月下の華 〜冷酷で最強の執行官は、殺し屋の少女を独占する〜

 たくさん考えた。これまでこんなに頭を使ったことはなかった。足りない頭で色々考えた。佳月が言ったこと、朧さまの教え、自分の価値。
 やっぱり、わたしには生きている価値がない。
 それが結論だった。せめて羅刹の任務をこなすべきだ。それしかわたしはわたしの価値を示せない。
 それに――羅刹はまた別の刺客をこちらに向けてくるだろう。そうなれば、佳月は殺されてしまうかもしれない。任務によってわたしが自ら手をかけて人を殺すのと、自分のせいで人が死ぬのは重みが違う。そんな気がするのだ。
 矛盾しているかもしれない。佳月を救おうと考えている自分は、もはや羅刹を裏切っているも同然なのだろう。
 逃げよう。もう一度、帝を殺し、失敗したら自害しよう。
 その日、佳月はわたしの処遇を検討する統制局の会議に出かけた。看守は最初の人間に交代となる。この男くらいだったら、簡単に誤魔化せる。
「すみません。お花を摘みに行きたいのですが」
 看守に声をかける。面倒そうに足の鎖を外し、手錠をかけて冷たい廊下に連れ出される。看守は男だから、用を足している間は隠れられるし、手錠も外される。そこから異能を使って逃げればいい。
 ――そう思っていた。
 背後から声をかけられ、背筋が凍る。
「逃げようとしているだろう」
 佳月だった。どうしてバレた? 会議で遠い場所に行っていたはず。領域支配も解除されるくらいの距離のはず。幽影結界の中で、佳月は自身の異能を範囲制限なしと言っていたが、そんなはずはない。異能というのも限度があるものだからだ。
 佳月はわたしを牢獄に拘束し直す。
「言っただろう、私の異能は範囲制限はないのだ。お前の心の揺れは必ず検知できる。……なぜ逃げる?」
「……わたしはやっぱり人を殺すことしかできません。でも、矛盾していることはわかっていますが、わたしのせいであなたが死ぬのは嫌なんです! 解放してください」
 佳月が眉を顰める。怒っている、そんな気がした。
「――心外だな。私の実力をもってして、殺されるわけがないだろう。逃げられると思うなよ。お前は私が守ると決めたんだ」
「どうして? なぜわたしに優しくするのですか? わたしなんかを守っても何にもならない!」
 自分はこんなにも大きな声を出せたのか、と頭の中は冷静にもそんなことを思う。
 何度話しても、この男とは分かり合えない。
「お前はそうやって自分の価値を否定して、楽になろうとしているだけだろう!」
 佳月も負けじと大きな声を出す。仕事人と呼ばれているから、寡黙なほうだと思っていたが、こんなにも感情豊かとは。
 なぜか心臓がドキドキとうるさい。
「でも、それでも、わたしは殺すか死ぬかしかないのです」
「違う! お前は本当は生きたいと思っている!」
「思ってない!」
「いや、思っている。昨日も言ったが、ここで生きたいと思ったから、帝の暗殺をためらった。殺さずとも存在を認めてほしいから、もう殺したくないと揺れたのだ。そうだろう? お前だって本当は気づいているのではないのか?」
「…………」
 目頭が熱くなってくる。泣くな、ここで泣いては負けてしまう。認めたようなものじゃないか。
「お前が自分の価値を否定したくなったら、私が何度でも言ってやろう。お前は生きていい。私と共に償いながら生きろとな」
 堪えきれなくなって、ほのかに温かい雫が頬を伝った。
「本当に、ここにいてもいいのですか? わたしは生きていていいのですか?」
「何度言わせるんだ」呆れたような顔をして笑う佳月。その顔が、どうしようもなく美しくて儚くて、心臓を掴まれてしまった。
「答えは決まったようだな。入団の手続きをしておこう。過去は作り替えておくから、心配するな。これでも裁量権は結構もっているのだ」
 話がどんどん進んでしまい、泣きながら呆気に取られる。
「草薙佳月。あなたはどうしてそこまでしてわたしを助けるのですか?」
 ずっと疑問だった。無意味な殺しをしない主義とはいえ、あまりにも噂と違いすぎる。
「決まっているだろう? 私はお前に惹かれているのだ。どうしようもなくな」照れたように微笑む佳月は、満月よりも美しく輝いていた。
 思わず固まってしまう。言葉が頭の中で意味を成さない。この人は、何を言って……?
 いつの間にか、佳月はわたしの目の前に顔を近づけ、甘い声で囁いた。
「たった今、お前は私の女になった。わかるな? 離れるだなんて許さぬ。何があろうと私の領域内に居ろ」
 こんな感情は初めてだ。心臓が高鳴って、何も考えられない――。
「そ、それは命令、ですか……?」
 佳月はクックと笑った。
「そうだな。これは命令だ」
 生きていけるかもしれない。この人となら――。
「感情が揺れているぞ? 男には慣れていないのだな」
「……そういうところで異能を使うのはずるいと思います!」
 掴んだ光は、とても温かかった。これを手放さぬよう、生きてみよう。この冷酷無慈悲とは程遠い男と共に――。