二列目、窓側、君のとなり〜猫とノートと、君の声〜

朝。

目を覚ました時も、体が重かった。

喉が少し痛くて、頭もぼんやりしている。

布団の中で小さく息を吐く。
ふと、思い出した。


倒れた時に聞こえてきた声。
抱きしめられた時の朔の腕の中。
重なった鼓動。

”多分、好きなんだと思う”

胸がぎゅっと苦しくなった。

考えるだけで顔が熱くなる。

……ダメだ。
今日は学校を休もう。

布団の中に顔を埋めて、もう一度目を閉じた。

でも。

頭の中はずっと朔の事でいっぱいだった。


ーー


ーピンポーン

インターホンの音で目を覚ます。

慌てて時計を確認すると、昼過ぎ。

母は仕事で夜まで帰らないはずだ。

……誰だろう。

重い体を起こして、玄関まで向かった。

ドアを開けた瞬間、
心臓が止まりそうになった。

「……え?」

そこに立っていたのは、
制服のままの朔だった。

「よ」

いつもと同じ声。

紬は言葉を失った。

「……え、なんで」

「玲央に住所聞いた」

さらっと言われても、頭が追いつかない。

「橘、今日来なかったから」

そう言って顔をじっと見つめながら近付いてくる。

「……顔赤い」

「ちょ、ちょっと待って…」

反射的に後ろへ下がった時、朔の手が額に触れた。

「熱あるじゃん、風邪だろ」

「だ、大丈夫…」

言い終わる前に、
朔は小さくため息をついた。

「全然大丈夫そうに見えない」

「上がるぞ」

言い終わる前に靴を脱いで、
普通に家に上がってくる。

「ちょ、朔!?」

「いいから寝てろ」

短くそう言われ、逆らえなくてベッドに戻ると、朔は部屋を見回した。

「水ある?」

「え?」

「薬とか」

「ちょっと、キッチンかりるぞ」

大人しくベッドで待っていると、しばらくしてキッチンから、湯気の立つお椀を持った朔が帰ってきた。

「ほら」

「……え」

「おかゆ、インスタントだけど」

そう言ってベッドの横に腰掛けた朔との距離が教室の席よりも近くて、鼓動が早くなった。

「食える?」

「……うん」

起き上がろうとした瞬間、
ふらっと体が揺れた。

「おい」

支えてくれた朔の顔が近くて、思わず息を止めた。

「無理して起きなくていい」

「ほら」

俺の動揺に気付きもしない様子で、
お粥をすくったスプーンを口元に差し出される。

「……自分で食べれる」

「今ふらついたばかりだろ」

再び口元に差し出されるスプーン。
観念して口を開けるしかなかった。

熱のせいで、
正直、味なんてわからない。

でも。

朔が看病してくれた事が嬉しくて、一瞬で完食した。

「腹、減ってたんだな」

「よかった」

そう言って笑う朔の瞳は、いつも以上に暖かかった。


ーーどれくらい時間が経っただろう。

おかゆを食べてから、薬を飲んでいつの間にか眠っていた。

さっきより少しだけ体が楽になった気がする。

「あ、起きたか?ごめん、俺もウトウトしちゃってた」

ベッドの横であくびをしながら目を擦る朔。

…あ…れ?

右手。

右手だけに温もりを感じた。
ふと見ると、朔の左手と繋がれている。

……いつから?

もしかしてずっと?

顔が一気に熱くなるのがわかった。

「……なんで」

気付いたら小さく呟いていた。

「ん?」

少し寝ぼけた様子の朔が顔を向ける。

「なんで、今日…来てくれたの」

少しの沈黙の後、朔は照れたように視線を逸らした。

「……隣が静かだったから」

胸が、どくんと鳴る。

「心配くらいするだろ」

その言葉だけで、

ーー胸がいっぱいになった。


「じゃあ俺そろそろ帰るわ」

薄暗くなった窓の外を見て、朔が立ち上がろうとした瞬間、
胸の奥がきゅっと締め付けられた。

熱のせいなのかな、
…どうしてこんなに寂しいんだろう。

寂しさを紛らわすように、布団をぎゅっと握った。

ドアの方へ歩く朔の背中と、
繋がれていた右手の温もりが、
少しずつ遠くなる。


…行かないで。


気付いた時には、
手が勝手に朔の制服の袖を掴んでいた。

「……橘?」

自分でも何をしているのかわからなかった。

ただ。

離したくなかった。

朔は少し驚いた顔で数秒の沈黙の後、
小さく微笑んだ。


「ん?どうした?」

その声は、いつもより優しかった。

「……ゆっくり休めよ」

そう言って、ぽんっと頭に手を置く。

その温もりがあまりにも優しくて、
それだけで胸がいっぱいで、心臓が速くなった。

熱のせいなのか、
もう自分でもわからなかった。


「じゃあな」

今度こそ玄関へ向かう朔の背中を、
紬は布団の中から見つめていた。

ドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。

部屋が急に静かになって、そっと目を閉じた。


熱は下がったのに、

繋がれていた右手、
頭に触れた温もりが、
微かに残ったまま消えてくれない。

「もう…こんなに好きなんだ、俺」