腐男子くんは三人の溺愛から逃げられない~推しカプ観察してたら本人たちにバレました~

「はよっ!」

 網膜を突き刺すような輝きが、稔の朝を直撃した。
 今日は――木津が担当の日だった。
常に晴天を連れて歩いているみたいな男、木津は、人懐っこい笑顔を稔に向けている。
 
 だが、眩しい。眩しすぎる。
 太陽か。
 ――いや、人間だった。

だが間違いなくこの男は、常に太陽バフがかかっているタイプの人間である。
そんな男と今日一日過ごすのだと宣告された瞬間から、稔の精神は、じりじりと焼かれていた。
 今の状態を例えるなら――直射日光にさらされたオタク。
干物にされる一歩手前である。

 登校中。隣を歩く木津は、心底うれしそうだった。
その一方で――周囲の視線は完全に別の意味でざわついている。

「なんであの組み合わせ?」

 そんな声が聞こえてきそうな空気だった。
そして、その反応が稔には地味に刺さる。

(僕だって理解できません!)

 心の中で、半泣きになりながら叫ぶ。
一応、自分の中ではもう結論は出ている。自分は当て馬。メインカップルの恋を盛り上げるための、モブポジション。
――の、はずなのだが。
ちらっと隣を見る。
木津はやっぱり、ものすごく楽しそうに笑っていた。朝から太陽みたいに機嫌がいい。というか、もはや発光している。
そのくせ時折、ふっと稔の方を見て――やわらかく、優しく微笑む。
その笑顔がまた、妙に距離が近い。

(……いや待って。その顔はダメです!誤解するやつです!)

 当て馬だと理解しているはずなのに、そんな表情を向けられると――うっかり勘違いしそうになる。

「今日は俺と昼メシな! 俺、今日頑張って作ってきたぜ」

 登校中、木津が胸を張ってそう宣言した。

(なんだって⁈)

 稔の脳内が一瞬でざわつく。

(木津くん、料理できるのか⁈)

 急な新情報に、オタクの好奇心が爆発する。
腕前はわからない。たとえ中身が冷凍食品オンパレードでもいい。多少ぐちゃぐちゃでもいい。

――木津が作った弁当。その事実だけで、すでに尊い。

(これは資料として価値が高い……!)

 腐男子としての観察欲が、ひっそりと燃え上がる。

 そして昼休み。
木津が誇らしげに差し出してきた弁当を開けた瞬間、稔は――言葉を失った。
弁当箱の中。そこに入っていたのは。
キャベツの千切りだった。
しかも――大量。
白い山。
ひたすらキャベツ。
キャベツ。
キャベツ。

(……キャベツだ)

「無心でキャベツを切りました」

 木津が真顔で言った。
その言葉が、あまりにも真剣すぎて――稔は、ぷっと吹き出した。

「木津くん、ごはんは?」

 思わず聞いてしまう。

「あははっ……!」

 久しぶりだった。こんなふうに声を出して笑ったのは。

肩を震わせて笑う稔を見て――木津の心臓が、きゅんっと甘くよじれた。
胸の奥で、恋心がやわらかく弾ける。

「そんな顔で笑うの、反則だろ」

 木津は顔を赤くしながら、照れくさそうに稔を見た。

「あはははっ。ごめんね、まさかキャベツがこんなにあるなんて思わなくて!」

 稔はまだ笑いをこらえきれないまま、自分の弁当を半分取り分けた。蓋を皿代わりにして、そっと木津へ差し出す。

「さすがに、キャベツだけは……アオムシになっちゃうよ」

 涙目になりながらそう言うと、木津は少し驚いた顔をして――それから、照れくさそうに受け取った。

「もしかして、木津くんベジタリアンだった? それだったらごめん」
「そうじゃねーけど。なんかキャベツ切ってたら楽しくなってさ。しかもほら、めっちゃ細い!」

 木津が自慢げに弁当箱を指さす。
確かにキャベツは驚くほど細く切られていた。スーパーの惣菜についてくる千切りキャベツみたいに、ふわっと軽い。

「本当だ。すごいね」

 稔はまた、くすっと笑った。笑いがまだ止まらない。
そんな様子を見て、木津は満足そうに笑う。
このとき稔は、ふと思った。

(木津くんって、こういうところなんだろうな)

 明るくて、裏表がなくて。ちょっと抜けているところもあって。
だから、みんなに好かれるんだろう。
稔は、木津の少し抜けているところが妙に愛くるしいと思ってしまった。

(あれ?今、僕……。愛くるしいって思った?)

 ……いやいや。当て馬が主人公にときめいてどうする。

稔は自分のポジションを再確認しながら、木津からお返しに盛られたキャベツの千切りを口に運んだ。

ドレッシングも何もないキャベツは、ただただ素材の味だった。
……なのに、妙に甘かった。

ちらっと隣を見ると、木津が満足そうに笑っている。

意外と普通に話せる木津の存在に、稔は少しむずがゆい気持ちになる。
普通の友達になれそうな、そんな空気だった。

――いや。

でも。

ドレッシングは欲しい。

……とは、ちょっと言えなかった。