書類を捲る手が止まった。
景朝国の現皇帝、景玄耀は、信じられないと心のなかで思いながら、そこに書かれている名前を口に乗せる。
「白瑤華……」
国の北方に位置する鄙びた町で働く官吏の名は、皇帝が探し求めている女性のものと同じであった。
かつて後宮に迎え入れ、寵愛を与えたものの、戦乱のさなかに忽然と消えてしまった瑤華は、関係者からは死んだものとされている。だが、彼女が死んだという明確な証拠はない。彼が後宮に新たな妃を迎えることを拒絶し、世継ぎを求める臣下たちを辟易させているのも皇城内では当たり前の光景になっていた。
国の混乱を立て直すので精一杯だった玄耀は愛した女性の行方を調べたくても調べられないまま、五年近い歳月を過ごしている。ようやく平和が戻った景朝で、賢帝と評されるようになった玄耀だったが、彼の心にはぽっかり穴が開いたままだった。
――彼女は死んだはず。同姓同名の女性官吏がたまたま北方官庁で働いているだけだ。
それでも玄耀は書類の文字を何度もなぞるように確認してしまう。



