「願いだ。珠児が目を覚ましたとき……母が消えておらぬ朝を、与えたいのだ」
瑤華は、そっと彼の衣を掴んだ。
「……一晩だけ、です」
「それでよい」
玄耀はそう言って、初めて、深く抱きしめる。
逃げ道を塞ぐ抱擁ではない、これは戻る場所を示す腕。
瑤華の意識は、胸の鼓動とともに、静かに深く、沈んでいく。
――この人は、奪わない。
ただ、待って、包んで、逃がさない。
それがいちばん、甘くて、怖かった。
* * *
夜は深まり、障子の向こうの月がゆっくりと傾いていく。
玄耀の腕の中で、瑤華は目を閉じたまま、彼の呼吸に耳を澄ませていた。
規則正しく、けれど時折わずかに乱れるそれが、彼も眠ってはいないのだと告げている。
「……起きているな」
「はい」
小さく答えると、彼の腕のちからがほんの少しだけ強まった。
「後悔しているか」
「いいえ」
自分でも驚くほど、迷いのない即答をしていた。
「なら、よい」
玄耀はそう言って、瑤華の髪に顔を埋める。
吸い込む息が、ひどく慎重だ。
「五年分だ」
「……なにが、ですか」



