二列目、窓側、君のとなり〜猫とノートと、君の声〜


授業を終えて、
チャイムと同時に立ち上がると、
気付いた時にはもう走り出していた。

駐車場の端、
ひび割れたアスファルト。

植え込みの横。

「黒白」

植え込みの奥から黒と白の影が現れる。
短く鳴いて近付いてきた。

「昨日は、来られなくてごめんね」

頭を撫でると、黒白は目を細めた。

柔らかい毛の感触と、いつもの猫缶を美味しそうに食べている黒白を見て、
胸の奥が温まった。

そしてふっと息を吐く。

植え込みの端に置かれたノートを手に取った。

ページをめくると、
そこにあるのは自分の文字。

《じゃあ、離れた方がいい?》


本当は、
離れたいなんて思っていない。
どうしたらいいかわからず、
聞いてみたくなって書いた文字。

読み返して胸が痛んだ。

震える指先で、
おそるおそるページをめくる。

《それは自分で決めること》

どくん。
胸が大きく鳴った。

そして。もう1行。

《ま、逃げてもまた捕まえる》

……なに、それ。

頭の中に浮かぶのは、
やっぱり、
ーーー朔。

考えすぎなのかもしれない。

でも。

このノートは、朔なのかもしれない。
……だったら。

《逃げたいわけじゃない》

ただ。朔の。

《気持ちが、知りたい》

抱きしめられた腕の中。
繋がれた右手。

朔は俺の事、
どう思っているんだろう。

書き終えたノートを、そっと閉じた。


「……紬」

立ち上がろうとしたら突然、
背後から声がした。

振り返ると、
立っていたのは真剣な目をした玲央だった。

「玲央?」

玲央は驚いてる俺を見つめたまま、
しばらく何も言わなかった。

…そして。

「紬、朔のこと、好きだろ」

「……え」

怜央の言葉があまりに突然で、言葉が出ない。

「最近、わかりやすすぎ」

あまりに真っ直ぐな視線から、逃げる事ができない。

「俺さ」

玲央の声が少し低くなる。

「結構前から、知ってた」

その瞬間。

手首を掴まれて、引き寄せられる。

「えっ玲央…?」

「でも、もうわかんねぇや」

玲央の声は震えていた。

「この猫にずっと餌あげてたの俺なのに」

ぎゅっと腕を引かれて、
そのまま玲央の腕の中に閉じ込められた。

……え?

今…何て…言った?

”ずっと餌あげてたの俺なのに”

頭の中で繰り返される。

…ノートの相手も、玲央?
…朔だと思い込んでいただけ?

玲央の腕の中から、逃げる事すら忘れていた。

頭に浮かんでくるのは。

声。
腕の中。
繋がれた手の温もり。

全部、朔だった。

俺の勘違いだった。

ノートの言葉と朔を勝手に重ねていただけだった。

…気付いたら、涙が溢れて止まらなくなっていた。

「あ、ごめん」

驚いた玲央が慌てて腕の力を緩めて、
溢れてくる俺の涙を拭った。

…違う。

「ち…がう」

玲央ごめん。

俺が好きなのは。
会いたいのは。


「朔…?」

突然、驚いたように呟く玲央。
玲央の視線の先には、
こちらを見つめる朔がいた。

涙で朔の表情はよく見えない。

「ごめん、俺、偶然」

それだけ言うと、
朔の背中がどんどん小さくなって行く。

「さ、朔っ!!」

呼び止めても、
朔は振り返らなかった。

遠ざかる背中が、
夕暮れの駐車場の向こうに見えなくなった。