父親が皇帝陛下だということに、珠児は気づいているのだろうか。容易く口にしてはいけない言葉なのに、瑤華は責める気になれなかった。
「珠児」
「行かないなら、いいよ。珠児、ここでも……どこでも生きていけるから。でもね」
小さな手が、瑤華の袖を掴む。
「かあさまが、さびしそうにしているのは、やだよ?」
――だめだ。
その一言で、積み上げてきた「正しい判断」が、音を立てて崩れた。
母として守ろうとしたはずなのに。
守られていたのは、自分の臆病さ、で……瑤華の瞳からぽろぽろと涙が溢れた。
珠児を抱きしめて、瑤華は希う。
「……わたしとお城に来てくれる?」
「珠児がかあさまを、とうさまのいるお城に連れて行ってあげる!」
その夜。
箱から取り出した召書を、もう一度広げる。
身を引いたはずだった。
けれど――いま、彼に逢いたくて仕方がない。
「……還る場所、か」
瑤華は、静かに息を吐いた。
選ばなかった道を選び直すときだと、息子に背中を押されて、ようやく気づいたのである。



