僕が住んでいる日本っていう国は、昔から受け継がれてきた行事が今も存在する。
別にそれを悪いとは思っていないし、むしろその反対。結構楽しんでいる方だと思う。いつもより豪華なご飯が出て、食後のデザートがついて......。
食べ物のことしか言っていないって?ご飯は美味しいんだから別にいいだろ?とはいえ、今の僕はそんな呑気なことを言っていられない。まじで一体、誰がこんなん予想したん?きっといるかいないかよく知らない神様だってきっと腰をやるほど驚くよ?
僕、三浦智成は只今、お雛様の前で正座中です。
そもそもこの状況自体おかしいけど、そのお雛様はというと、
「寝ていたわらわを起こしたこと、これで許すと思うなよ、小僧が」
何故か喋る。しかも、ぶち切れ状態。もう意味不明。
僕は遠い目をして、つい一時間ほど前に遡った。
◇◇◇
「智成、雛人形片づけてくれる?」
母君の言葉が一瞬何を言っているのか理解する時間が必要だった。
ちょっ、ちょっと待って⁉これを僕、一人でやれと⁉いや、無理でしょ......。
だって、僕の目の前には御立派すぎる雛壇があったのだから。立派な雛壇があると言っても、元華族とか旧家の家とかでもなく、僕の家は普通の一般家庭。ただ、昔からここに住んでいるだけでちょっと家が大きかったり、今みたいにお雛様が大きかったりする。
僕だってさ、今どき主流のお雛様とお内裏様ぐらいしかいない物だったら、驚きもせず、一つ、いや、二つくらい文句を言って片づけてその後に臨時のお小遣いを請求したいっていう願望は置いといて、
「さすがに冗談だよね?」
「え?頼りになるのは智成しかいないのよ?おじいちゃんとおばあちゃんは日帰り旅行。父さんは出社。お姉ちゃんはもう家を出ないと行けなくて母さんは送りに行かないといけないの。というわけで、智成、よろしくね」
なにが、『智成、よろしくね』だ。思わず口がへの字になってしまう。
せっかく、中学を卒業してちょっと早い春休みを楽しもうとしたのに、初日が雛人形のお片付け、だなんて......。誰が予想した?ちなみに僕は予想していなかった。
「とも、わたしも手伝おっか~?この雛人形わたしのだから~」
「いや、絶対だめだ。志保は学校に行って。......それが一番のお手伝いだよ」
え~、わたしも~と、間延びした声が聞こえるが、無視。
僕の姉、志保は本当にぽんこつだった。どれくらいかというと、もうどうしようもないくらいなので、志保に家事を任せると二度手間......で済めば良い方で三度、四度くらい手間がかかる。
志保に手を出されて春休みが何日も潰れた挙句、部品を無くすなんてしたら最悪だ。
というわけで、当初の予定通り、僕は一人で雛人形と対峙することなったのだ。
「これ、どこから片づけよう?」
片づける場所はいくらでも見つけられる。だからこそ、どこから手を付ければいいのか分からなくなってしまう。困った時は上からってどこかの偉い人が言っていた気がする!よし!一番上のお雛様から片づけよう!
畳の上に置いた三脚の上に乗って(畳が傷むので良い子のみんなはやっちゃだめだよ)お雛様を取ると、緊急事態が発生した。
それは一瞬だった。
「あ」
手に持っていたお雛様を落としてしまった。
一段目から地上まで約二メートルほど。着地に失敗したら骨を折るぐらいで頭から行かない限り、命には問題ない。痛いと思うけど。
でも、頭から落ちたお雛様は?
