二列目、窓側、君のとなり〜猫とノートと、君の声〜

朝、教室に来た瞬間からずっと、胸が苦しい。

鼓動が速いせいか、
火照りっぱなしの顔のせいか、
熱があるみたいにぼーっとしている。

昨日の出来事が、頭から離れない。

腕の感触。
耳元で聞こえた声。
近すぎる距離。


《多分、好きなんだと思う》

気付いてしまったから。


ーーそしてまさに今。

視線の先に、隣の席に、朔がいる。

自分の気持ちに気付いてしまって、
それからあんな事があって、
意識せずにいられるはずがない。


朔は、特別な事なんて何も無かったみたいに、先生の声に耳を傾け、教科書を開いている。


朔を意識しすぎないようにノートを広げるけれど、気配が近すぎて落ち着かない。


「橘」

そんな紬の心中をよそに、突然名前を呼ばれた。

びくっと肩が跳ねて、顔の熱が一気に増していくのがわかった。


「……な、何?」


「消しゴム」

そう言って机の下を指さした。

「落ちてる」

慌てて足元を見た。
いつの間に落としてたんだろう。

「……あ、ありがとう」


そう言って拾い上げた指先が少し震えた。

どうしてこんなに緊張するんだ…。


そわそわしている紬の顔を覗き込んできて、朔は小さく眉を上げた。


「顔赤いけど、風邪か?」

その一言で、よけいに動揺して、
心臓が爆発しそうになる。


「えっ!?ち、違う…!」


慌てて顔を伏せた。


朔はなんでそんな普通に話せるんだ。

昨日の事、もう忘れたのか…?


胸の奥で、ぐるぐると色んな気持ちが回る。

「なら良いけど、無理はすんなよ」

心配そうにそう言って、また教科書に視線を落とす朔。

……ずるい。

紬はこっそり息を吐いた。



ーーキーンコーン…

チャイムとほぼ同時に立ち上がる。

一日が、うんと長く感じた。

放課後まで乗り切った事に安堵したのもつかの間、いつも通り黒白に挨拶をしてバイト先に向かっていた。



朔の腕の中。
耳元で聞こえた声。
重なった鼓動。

思い出すたび、より鮮明になっていく。


昨夜はほとんど眠れていないせいか、
朝よりも体が重くなってきた気がする。



「……はぁ」


今日は、エントランス前の通り沿いで、チラシ配りの担当だった。

着ぐるみの中は、想像以上に暑く、
視界は狭いし、空気はこもっている。


…やっぱりおかしい。

頭がぼんやりして来て、
足元がふらつく。

少し休もうか。

そう思った時にはもう遅かった。

あれ……?

視界が揺れて、体がぐらっと傾いた。

ーーやばい。

そう思った所で、
遠くから、声が聞こえた。

「大丈夫ですか?」

視界がぼやけて朦朧とする意識の中で、
その声が、やけに鮮明に響く。

……今の。

朔の…声?ーーー

そこで意識が途切れた。


ふわりと体が軽くなった。

誰かに、抱えられている…?


安心する温もり。

優しい腕の感触。

……この感じ、覚えている。

昨日、抱きしめられた時と同じだ。

夢にまで出てくるなんて…。

意識の底で、名前が浮かぶ。


ーー朔。