二列目、窓側、君のとなり〜猫とノートと、君の声〜

***

放課後、駐車場の端。
黒白は今日もそこにいた。

近づいても逃げない。
むしろ、少しだけこちらを見上げている。

「機嫌いいの?」

背中を撫でると小さく目を細める黒白に、ふっと肩の力が抜けた。

ノートを開くと、昨日の、あの言葉。

”《触れたいけど、ダメかな》”

また、心臓が音を立てた。

まるで、その答えを待っているみたいに、黒白が足元にすり寄ってくる。
黒白の背中をもう一度撫でると、体を預けてきた。

「……大丈夫そう」

小さく呟いて、ノートに書いた。

────
《触れても、大丈夫そう》
────

黒白のことを書いた。
ただそれだけなのに、心臓が痛いくらいにドキドキした。

***

次の日、朔に突然話しかけられて、少しだけ驚いた。

「橘」

「……あ」

思わず、視線を逸らした。
昨日の玲央とのやりとりが胸の奥でチクチク残っていたから。
"「気になるっていうか……」”
自分で言ったくせに、ずっと引っかかっていた。

もしかして、俺……
いや、そんなはずない。
そんなことばかり頭の中をぐるぐるして、
朔と目を合わせられなかった。

「最近さ」

そんな俺を見て、朔が低い声で呟く。

「なんか避けてる?」

「え?」

「いや」

上手く言葉が出てこなくて、
胸がぎゅっと締め付けられるように痛かった。

「気のせいならいいけど」

「……だ、大丈夫!」

思わず上ずる声に、朔は疑うような顔で聞き返す。

「ほんと?」

「うん!」

それだけ言って、
そのまま逃げるように歩き出したとき。

ぐいっと手首を掴まれ、背中が壁に触れる。
目の前に朔がいて、逃げ場はない。

「…え」

「……逃げんなよ、橘」

朔の指先の温もりが、手首に伝わってじんわり暖かい。

「俺、なんかした?」

朔の真っ直ぐな視線に、慌てて首を振った。

「違う……」

「じゃあ何」

すぐ目の前に朔。
こんなに近くで朔の顔を見るのは初めてで、顔が熱くなっていく。

「あ……」

「びっくりさせたよな」

「ごめん」

朔は小さく息を吐いて、少し困ったように笑って続けた。

「でもさ、逃げられるの、普通に傷つく」

そう呟いた時の視線は、さっきよりも少しだけ柔らかくなった気がした。

「だから、何かあったら言え」

「……うん」

小さく頷いた俺に、朔は少しだけ目を細めて微笑んだ。

「よかった」

そう言って一歩離れた瞬間、いつもの空気が少しずつ戻ってきた。

でも心臓だけは、まだ全然落ち着かないままだった。