腐男子くんは三人の溺愛から逃げられない~推しカプ観察してたら本人たちにバレました~

「ちょっと、たけ! 後輩なんだからなんとかしなよ!」

 稔と小鷹が最近やけに仲よくしているのを見て、村井は焦りを見せていた。小鷹はこのところ、稔を目当てに二年の階まで顔を出すようになっている。
 さらに稔の好みまで把握し、最近では一緒にボーイズラブというジャンルの書籍を読み始めたらしい。そのせいか、小鷹の株は稔の中で急上昇しているようだった。

「あいつは、ああなったら次の出会いが来るまで手が付けられないんだ」

 不機嫌そうな、どこか諦めの混じった声で木津が言った。

「たけに懐いてるんだから、たけが言えばなんとかなるんじゃないの?」
「ならないならない。言うこと聞かねぇもん、あいつ。自分の意思だけで生きてんの。サッカー中でも手を焼くんだよ」

 木津は困ったような表情を浮かべた。
 小鷹は男女問わず惚れやすい。
中学時代、サッカー部でもそのせいで揉め事が起きたことがあった。
チームメイトやその彼女に恋しては告白し、そしてまた次へ。新しい恋を見つけると一直線に突き進んでいく。まさに猪突猛進だ。
 木津も、その突進を食らった一人だった。
もっとも木津の場合は運がよかった。小鷹にすぐ次の出会いが訪れ、「ただの憧れでした!」と一日で幕を閉じたのだ。
とはいえ、尊敬する先輩としての好意だけは、今でも曇りなく向けられている。
 惚れやすくて一直線――そこまではまだいい。
厄介なのは、小鷹の恋が一度終わっても終わらないところだった。
次の恋に一直線かと思えば、しれっと前の相手に戻ってくる。しかも前の恋も嫌いになったわけではないから、周囲はまとめて振り回される羽目になる。
 木津には「尊敬する人」という線が引かれているが、他の相手はそうもいかなかった。
そのせいで周囲は何度も振り回され、かき乱された関係を修復することになる。これがなかなか骨の折れる作業なのだ。
つまり、一度好かれたら終わりなのである。特に、周りが。
 稔にビッチだと言っているが、小鷹に言われる筋合いはないだろう。
小鷹の方が、よほどふしだらな感情の持ち主なのだから。

「周りが止めれば逆に燃えるタイプでもあるから、厄介なんだよ、あいつ」
「何なのその癖強性格」

 木津が頭を悩ませながらそう告げると、村井はドン引きしたような素振りを見せる。
すると、今まで沈黙していた鳴谷が言った。

「次の恋がくるまで待つしかないんだろうな」

 本を読みながら、気にしている素振りもない様子に、村井が眉をひそめた。

「ねぇ、青史はいいの? 結局、青史は稔くんと過ごす時間とられてるんだよ?」
「そうだな……だが仕方ないだろ」

 あまりにも聞き分けのよさに、木津すら眉を寄せる。

「青史。お前、本当に稔のこと好きなのか?」
「焦ったって仕方ないだろ。どんなに距離を縮めようが、離れていようが、決めるのは小野寺だ」
「確かにそうだけど……」

 村井が理解できないというような表情で鳴谷を見た。
鳴谷は再び沈黙し、二人の会話の聞き手に回った。
少し離れた席では、稔が小鷹と和気あいあいと語り合っている。

「稔先輩! 文化祭、一緒に回りましょう!」
「いいね。文化祭って誰かと回ると楽しいよね」

 小鷹の誘いに対し、特に深く考えていない稔はあっさりと答えた。
 その会話を聞いた木津と村井は、思わず顔を見合わせる。
 ――そいつ、プロポーズしてきた相手だぞ。
 そんな言葉が喉元まで出かかっているような表情だった。まるで先を越されたと言わんばかりである。
その二人をよそに、鳴谷だけは平然と本を読み続けていた。
視線はページに落ちたままだが、耳だけはしっかりと稔たちの会話を拾っている。