物理法則に従って落下したお雛様は......首が折れました。
見るも無残な姿になってしまったお雛様の周辺には落ちた時に抜けたのか髪の毛が散って、小さな子どもだけじゃなく、いい年をした大人が見ても背筋が凍るようなホラー空間が完成されてしまった。
部屋が明るく、洋間だったらまだ恐怖を押さえられたかもしれない。
でも、
光が差さない和室
チカチカと点灯する薄暗い電灯
奥にある歴史を感じる仏壇
恐怖なんて抑えることもできない。むしろ、増強してしまっている始末。
こんなお化け屋敷みたいな状況ならお雛様の怨念的なやつが出たりして......。
「い、いや、そんな馬鹿なことおこるわけないし......。これは、そ、そう!偶々偶然起きちゃったことだよ。あは、あはははは」
頭の中の嫌な想像を消すように笑っても乾いた笑いしか出ない。
こんな状況さっさと片づけて消そう!うん!それがいい。
一番の問題物である雛人形の体を手に取った時、異変が起きた。これは最悪の想像が現実になってしまった。
「......か......」
「え?」
手に取ったお雛様の体が手からこぼれ落ちた。もう一回地面に落として、変な音がしたけどそんなことはどうでもいい。
この部屋には僕しかいない。母さんも志保もさっき外からエンジン音が聞こえたので、とっくの前に家から出ている。
じゃあ、この声は?
「おまえかぁぁぁぁ!」
「⁉」
信じられないけど、地面から聞こえた。正確に言えば、お雛様が落ちたあたりから。
冷や汗が止まらないし、力が無くなって動けない。某有名なヒーローみたいになっているけど、恐怖で腰が上がらず、尻餅をついていた。
こんな時、包丁でもカッターでもシャーペンでも洗濯ばさみでも何か武器が近くにあったら良かったけど、あいにく僕の近くにあったのは昨日僕がこっそりと食べた雛あられしかなかった。
人生最大の危機にして頼れるのが雛あられなことに泣けてくるけど、がたがたと小刻みに震える右手で節分の豆如く、雛あられを下にぶん投げた。
「へばっ!」
なんかよく分からないけど、効いたみたいなので走るぎりぎりの速さで距離を取る。いや、別に怖いわけじゃないけどさ、ほ、ほら、何かあったら、怖いじゃん。
雛壇があるところからそれなりに離れたところにいると、
「これは......なんという美味なのじゃ⁉食べられるというのはなんて幸せなことよ......!」
「は?や、やっぱり、今、声したよね......?」
それも、また下から。
あの時とは変わって、圧が無くなって可愛らしい声が聞こえてくる。
あまりにも纏う雰囲気が違って不気味すぎるけど、ちょっと気になっちゃうんだよな......。
僕はその辺に落ちていた座布団を盾代わり兼視界制限用に持って少しずつ近づいた。
「えーっと、その、ここから出て行ってくれませんか?いや、出てって欲しいんですけど......」
声が震えて、活舌が悪いのはご愛嬌である。
「この家から出れと?おい、小僧、そこに座るのじゃ」
「へ?」
「さっさと座れと言っておるのじゃが?聞こえないのか?」
「はっはい!ただいま!」
座るのに、ただいまとは?そんな疑問は恐怖で心が正常ではない僕には浮かんでこなかった。
僕は首なしお雛様を前にスライディング正座をすることとなり、理不尽にお雛様から怒られて、今に至る。
「寝ていたわらわを起こしたこと、これで許すと思うなよ、小僧が」
「それはどうもすみません」
典型的な日本人として争いを好まない僕は全くよく分からないけど謝っておく。首無し人形に。
さっきまでは怖......くはなかったけど、目に入って来る、首無し人形が雛あられを食べているという異様な風景を見ると、雛あられをどうやって食べているのか不思議でたまらなくなる。
「ふむ。それで、小僧よ。そなた、わらわの部屋を壊しただけではなく、他にも大罪をしたようじゃな?」
「壊したのは手が滑っちゃっただけで、他に何かしました?」
お雛様に従順する人間。何の罰ゲームなんだろう?そもそもの話。なんで、明らかに人間じゃない雛人形とどうして会話が成立するんだろうか?
