二列目、窓側、君のとなり〜猫とノートと、君の声〜

***

制服に袖を通しながら、紬はぼんやりと窓の外を見ていた。

昨日のことが、頭から離れない。

玲央の言葉。
そして――
その向こうに立っていた、朔。

振り返らなかった背中。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

「……はぁ」

小さく息を吐いた。

「…ちゃんと、話さないと」

昨日は、何も説明できなかった。

玲央のことも。
あの時のことも。
全部、ちゃんと。
朔に。

重い足取りで学校へ向かった。

教室のドアを開けると、中にはまだ数人しかいなかった。

二列目、窓側、朔の席。
自然と視線を向けてしまう。

……いない。

まだ空っぽのその席に、
胸がざわつく。
ほっとしたような、寂しいような、
そんな自分の気持ちが、よくわからなかった。

机に鞄を置いた時だった。

「紬」

後ろから声がして振り向くと、玲央が立っていた。
昨日よりも少し穏やかな表情にほっとする。

「ちょっといい?」

ただ、黙って頷いた。

人気のない階段の踊り場。

玲央は黙って息を吐いた。

そして、

「……昨日は、ごめん」

静かに呟いた。

「え?」

「いきなりあんなことして」

「紬、困ってたよな」

申し訳なさそうに視線を落とした玲央に、小さく首を振った。

「ううん……」

…違う。

困ったんじゃない。
わかったんだ…。

黒白にご飯をあげてたのは、
ノートの相手は、
…朔じゃなかったって事。

「俺さ」

玲央は続けた。

「昨日も言ったけど、結構前から気付いてた」

「紬が、朔のこと好きだって」

心臓が、小さく鳴った。

「それがなんか悔しくてさ」

「紬の気持ち、気付いてたのに、邪魔するような事して、ごめん」

「…うん」

深々と頭を下げる玲央に、
小さく頷く。

…玲央には、ちゃんと言おう。

「俺、朔が好き、なんだ…」

言った瞬間に、一気に顔が熱くなるのがわかる。

「紬、顔真っ赤」

そう言って笑った。
でも、
その笑顔は少し寂しそうに見えた。

「…ごめん」

「謝んな」

「俺が勝手に心配して、空回りしてただけ」

玲央は肩をすくめて、困ったように笑った。

「あとさ」

「これからも、友達でいてくれる?」

「もちろん」

その問いかけに、俺は迷わず頷いた。

玲央は安心したように笑って、ふっと息を吐いた。

「……で、本題」

「あれから、朔と話した?」

…朔。
名前を聞いただけなのに、
胸がぎゅっと痛んだ。

「…話して、ない」

「俺が説明した方がいいか?」

玲央の言葉にすぐに首を振った。

「ううん」

朔には、ちゃんと自分で伝えたい。

「そっか」

そう言って玲央は優しく微笑んだ。


***

教室に戻ると、すぐに朔の姿を探した。

二列目、窓側、隣の席。

……いた。

机に肘をついて、窓の外を眺めている。
朔に近づくにつれて心臓が速くなっていくのがわかる。

自分の席に座るよりも前に、
声をかけていた。

「朔!」

朔がゆっくりと顔を向けた。

でも。
その表情を見て、言葉を失った。
今までとは違う、冷たい目。

「……何」

その視線に、胸がぎゅっと痛んだ。

「き、昨日のことなんだけど…」

言いかけた瞬間に、朔は視線を逸らした。

「いい」

……え?

「さ、朔?」

「説明、しなくていい」

「で、でも…」

「見たから」

淡々とそう言われ再び言葉を失った。

「玲央と抱き合ってた」

「ち、違っ、あれは」

言いかけた瞬間、
冷めた目のまま朔は笑った。

「俺、玲央と橘の」

「え?」

「邪魔してたんだな」

「ち、違う!」

思わず声が大きくなった。

「もう…いいって別に」

そう言って椅子から立ち上がった。

「あっ、朔!」

呼び止めても、
朔は振り向かなかった。

ーーそれから数日経っても、
朔との距離は変わらなかった。

同じ教室、隣の席。

近くにいるのに、
朔がすごく遠くにいるような気がして、
声をかけることも出来なかった。

でも。
頭の中にはいつも朔がいた。

***

放課後、いつもの場所。

背中を撫でると目を細めて喉を鳴らす。

「黒白」

普段と変わらないはずなのに。
ノートも、あの日から止まってしまった。

《気持ちが、知りたい》

朔は、俺をどう思っているんだろう。

ーーいつも浮かんでくる。

初めて会った時。
隣で黒板を見ている横顔。
腕の中の温度。
看病してくれた事。
繋がれた右手。
頭をぽんっとされた瞬間。

「…どうしたらいいんだろ」

ぽたり、とノートの上に涙が落ちた。

黒白は何も言わない。

ただ、足元に体を擦り寄せて、小さく喉を鳴らしていた。