腐男子くんは三人の溺愛から逃げられない~推しカプ観察してたら本人たちにバレました~

 稔は、後輩にあたる生徒から敵意を向けられていた。木津のファンらしい、体格のいい一年生だ。中学の頃、部活で一緒に活躍していたらしい。名前は小鷹元気(こだかもとき)
 廊下ですれ違うたびに、威嚇するような声をかけられ、鋭く睨まれる。あまりにも正直な敵意は、逆に清々しいほどだった。

「稔。大丈夫なの?」

 その様子を何度か目にしていた高橋が心配して、教室まで顔を出し、声をかけてきた。

「うん、むしろありがとうだよ」

 稔はまったく気にしていない様子だった。逆にご褒美だと言い始める始末だ。
 小鷹は木津が大好きらしい。
それだけでも妄想がはかどるというのに、はっきりと「木津先輩から離れろ!」と言われるのだ。嫉妬を露わにされては、美味しいどころの騒ぎではない。

(そうか、僕がモテたのは、この時のための下準備だったんですね! オタクの神様!)

 稔は、存在するのかも分からない“オタクの神様”を心の中で崇めた。

(小鷹くん、大きかったなぁ……。木津くんよりけっこう……)

「あ、やっぱり木津くんは……受け?」
「みのる。また声に出てるよ」

 懲りもせず、妄想に花を咲かせていた稔。
思わず口に出してしまったその言葉に、高橋が、呆れたような口調で注意してくる。
そんな会話をしていると、目の前に噂の後輩の姿が現れた。
二年生の教室までわざわざ顔を出し、体格と同様に大きな声を張り上げながら、木津に尻尾を振っている。

「木津先輩! サッカー入りましょ!」

 どうやらサッカー部の勧誘らしい。
確かに、あれほどサッカーができる木津を見れば、部活に入って活躍した方が学校としてもいいのではないか、と多くの生徒が思うだろう。

「やだよ。レベルが違う」

 木津はあっさりと断った。
この学校の運動部は、他校と比べてレベルが低い。それは、校内でも半ば常識のように語られていることだった。それほど、この学校は勉学の方に力を入れている。
全員が座学だけ得意というわけではないが、スポーツより勉強に力を入れている生徒は確かに多い。
部活はただの息抜き、という生徒がほとんどで、本気で打ち込んでいる者はほんのわずかだ。
だからこそ、木津は目立ったのだろう。
それでも、サッカー部のメンバーの中で群を抜いているのは凄いことだった。
 昨年、稔は別の競技に出ていたため、木津がここまで強いとは思っていなかった。
あの姿は、忘れられないほど格好よく映っていた。

「先輩が必要なんです!」

 小鷹のその一言は、稔にとって大事件だった。

(最早、告白では⁉)

 妄想は光のごとく脳内を駆け抜ける。こうなってしまったら、稔は自分でも止められない。
二人でサッカーをしている姿を想像するだけで尊かった。先輩を追いかける後輩の眼差し。さまざまな苦難を乗り越えて惹かれ合う二人。それはあまりにも眩しいストーリーだった。

「僕も木津くんのサッカーしてるとこ、また見たいかも」

 ふと、妄想の途中で言葉が漏れた。

「え?」

 反応したのは木津だった。
稔の妄想は普段ほとんど外に漏れない。だからこそ、その一言は木津にとって自分への好意的な言葉に聞こえたのだろう。
顔を赤らめ、口元を隠す木津。
サッカーをすることに、少し迷い始めているのが見て取れた。

「お前、いい奴だな!」

 次に反応したのは小鷹だった。稔は先輩なのに、お前呼ばわりである。
そんなことは気にしない稔だったが、ずいずいと距離を詰めてくるのには少し困惑した。

「木津先輩のサッカー、かっこよかったろ⁈」

 曇りのない眼差しだった。

「うん‼ メチャクチャかっこよかったよ! 足が速いだけじゃなくて、動きが凄かった!サッカーよく分からないけど、周りが圧倒されるくらいだったもんね!」

 小鷹の一言で、稔は警戒が溶け、オタク特有の早口が炸裂する。
それに負けじと、小鷹も木津の凄さを語り始めた。
あまりに褒める二人の姿に、木津はさすがに恥ずかしくなったらしい。
特に、稔に褒められていることが何よりも心に響いたのだろう。顔どころか、耳まで真っ赤にしていた。
 ――稔の心の内を知る由もなく。

(こだこず? 語呂もよくない?)