頭が冷静になった途端、頭の中ははてなで埋め尽くされる。
「そんなことも知らぬのか、小僧?はぁ......仕方ないのう。雛壇というのはひな祭りから遅れると婚期が遅れるのじゃ。そなた、結婚、の前の段階、恋人すらできないのではなかろうか?」
「うう......。でも、それは」
「ひな祭りの主役である女子、おなごで小僧は関係ないとでもいうのか。そんな小さき事で騒ぐな、小僧。そなた、このままだと一生できぬぞ?」
何がと言われなくとも分かる。彼女ができないと首無し人形如き言われたのだ。
「なんで」
「なんで分かるのか?それは、そなたが全くモテ要素がないから。全くの無知な男が女子からもてたい?随分とまあ、お気楽のことで」
「はあ?」
こいつ、黙っていれば失礼なことしか言わない。口にガムテープを巻きたくても、顔がないせいで、ガムテープを巻けない。いっそう、近所の神社に封印してもらおっかな。
「まあまあ、落ち着け、小僧。わらわを起こしたお礼にわらわが手ほどきをしようかのう」
僕が戸棚からガムテープを取り出そうとするとお雛様の態度が急に変わった。
「いや、あなた、さっき僕が起こした怒っていたじゃん。それに首無し雛人形に教えてもらうなんて無理。見た目が嫌」
「それはそなたが叩き起こしたからであろう?起こして欲しいとは思っていたが、雛人形を落として破壊させて起こすとは怒りを覚えるぞ。それで、姿を変えろ、と。それくらい造作もないことじゃ」
壊れたお雛様+首は、カビや埃まで落ちた真新しい雛人形となった。そういえば、壊しちゃったからどうやってお母様に言い訳しよう?と思い始めていたところだったので、万時解決したのは嬉しいけどさ、日本人形って、そのビジュが......。
「む?気に食わぬのか?なら、これならどうじゃ?」
真新しい雛人形は、それはほんわかした雰囲気を纏う女性、それもよく見慣れた
「志保じゃねーか!これは、混乱するのでパスで」
「我儘な小僧だのう」
悪態を付きつつも元お雛様は姿を変えた。
志保に変わった時点で薄っすら思っていたけど、このお雛様、何でもできるな。もうお雛様なのかも疑うところだけど。
「これでも不満かえ?」
そう魅惑に微笑む元お雛様?の容姿は僕の性癖にぐさぐさと刺した。
わずかな光に反射する射干玉の長髪
長い睫毛に縁どられた切れ長な瞳
全てのパーツが整った顔はまだあどけなさを残しつつもめっちゃ可愛かった。
「完璧です。お雛様。今日から一生その姿でお願いします!」
「さあ、どうじゃろう?わらわの気分が変わったら元の姿に戻ろうかのう」
「あ、そういうの間に合っているんで」
あの悪夢が再来すると想像するだけで体が震えてくる。
僕は全力で拒否をしたけど、お雛様はにこにこ笑うばかり。ちゃんと聞いててほしいなと思う下僕。
「そういえば、小僧の名を聞いていなかったのう?名はなんというのじゃ?」
名前?智成。三浦智成です。お雛様も名前は?お雛様って呼んでいるけど、お雛様じゃないよね?」
お雛様だったら、プ〇キュアみたいに変身しないし、そもそもの話。会話をしない。
今こうして会話が成立している時点でもう、お雛様じゃない。
「半分合っていないようで合っていると答えるべきだろうな、その答えは。智成は付喪神という言葉をしっておるか?」
「まあ、一応。物を大切にしたら生まれる神様だっけ?」
物には神様が宿るから大切にしなさいってお祖父ちゃんが言っていたけど、ほんとかどうかは知らないし、正直うさんくさいとまで思う。
でも、雑に扱って物が壊れたら、そのお金は僕の懐からでるわけで......。バイトができない中学生のお小遣いって本当に少ないんだよ?そんなところにお金をかけたくないという屑的理由で僕はそれなりに丁寧に扱って来た。
「そうじゃ。長い年月、それこそ気の遠くなるほどの月日、壊れずにいると物に意識が芽生え始める。それが付喪神なのよ。わらわは付喪神とちいとばかし違うものじゃが、大体は一緒じゃ。わらわの依り代となったのはそなたが落としたお雛様」
お雛様は後ろを振り向いてお雛様があっただろう場所にそっと手を置いた。懐かしそうに慈愛が込められたその横顔を僕は直視できなかった。
不注意とはいえ、お雛様を落として壊した身。なんだったら2回も落としている僕はどこか気まずくなって視線を下に落としたけど、いつのまにやってきたお雛様の細い手によって強制的に目が合ってしまった。
「そう自分を卑下にするな。別にわらわは依り代が壊れたぐらいで怒らぬよ。......寂しいとは思うが。それで、もう一つの質問のわらわの名は、そなたが決めるとよい」
「はぁ⁉」
一瞬寂しそうになった気がしたけど、それは気のせいみたいで一瞬で元通りになった。
