腐男子くんは三人の溺愛から逃げられない~推しカプ観察してたら本人たちにバレました~

 教室の端。
周囲は遠巻きにこちらを見ている。
そんな中、稔の背後から木津が腕を回していた。

「タケ、離れろ」
「ただのスキンシップだろ」

 鳴谷と木津の間で、バチバチと火花が散っている。

 ――どういう状況なんだ、これは。

「ねぇ、ドーナツは好き?」

 村井がにこやかに、稔に話しかけてくる。
王子様みたいな笑顔。けれど、その奥にいたずらっぽさがちらりと覗く。
稔の全身の血が、一瞬で凍った。
こんな背景の一部でしかない自分に話しかけてくるなんて、あってはならないバグだ。

「はい……すみません……」

 心の中では悲鳴を上げながら全力で謝罪しているのに、実際に口から出たのは、かすれて消え入りそうな声だけだった。

「なんで謝るんだよ?」

 木津が不思議そうに、稔の顔を覗き込む。

(本当にすみません。この三人の中にこんなモブが入るなんて。異物すぎる……)

 泣きそうになるのを必死にこらえていると、不意に、鳴谷の手がそっと頬に触れた。
こぼれそうな涙を、受け止めるみたいに。

(え?なんで⁈ ダメです!そんなことをしてはいけません!それは村井くんにしてあげてください!お願いします!)

 混乱しきった思考が、好き勝手に騒ぎ立てる。

「好きなら、一緒に食べに行かない?」
「何でですか⁈」

 村井の提案はあまりに突然で、思わず声が裏返る。
今まで接点なんて一切なかった三人に誘われて、驚かないはずがない。

「デートしたいなって」
「どうして⁈」
「小野寺くんと行きたいからだよ?」
「だから何で⁈」

 三人で行けばいいじゃないですか――そう言いうも、三人には響かないようだった。

 稔の身体は、完全に硬直した。頭の中で赤信号が点滅し、警報が鳴り響く。思考が追いつかず、体が思わず小さく振動している。
目の前には三人の視線が、じわじわと圧になって迫ってくる。木津の鋭くも明るい瞳、鳴谷の冷静で重い眼差し、村井の柔らかくも逃れられない笑顔。
三方向から押し寄せる熱と視線に、稔の感覚は完全に麻痺した。

「俺らはね、小野寺くんを落としたいんだよ」

 その一言を理解することが、稔にはできなかった。
数秒が、永遠のように感じられる。頭が真っ白になり、何を考えていいのかすらわからない。一つだけわかっているのは、三人の視線が稔に向けられていることだ。

「えぇぇ⁈」

 驚きの声は、稔の中の最高記録の声量だった。体も頭も心も、三人に捕らえられたかのようだ。息が詰まり、鼓動が耳まで響く。手が勝手に震え、思考は一点に縛られたまま、身動きが取れない。

(落ち着け、落ち着け!深呼吸、深呼吸……できるわけない!)

 体が勝手に小さく跳ねる。手のひらは汗でぐっしょり、胸の奥で心臓が暴れ回る。目の前の三人は微動だにせず、じっと稔を見下ろしている。息を整えようとするたびに、視界の端から圧が迫ってくる。

(考えろ……いや、考えられない……ならどうする? そうだ、僕は動かない、ただの背景でいい……)

 脳内で延々ループするパニックと分析の末、稔は一つの結論にたどり着いた。

(そうか、これは何かの罰ゲームだ!)

 けれど、一緒に行動するのは無理!という最終結論が、頭の中のわちゃわちゃに勝った。

「無理です!」

 スパッと清々しく、稔は誘いを断った。瞬間、教室の空気が一瞬凍る。三人の目が驚きを隠せず、キョトンとした表情を浮かべる。まるで「この小さなモブ、なぜ立ち上がった?」と問うかのようだ。
その時だった。
交換日記をしている別クラスの同士・高橋が、まるで物陰から飛び出すスパイのように姿を現した。お互いのクラスで、萌え対象の存在を秘密裏に交換し合う者同士。今、稔が推しに囲まれ、完全に取り込まれている光景を目にして、高橋は小さく呟く。

「まさか、もうですか……」

 何かを知っているかのような素振りに、稔はハッとする。

「高橋ッ!何か知ってるな⁈」

 背後から刺さる視線。推しに囲まれたパニック状態に加え、同士の裏切りの予感まで重なり、稔の脳内はますます大混乱だった。