 稔の脳内では、すでに後輩との深い関係を築いている木津がいた。

「でも、俺、部活できるほど成績よくねぇよ。いつもギリギリだぞ」
「大丈夫です先輩! 俺は赤点です!」
「お前はなんでこの高校にしたんだよ」
「先輩がいるからですよ!」

 この会話は、稔の妄想にさらに花を咲かせた。

「なら木津くんが勉強教えたらいいんじゃないかな! 一緒に勉強して、部活もしてさ」

 稔は目を輝かせて提案した。 二人の親密度を上げるための助言――いや、腐った願望だった。

「稔くん。馬鹿が馬鹿に勉強教えても馬鹿なままなんだよ」
「瑞穂! うるせぇよ!」
「え、じゃあ、村井くんが教えてあげるとかどうですか?」
「俺は遠慮するかな。なんかあの二人の間とか、暑苦しそうだし」

 村井は肩をすくめ、どこか呆れたように笑った。
きっと、稔の妄想を先読みしたのだろう。二人の距離を縮めようとする稔の魂胆も、そこに三角関係を持ち込もうとしていることも、すでに見抜かれているらしい。
稔の提案を、村井はあっさりと退けた。
 その通り、稔の頭の中ではすでに三角関係の構図が完成していた。先輩と後輩、そこにもう一人が絡むことで生まれるドラマ――そんな展開が、鮮やかに組み上がっていたのである。

「俺も瑞穂は嫌だ。稔が教えてくれればいい」

 木津は腕を組み、少しだけ口を尖らせた。その言い方は、まるで子供が駄々をこねているようだった。

「え? 僕? 無理無理、むり!」

 突然話を振られ、稔は慌てて両手を振る。
自分の成績を思い浮かべれば、答えはすぐに出る。稔の成績はせいぜい中の下。人に勉強を教えられるほど優秀な頭脳など持っていない。自分の事だけで精一杯だ。

「教えられるくらいの頭だったら、青史かなぁ」

 村井は何気ない口調でそう言った。自分は関わらないという立場を保ったまま、稔の脳内で進行している三角関係の構図に、さらりと助言を投げる。

「そうか、鳴谷くん学年で上位だ!」

 稔はぱっと顔を明るくした。
 一位とまではいかないが、鳴谷は常に学年五位以内をキープしている優等生だ。勉強を教える相手としては、これ以上ない人材である。
 突然視線を向けられても、鳴谷は特に動じる様子を見せなかった。
騒がしいやり取りを少しの間聞いていたが、やがて淡々と口を開く。

「小野寺になら、教えてやる」

 その一言は、思いのほかあっさりと落ちた。
けれど、その言葉がきっかけとなり――その日から、彼らの放課後は以前よりもずっと賑やかなものになっていくのだった。

 ***

 ドーナツ屋の一角は、いつの間にか稔たちの定番の集まり場になっていた。店員も顔を見れば「いつもの子たちだ」と分かるようで、軽く会釈をしてくる。

 木津についてくる小鷹も加わり、今ではテーブル席を二つ使うほどの人数になっていた。

 村井は甘い匂いが苦手だというのに、稔がいるならと結局ついてくる。鳴谷に至っては、ここで本当にいいのかと思うほど場に似合わない見た目をしていた。

 そんな面々で、今日も勉強会が始まった。
木津よりも小鷹の方が成績は深刻らしく、鳴谷は見兼ねたのか、小鷹に勉強を教え始めていた。
稔も一年生の問題ならばと、協力していた。
鳴谷の説明は分かりやすく、驚くほど丁寧だった。横で聞いているだけの稔ですら、苦手な教科でもできるような気がしてくるのだから不思議である。
 大柄な二人に挟まれる形になった稔。その様子を眺めながら、少し離れた席で村井と木津は話し始めた。

「ねぇ、後輩にこんだけ好かれてるなら、稔くんやめてそっちにしたら?」

 村井のその一言に、木津は思わず鳥肌を立てた。

「なに気持ち悪いこと言ってんだよ!」
「えー? だって男いけるでしょ」
「稔だけなの!」

 村井は少し不思議に思う。普段の木津は、人の好き嫌いをあまり表に出さない。露骨に誰かを嫌うような態度など、ほとんど見せないのだ。そんな木津が、ここまで嫌がるのは珍しかった。
 この会話は、ほんの少し離れた隣のテーブルにいる三人には聞こえていない。
だが、稔の声は普通でも少し大きめだ。向こうの会話は、こちらにもはっきり聞こえてくる距離だった。
 丁度そのとき、稔が目の前の後輩に声をかけていた。
どうやら、小鷹が先ほどまで苦戦していた数式の問題を解けたらしい。

「すごい! 小鷹くん! よくできました!」

 そう言って稔は笑顔で小鷹の頭を撫でた。
まるで弟を褒めるような仕草だ。傍から見れば、ただ微笑ましい光景だ。
 村井は、あんなに素直そうな小鷹を木津が苦手にする理由が分からなかった。

「でもさ、なんでたけは後輩くん苦手なの?」

 気軽に疑問を投げる。

「小鷹はな……」

 稔が小鷹を褒めている様子を見ながら、木津は少しまずそうな顔をした。両手を顔の前で組み、ぽつりと呟く。

「惚れやすいんだよ」

 その言葉と同時に――トスッ。と、小鷹の心に矢が突き刺さる音が、なぜかその場にいた全員に聞こえたような気がした。
村井と鳴谷は、ぴたりと動きを止める。
一方、木津はゆっくりと片手で顔を覆った。そのまま天井を仰ぎ、長く深く息を吐く。
――ああ、やっぱりやっちまった。そんな言葉が聞こえてきそうな仕草だった。

「結婚しましょう!」

 次の瞬間。
稔の手をがしっと握りながら、小鷹が真剣な顔でプロポーズをしていた。