まさか名前を聞いたら、僕が名前を付けることになるなんて思いもしなかった。こんなことになるんだったら、効かなかった方が良かったかもしれない。
こういっちゃ悪いけど、名前のセンスないんだよね。ポ〇モンとかのニックネーム、いつも付けたいなと思いつつも良い案なんて思い浮かばず、その場所の名前を付けたり、その時に食べたい食べ物を付けていた人間。今更ながら、あの時一緒に冒険したみんな、名前がダサくてごめんね。
それに、僕の中でもうお雛様っていう名前というかイメージができちゃって、名前が全く思い浮かばない。だけど、お雛様って長いんだよな。少し名前を短くして
「『ひな』でいい?」
「どう書くのじゃ?」
ひな(仮)は僕の様子をからかうように聞いてきた。
ど、どう書くのかって、雛鳥の雛だけど、安直すぎるよな......。
「......妃に菜の花で妃菜はどう?」
「なかなか良い名前じゃのう。せっかく付けてくれたお礼に一つ良いこと教えようぞ」
「何でしょうか⁉もしかして、めっちゃ運動神経良くなる物とか一気に天才になる薬とか持っているんですか⁉」
さあ、早く!
僕は身を乗り出してお雛様にすがると、
「そなたの母君が帰って来たようじゃのう。今のこの有様、どう説明するか楽しみにみておるぞ、智成」
「え⁉ちょっと、妃菜、どこに」
「智成、これはどういうことなの⁉何、この散らかし⁉」
突如消えた妃菜を探して後ろを見ると、えー、鬼がいました。
さっきの妃菜の殺意と同じくらい恐怖を感じております......。これは、やばい。
「さっさと片付けしなさい!」
「は、はい!」
元から頼まれた雛壇の片付けと土壇場で投げた雛あられが落ちている床掃除で僕の春休み初日は終了しました。
別にそれを悪いとは思っていないし、むしろその反対。結構楽しんでいる方だと思う。いつもより豪華なご飯が出て、食後のデザートがついて......。
食べ物のことしか言っていないって?ご飯は美味しいんだから別にいいだろ?とはいえ、今の僕はそんな呑気なことを言っていられない。まじで一体、誰がこんなん予想したん?きっといるかいないかよく知らない神様だってきっと腰をやるほど驚くよ?
僕、三浦智成は只今、お雛様の前で正座中です。
そもそもこの状況自体おかしいけど、そのお雛様はというと、
「寝ていたわらわを起こしたこと、これで許すと思うなよ、小僧が」
何故か喋る。しかも、ぶち切れ状態。もう意味不明。
僕は遠い目をして、つい一時間ほど前に遡った。
◇◇◇
「智成、雛人形片づけてくれる?」
母君の言葉が一瞬何を言っているのか理解する時間が必要だった。
ちょっ、ちょっと待って⁉これを僕、一人でやれと⁉いや、無理でしょ......。
だって、僕の目の前には御立派すぎる雛壇があったのだから。立派な雛壇があると言っても、元華族とか旧家の家とかでもなく、僕の家は普通の一般家庭。ただ、昔からここに住んでいるだけでちょっと家が大きかったり、今みたいにお雛様が大きかったりする。
僕だってさ、今どき主流のお雛様とお内裏様ぐらいしかいない物だったら、驚きもせず、一つ、いや、二つくらい文句を言って片づけてその後に臨時のお小遣いを請求したいっていう願望は置いといて、
「さすがに冗談だよね?」
「え?頼りになるのは智成しかいないのよ?おじいちゃんとおばあちゃんは日帰り旅行。父さんは出社。お姉ちゃんはもう家を出ないと行けなくて母さんは送りに行かないといけないの。というわけで、智成、よろしくね」
なにが、『智成、よろしくね』だ。思わず口がへの字になってしまう。
せっかく、中学を卒業してちょっと早い春休みを楽しもうとしたのに、初日が雛人形のお片付け、だなんて......。誰が予想した?ちなみに僕は予想していなかった。
「とも、わたしも手伝おっか~?この雛人形わたしのだから~」
「いや、絶対だめだ。志保は学校に行って。......それが一番のお手伝いだよ」
え~、わたしも~と、間延びした声が聞こえるが、無視。
僕の姉、志保は本当にぽんこつだった。どれくらいかというと、もうどうしようもないくらいなので、志保に家事を任せると二度手間......で済めば良い方で三度、四度くらい手間がかかる。
志保に手を出されて春休みが何日も潰れた挙句、部品を無くすなんてしたら最悪だ。
というわけで、当初の予定通り、僕は一人で雛人形と対峙することなったのだ。
「これ、どこから片づけよう?」
片づける場所はいくらでも見つけられる。だからこそ、どこから手を付ければいいのか分からなくなってしまう。困った時は上からってどこかの偉い人が言っていた気がする!よし!一番上のお雛様から片づけよう!
