に体を擦り寄せて、小さく喉を鳴らしていた。
制服に袖を通しながら、紬はぼんやりと窓の外を見ていた。
昨日のことが、頭から離れない。
玲央の言葉。
そして――
その向こうに立っていた、朔。
振り返らなかった背中。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「……はぁ」
小さく息を吐いた。
「…ちゃんと、話さないと」
昨日は、何も説明できなかった。
玲央のことも。
あの時のことも。
全部、ちゃんと。
朔に。
重い足取りで学校へ向かった。
教室のドアを開けると、中にはまだ数人しかいなかった。
二列目、窓側、朔の席。
自然と視線を向けてしまう。
……いない。
まだ空っぽのその席に、
胸がざわつく。
ほっとしたような、寂しいような、
そんな自分の気持ちが、よくわからなかった。
机に鞄を置いた時だった。
「紬」
後ろから声がして振り向くと、玲央が立っていた。
昨日よりも少し穏やかな表情にほっとする。
「ちょっといい?」
ただ、黙って頷いた。
人気のない階段の踊り場。
玲央は黙って息を吐いた。
そして、
「……昨日は、ごめん」
静かに呟いた。
「え?」
「いきなりあんなことして」
「紬、困ってたよな」
申し訳なさそうに視線を落とした玲央に、小さく首を振った。
「ううん……」
…違う。
困ったんじゃない。
わかったんだ…。
黒白にご飯をあげてたのは、
ノートの相手は、
…朔じゃなかったって事。
「俺さ」
玲央は続けた。
「昨日も言ったけど、結構前から気付いてた」
「紬が、朔のこと好きだって」
心臓が、小さく鳴った。
「それがなんか悔しくてさ」
「紬の気持ち、気付いてたのに、邪魔するような事して、ごめん」
「…うん」
深々と頭を下げる玲央に、
小さく頷く。
…玲央には、ちゃんと言おう。
「俺、朔が好き、なんだ…」
言った瞬間に、一気に顔が熱くなるのがわかる。
「紬、顔真っ赤」
そう言って笑った。
でも、
その笑顔は少し寂しそうに見えた。
「…ごめん」
「謝んな」
「俺が勝手に心配して、空回りしてただけ」
玲央は肩をすくめて、困ったように笑った。
「あとさ」
「これからも、友達でいてくれる?」
「もちろん」
その問いかけに、俺は迷わず頷いた。
玲央は安心したように笑って、ふっと息を吐いた。
「……で、本題」
「あれから、朔と話した?」
…朔。
名前を聞いただけなのに、
胸がぎゅっと痛んだ。
「…話して、ない」
「俺が説明した方がいいか?」
玲央の言葉にすぐに首を振った。
「ううん」
朔には、ちゃんと自分で伝えたい。
「そっか」
そう言って玲央は優しく微笑んだ。
***
教室に戻ると、すぐに朔の姿を探した。
二列目、窓側、隣の席。
……いた。
机に肘をついて、窓の外を眺めている。
朔に近づくにつれて心臓が速くなっていくのがわかる。
自分の席に座るよりも前に、
声をかけていた。
「朔!」
朔がゆっくりと顔を向けた。
でも。
その表情を見て、言葉を失った。
今までとは違う、冷たい目。
「……何」
その視線に、胸がぎゅっと痛んだ。
「き、昨日のことなんだけど…」
言いかけた瞬間に、朔は視線を逸らした。
「いい」
……え?
「さ、朔?」
「説明、しなくていい」
「で、でも…」
「見たから」
淡々とそう言われ再び言葉を失った。
「玲央と抱き合ってた」
「ち、違っ、あれは」
言いかけた瞬間、
冷めた目のまま朔は笑った。
「俺、玲央と橘の」
「え?」
「邪魔してたんだな」
「ち、違う!」
思わず声が大きくなった。
「もう…いいって別に」
そう言って椅子から立ち上がった。
「あっ、朔!」
呼び止めても、
朔は振り向かなかった。
ーーそれから数日経っても、
朔との距離は変わらなかった。
同じ教室、隣の席。
近くにいるのに、
朔がすごく遠くにいるような気がして、
声をかけることも出来なかった。
でも。
頭の中にはいつも朔がいた。
***
放課後、いつもの場所。
背中を撫でると目を細めて喉を鳴らす。
「黒白」
普段と変わらないはずなのに。
ノートも、あの日から止まってしまった。
《気持ちが、知りたい》
朔は、俺をどう思っているんだろう。
ーーいつも浮かんでくる。
初めて会った時。
隣で黒板を見ている横顔。
腕の中の温度。
看病してくれた事。
繋がれた右手。
頭をぽんっとされた瞬間。
「…どうしたらいいんだろ」
ぽたり、とノートの上に涙が落ちた。
黒白は何も言わない。
ただ、足元に体を擦り寄せて、小さく喉を鳴らしていた。


