想い出非忘却薬

 放課後、高校の友人二人とカフェ巡りをした。
 夕焼けが見える中、楽しそうな笑い声を響かせて帰路に着く。

「あー、めっちゃ楽しかった〜!」
「分かる、一生遊べるわ」
「ね! 超楽しかった」
「お、そんなに言うなら『想い出非忘却薬』飲んじゃう?」
「それは重すぎるって! あははっ、でもそれくらい楽しかったわ」

 友人二人が楽しそうに話しているのを、一歩だけ遅れた場所からつい見守ってしまう。そんな私に気づいて二人が振り返ってくれる。

万希(まき)?」
「あ、ごめん!」

 すぐに二人に追いついて、三人で並んで歩いていく。

「万希も楽しかった?」
「もちろん!」
「でも、なんか心ここに在らずじゃない?」
「あはは……」

 そんな誤魔化し笑いは二人に通じるはずもなく。

「何かあったなら相談乗るよ?」

 楽しかった想い出に引っ張られるように、ずっと心につっかえている過去を口に出してしまいたくなる。二人の顔を見れば、表情には優しさと心配しかなくて、私はつい「聞いてくれる……?」と言ってしまった。

「もちろん! どこで話す?」
「私の家でも良い?」
「うん、じゃあ万希の家で二次会だー!」

 明るくそう言い、方向転換して私の家に向かってくれる友人を持てたことに、私は嬉しくなってしまう。ずっと蓋をしていた過去の……想い出の蓋を、今日開こうと思う。
 家に着いて、私の部屋の机をみんなで囲う。早速、私は口を開いた。少しだけ緊張で震える手を見て見ぬふりをして。

「私ね。小学校の頃、『想い出非忘却薬』を飲んだことがあるの」
「え!?」

 友人が驚いた声を上げるのも無理はないと思う。

『想い出非忘却薬』ーーーその名の通り、想い出を忘れなくなる薬。しかし、それは「誰か」との想い出限定。使い方は簡単で、「その誰か」を視界に入れて状態で、相手と同時に薬を服薬する。そうすれば、自分も相手もそれまで共に過ごした時間の記憶を全て忘れなくなる。

 素敵な薬だと思う。歳を取り、忘れっぽくなった夫婦や長年の親友などに人気があるのも事実だし。そして、もちろん解除薬もあるのだ。しかし、それも「相手と一緒に服薬する」必要がある。

「最近は、使う人も減ったじゃない? いくら解除薬があると言っても、一生想い出を忘れないなんてどこか重いし。何より、相手との関係がずっと良好だとも限らないから」

 私の言葉を二人は真剣な表情で、静かに聞いてくれる。

「忘れたくない想い出なら、自分で覚えておけば良い。事細かに相手との出来事を全て忘れないなんて……うん、良いことなんてないの。私が一緒に服薬したのは、小学校の時の親友だった。その子と……優莉(ゆうり)と過ごした時間の記憶は、他愛のない会話も全部覚えている」

 膝の上で自分の手をぎゅっと握りしめながら、巡るのは優莉とのずっと忘れられない想い出。

「楽しい日々を一緒に過ごして、優莉も私もまだ小学生だったから、小学校卒業前につい流行っていた『想い出非忘却薬』を一緒に飲んでしまった。凄いよねぇ、あの薬。優莉との記憶は、どんな些細な出来事でも全部覚えているんだもん」

 まさに私は今、苦笑いをしていると思う。いや、きっと泣きそうになっていると思う。

「それでね、小学校の卒業式の日に大喧嘩したの。それで、それからずっと会えていない。本当に、あの薬って……すごい、んだよ。大喧嘩の記憶もしっかり残って……って、あはは…記憶が残るのは薬を飲むまでだから、大喧嘩は私が覚えているだけ、か……」

 もう私は泣いていた。ポロポロと涙を溢しながら、言葉に詰まりながら、ただ過去の自分を嘲笑している。安易にそんな薬を飲んだ自分を悔やんでいる。
 大喧嘩してもう二度と会えないと思っても、楽しかった記憶も、他愛のない会話すら忘れられないのだ。そして、私はそんな苦しみを「優莉にも残したんだ」。

「苦しいの、忘れたいのに、忘れることも出来ないっ……!!!」

 すると、静かに話を聞いてくれていた二人は顔を見合わせて、そして……頷きあってから、私を見て優しくニコッと笑った。

「ねぇ、万希。きっと『想い出非忘却薬』を飲んでなくても、その子との想い出を忘れてないと思うよ」

 その言葉に私はパッと顔を上げてしまった。

「え……?」
「いや、きっと些細な会話とかは忘れているんだろうけれど、きっと大事なことは何も忘れてないと思うよ。だって、万希は後悔しているもん」

 ああ、そうだ。私はずっと後悔している。
 だから忘れたくて、忘れたくて、堪らなかったのだ。

「私はね、きっとどんな大切な人がいても『想い出非忘却薬』を飲まない。理由は……うーん、単純に怖いからっ!」
「私も飲まないかなぁ。忘れたくなかったら写真とかメモに残すし。それに覚えられる分だけの記憶で十分だし」

 そして、二人は顔を声を揃えて、こう聞くのだ。

「「万希は?」」

 それは今なら飲むか飲まないかという意味だろう。

「飲まない……。もうこんな思いしたくないっ……!」
「じゃあ、解除して来なよ。そしたら、本当に忘れたくない想い出がきっと分かるよ」

 簡単にそう言われても、会う勇気など出るはずがない。それでも、きっと私は背中を押して欲しかったのだ。

「もし解除薬を飲んで、その子が最低なやつだ!と思ったら、もう会わなければ良いじゃない。もし何か傷つくことがあったら、またこうやって話を聞いて慰めてあげる!」
「そんなに優しく背中を押されたら、泣くんだけどっ……!」
「大丈夫、万希はもう既に号泣しているから」

 そのツッコミで三人で顔を見合わせて、思いっきり笑う。
 その勢いのまま、私は消せずにいた優莉の連絡先にメッセージを送った。

「会いたい。それで『想い出非忘却薬』の解除薬も一緒に飲みたい」

 返事はすぐに来た。

「私もずっとそう思っていた」

 解除薬を飲むことが縁の薄さを表すことじゃないと、もう私たち二人は知っている。このメッセージはそういう意味じゃない。前に進むためのメッセージだから。
 
 久しぶりに会った優莉は、昔の面影を残したまま、少し大人びた雰囲気に変わっていた。会ってすぐに私たちは「飲もっか」と言った。

「「いっせーのっで!」」

 ごくん、と薬が喉を通る。

 他愛のない会話は、もう想い出せない。もっと言えば、大喧嘩の理由すらあやふやで。大喧嘩の理由が想い出せないのは、解除薬のせいじゃない。こうやって、優莉の顔を見て安心したからだ。それでも、残った一番強い気持ちは……

「案外、楽しかったね。小学校時代も」

 その言葉で顔を上げた私の目には、昔と同じ笑い方の優莉が映っていた。

「私も同じこと思ってた」

 久しぶりに見た優莉の笑顔は、覚えられるだけ覚えておこう。目の前の景色も、会話も、忘れたくない。でも、きっと記憶は薄れていく。でも、きっとそれも良いんだ。


「ねぇ、また会えたら嬉しいな!」


 だって、忘れる前にまた貴方の笑顔を見れば良いだけだから。


fin