畳の上に置いた三脚の上に乗って(畳が傷むので良い子のみんなはやっちゃだめだよ)お雛様を取ると、緊急事態が発生した。
それは一瞬だった。
「あ」
手に持っていたお雛様を落としてしまった。
一段目から地上まで約二メートルほど。着地に失敗したら骨を折るぐらいで頭から行かない限り、命には問題ない。痛いと思うけど。
でも、頭から落ちたお雛様は?
物理法則に従って落下したお雛様は......首が折れました。
見るも無残な姿になってしまったお雛様の周辺には落ちた時に抜けたのか髪の毛が散って、小さな子どもだけじゃなく、いい年をした大人が見ても背筋が凍るようなホラー空間が完成されてしまった。
部屋が明るく、洋間だったらまだ恐怖を押さえられたかもしれない。
でも、
光が差さない和室
チカチカと点灯する薄暗い電灯
奥にある歴史を感じる仏壇
恐怖なんて抑えることもできない。むしろ、増強してしまっている始末。
こんなお化け屋敷みたいな状況ならお雛様の怨念的なやつが出たりして......。
「い、いや、そんな馬鹿なことおこるわけないし......。これは、そ、そう!偶々偶然起きちゃったことだよ。あは、あはははは」
頭の中の嫌な想像を消すように笑っても乾いた笑いしか出ない。
こんな状況さっさと片づけて消そう!うん!それがいい。
一番の問題物である雛人形の体を手に取った時、異変が起きた。これは最悪の想像が現実になってしまった。
「......か......」
「え?」
手に取ったお雛様の体が手からこぼれ落ちた。もう一回地面に落として、変な音がしたけどそんなことはどうでもいい。
この部屋には僕しかいない。母さんも志保もさっき外からエンジン音が聞こえたので、とっくの前に家から出ている。
じゃあ、この声は?
「おまえかぁぁぁぁ!」
「⁉」
信じられないけど、地面から聞こえた。正確に言えば、お雛様が落ちたあたりから。
冷や汗が止まらないし、力が無くなって動けない。某有名なヒーローみたいになっているけど、恐怖で腰が上がらず、尻餅をついていた。
こんな時、包丁でもカッターでもシャーペンでも洗濯ばさみでも何か武器が近くにあったら良かったけど、あいにく僕の近くにあったのは昨日僕がこっそりと食べた雛あられしかなかった。
人生最大の危機にして頼れるのが雛あられなことに泣けてくるけど、がたがたと小刻みに震える右手で節分の豆如く、雛あられを下にぶん投げた。
「へばっ!」
なんかよく分からないけど、効いたみたいなので走るぎりぎりの速さで距離を取る。いや、別に怖いわけじゃないけどさ、ほ、ほら、何かあったら、怖いじゃん。
雛壇があるところからそれなりに離れたところにいると、
「これは......なんという美味なのじゃ⁉食べられるというのはなんて幸せなことよ......!」
「は?や、やっぱり、今、声したよね......?」
それも、また下から。
あの時とは変わって、圧が無くなって可愛らしい声が聞こえてくる。
あまりにも纏う雰囲気が違って不気味すぎるけど、ちょっと気になっちゃうんだよな......。
僕はその辺に落ちていた座布団を盾代わり兼視界制限用に持って少しずつ近づいた。
「えーっと、その、ここから出て行ってくれませんか?いや、出てって欲しいんですけど......」
声が震えて、活舌が悪いのはご愛嬌である。
「この家から出れと?おい、小僧、そこに座るのじゃ」
「へ?」
「さっさと座れと言っておるのじゃが?聞こえないのか?」
「はっはい!ただいま!」
座るのに、ただいまとは?そんな疑問は恐怖で心が正常ではない僕には浮かんでこなかった。