 この学校では、秋の終わりにずれ込んだ球技大会が終わると、その余韻も冷めやらぬまま文化祭が始まる。
そのため文化祭の準備は、夏の頃からゆっくりと余裕をもって進められていた。
 稔たちのクラスの出し物は、歌声喫茶だった。軽いドリンクを提供しながら、合唱を楽しんでもらうというものだ。
クラスの団結力をアピールするのが目的――という建前になっている。
本来やりたかったのはコスプレカフェだったのだが、それはこの学校の王子がいる村井のクラスに持っていかれた。
村井の王子様姿を見たいという女子たちの強い圧に、勝てる者はいなかったのである。

「歌声喫茶って斬新ですね! 俺、稔先輩の声聞きたい!」
「僕はフロアスタッフだから歌わないよ。小鷹くんのところは何やるの?」
「俺のところは展示だけです。だから時間けっこう作れるんで! 一緒にいられる時間、余裕で取れますから!」

 小鷹は爽やかに告げた。そのあっさりとした誘いに、稔は自分が前はどんなふうに小鷹に思われていたのか、今はどう思われているのかを忘れている様子だった。

「うん!分かった!楽しみにしてるね!」

 その言葉を耳にし、稔を想う三人は言葉を失っていた。

***

 放課後、稔は久しぶりに高橋と一緒に帰ることができた。
最近は木津や村井と帰ることが多く、高橋と過ごす時間はめっきり減っていた。中学からの親友で、同じ地域に住んでいるというのに、本当に久しぶりだった。
 揺れる電車の中で、高橋が思い切ったような顔で稔を見る。
 車内は放課後の学生たちでそこそこ混んでいて、吊り革がゆらゆらと揺れていた。

「でさ、稔。どうするつもりなの?」
「え? 何が?」

 突然の問いに、稔は首をかしげる。
高橋が何の話をしているのか、すぐには思い当たらなかった。

「村井くんたちのことだよ。いつまでも断らないでいるけど、どうするつもり?」

 落としにかかってきている。それを忘れていないか――。 
そんな心配の色が、高橋の声に滲んでいた。

「え? だって僕、当て馬だよ? 最後に誰かとくっつく役じゃないし」

 そう言うと、高橋の眉がぴくりと動いた。

「それ、本気で言ってるなら、俺は稔のその天然ぶりに腹が立つかも」
「なんで⁈」

 思わず声が大きくなり、稔は慌てて口を押さえる。
周囲の乗客がちらりとこちらを見て、すぐに視線を逸らした。

「ハーレム作ってて、周りがどんな目で見てるか考えたことある?」
「ハーレムなんて! そんな……」

 高橋の言葉に、稔はふっと戸惑った。
確かに今の状況はおかしい。
こんなモブに好意を寄せてくる人が、何人もいる。しかも相手は、あの一軍男子三人と後輩なのだ。

「あのさ、稔。もう少し本気で考え始めた方がいいかもしれないよ」

 高橋は窓の外を見ながら言った。
流れていく夕焼けの街並みが、車窓の向こうに広がっている。

「考えるも何も! 僕は誰とも付き合う気ないよ!」
「じゃあ、早く決着つけなよ。俺もう見てるのも疲れたよ」

 高橋の声は、少しだけ低かった。

「最初は応援してたけど、稔のその浮ついた感じとか、中途半端なところとか……わざとなんじゃないかって思う時ある。相手が可哀想だよ」

「……え?僕、そんなふうに見られてるの?」

 胸の奥が、じわりと冷える。

「気づいてなかったの? 好かれていることに浮かれてる馬鹿にしか見えない」

 高橋は深くため息をついた。

「稔、そろそろ目を覚ました方がいいよ。文化祭までには決着つけな」

 そう告げると、高橋はそれ以上言うまいと口を閉ざした。
久しぶりの高橋との帰り道だというのに、二人の間には重たい沈黙が落ちた。電車の走る音だけが、やけに大きく耳に残る。

「……うん。そうだね」

 短く返事をしながら、稔は視線を足元に落とした。
今まで高橋と衝突したことは何度かあった。けれど、今の言葉には、今までとは違うものが混じっている気がした。
 ――軽蔑。
 その気配に気づいてしまい、稔の胸はちくりと痛んだ。

 窓の外では、夕暮れの街が静かに流れていく。
稔はその景色を見つめながら、何も言えずにいた。