僕は首なしお雛様を前にスライディング正座をすることとなり、理不尽にお雛様から怒られて、今に至る。
「寝ていたわらわを起こしたこと、これで許すと思うなよ、小僧が」
「それはどうもすみません」
典型的な日本人として争いを好まない僕は全くよく分からないけど謝っておく。首無し人形に。
さっきまでは怖......くはなかったけど、目に入って来る、首無し人形が雛あられを食べているという異様な風景を見ると、雛あられをどうやって食べているのか不思議でたまらなくなる。
「ふむ。それで、小僧よ。そなた、わらわの部屋を壊しただけではなく、他にも大罪をしたようじゃな?」
「壊したのは手が滑っちゃっただけで、他に何かしました?」
お雛様に従順する人間。何の罰ゲームなんだろう?そもそもの話。なんで、明らかに人間じゃない雛人形とどうして会話が成立するんだろうか?
頭が冷静になった途端、頭の中ははてなで埋め尽くされる。
「そんなことも知らぬのか、小僧?はぁ......仕方ないのう。雛壇というのはひな祭りから遅れると婚期が遅れるのじゃ。そなた、結婚、の前の段階、恋人すらできないのではなかろうか?」
「うう......。でも、それは」
「ひな祭りの主役である女子、おなごで小僧は関係ないとでもいうのか。そんな小さき事で騒ぐな、小僧。そなた、このままだと一生できぬぞ?」
何がと言われなくとも分かる。彼女ができないと首無し人形如き言われたのだ。
「なんで」
「なんで分かるのか?それは、そなたが全くモテ要素がないから。全くの無知な男が女子からもてたい?随分とまあ、お気楽のことで」
「はあ?」
こいつ、黙っていれば失礼なことしか言わない。口にガムテープを巻きたくても、顔がないせいで、ガムテープを巻けない。いっそう、近所の神社に封印してもらおっかな。
「まあまあ、落ち着け、小僧。わらわを起こしたお礼にわらわが手ほどきをしようかのう」
僕が戸棚からガムテープを取り出そうとするとお雛様の態度が急に変わった。
「いや、あなた、さっき僕が起こした怒っていたじゃん。それに首無し雛人形に教えてもらうなんて無理。見た目が嫌」
「それはそなたが叩き起こしたからであろう?起こして欲しいとは思っていたが、雛人形を落として破壊させて起こすとは怒りを覚えるぞ。それで、姿を変えろ、と。それくらい造作もないことじゃ」
壊れたお雛様+首は、カビや埃まで落ちた真新しい雛人形となった。そういえば、壊しちゃったからどうやってお母様に言い訳しよう?と思い始めていたところだったので、万時解決したのは嬉しいけどさ、日本人形って、そのビジュが......。
「む?気に食わぬのか?なら、これならどうじゃ?」
真新しい雛人形は、それはほんわかした雰囲気を纏う女性、それもよく見慣れた
「志保じゃねーか!これは、混乱するのでパスで」
「我儘な小僧だのう」
悪態を付きつつも元お雛様は姿を変えた。
志保に変わった時点で薄っすら思っていたけど、このお雛様、何でもできるな。もうお雛様なのかも疑うところだけど。
「これでも不満かえ?」
そう魅惑に微笑む元お雛様?の容姿は僕の性癖にぐさぐさと刺した。
わずかな光に反射する射干玉の長髪
長い睫毛に縁どられた切れ長な瞳
全てのパーツが整った顔はまだあどけなさを残しつつもめっちゃ可愛かった。
「完璧です。お雛様。今日から一生その姿でお願いします!」
「さあ、どうじゃろう?わらわの気分が変わったら元の姿に戻ろうかのう」
「あ、そういうの間に合っているんで」
あの悪夢が再来すると想像するだけで体が震えてくる。
僕は全力で拒否をしたけど、お雛様はにこにこ笑うばかり。ちゃんと聞いててほしいなと思う下僕。
「そういえば、小僧の名を聞いていなかったのう?名はなんというのじゃ?」
名前?智成。三浦智成です。お雛様も名前は?お雛様って呼んでいるけど、お雛様じゃないよね?」
お雛様だったら、プ〇キュアみたいに変身しないし、そもそもの話。会話をしない。
今こうして会話が成立している時点でもう、お雛様じゃない。
「半分合っていないようで合っていると答えるべきだろうな、その答えは。智成は付喪神という言葉をしっておるか?」
「まあ、一応。物を大切にしたら生まれる神様だっけ?」
物には神様が宿るから大切にしなさいってお祖父ちゃんが言っていたけど、ほんとかどうかは知らないし、正直うさんくさいとまで思う。
でも、雑に扱って物が壊れたら、そのお金は僕の懐からでるわけで......。バイトができない中学生のお小遣いって本当に少ないんだよ?そんなところにお金をかけたくないという屑的理由で僕はそれなりに丁寧に扱って来た。
「そうじゃ。長い年月、それこそ気の遠くなるほどの月日、壊れずにいると物に意識が芽生え始める。それが付喪神なのよ。わらわは付喪神とちいとばかし違うものじゃが、大体は一緒じゃ。わらわの依り代となったのはそなたが落としたお雛様」
お雛様は後ろを振り向いてお雛様があっただろう場所にそっと手を置いた。懐かしそうに慈愛が込められたその横顔を僕は直視できなかった。
不注意とはいえ、お雛様を落として壊した身。なんだったら2回も落としている僕はどこか気まずくなって視線を下に落としたけど、いつのまにやってきたお雛様の細い手によって強制的に目が合ってしまった。
「そう自分を卑下にするな。別にわらわは依り代が壊れたぐらいで怒らぬよ。......寂しいとは思うが。それで、もう一つの質問のわらわの名は、そなたが決めるとよい」
「はぁ⁉」
一瞬寂しそうになった気がしたけど、それは気のせいみたいで一瞬で元通りになった。
まさか名前を聞いたら、僕が名前を付けることになるなんて思いもしなかった。こんなことになるんだったら、効かなかった方が良かったかもしれない。
こういっちゃ悪いけど、名前のセンスないんだよね。ポ〇モンとかのニックネーム、いつも付けたいなと思いつつも良い案なんて思い浮かばず、その場所の名前を付けたり、その時に食べたい食べ物を付けていた人間。今更ながら、あの時一緒に冒険したみんな、名前がダサくてごめんね。
それに、僕の中でもうお雛様っていう名前というかイメージができちゃって、名前が全く思い浮かばない。だけど、お雛様って長いんだよな。少し名前を短くして
「『ひな』でいい?」
「どう書くのじゃ?」
ひな(仮)は僕の様子をからかうように聞いてきた。
ど、どう書くのかって、雛鳥の雛だけど、安直すぎるよな......。
「......妃に菜の花で妃菜はどう?」
「なかなか良い名前じゃのう。せっかく付けてくれたお礼に一つ良いこと教えようぞ」
「何でしょうか⁉もしかして、めっちゃ運動神経良くなる物とか一気に天才になる薬とか持っているんですか⁉」
さあ、早く!
僕は身を乗り出してお雛様にすがると、
「そなたの母君が帰って来たようじゃのう。今のこの有様、どう説明するか楽しみにみておるぞ、智成」
「え⁉ちょっと、妃菜、どこに」
「智成、これはどういうことなの⁉何、この散らかし⁉」
突如消えた妃菜を探して後ろを見ると、えー、鬼がいました。
さっきの妃菜の殺意と同じくらい恐怖を感じております......。これは、やばい。
「さっさと片付けしなさい!」
「は、はい!」
元から頼まれた雛壇の片付けと土壇場で投げた雛あられが落ちている床掃除で僕の春休み初日は終了しました。



