不眠の氷狼皇帝は、身代わり妃を手放せない

琳妃の追放劇から数日。後宮の静寂を破ったのは、茉莉花の実父だった。

「陛下!その女は我が家の不肖の娘、茉莉花です!正妃として差し出したはずの長女・芙蓉を、この娘が毒を盛って追い出し、入れ替わったのです!」

玉座の間。茉莉花の父は臆面もなく嘘を吐き、茉莉花を引きずり下ろそうと声を荒らげた。
茉莉花が寵愛を受けていると聞き、『役立たず』の次女ではなく『自慢』の長女を改めて送り込み、恩を売ろうという魂胆だ。

茉莉花は李信の隣で、顔を青ざめさせた。

「……お父様、そんな。私は、お姉様の代わりに……」
「黙れ!陛下、今すぐこの詐欺師を捕らえ、我が家の芙蓉を正妃に!」

李信は、頬杖をついたまま、退屈そうにその光景を眺めていた。
だが、その瞳の奥には、氷原を焼き尽くすような暗い火が灯っている。

「……身代わり?詐欺?くだらんな」

李信が低く笑った。その笑みの冷たさに、その場の時が止まるほど。

「私が愛しているのは、唐家の血筋でも、用意された女の肩書きでもない。……この、私を安らぎで満たす、たった一人の魂だけだ」

李信は立ち上がり、怯える茉莉花の肩を引き寄せ、公衆の面前でその額に深く口づけを落とした。

「貴様。私の茉莉花を『不肖の娘』と呼んだな。……万死に値する不敬だ。お前たちが彼女を虐げ、道具として捨てたことは、すでに調べがついている」
「な、……っ!?」
「茉莉花はもう、お前たちの娘ではない。私の……華国の宝だ。触れようとするどころか、その名を口にすることさえ許さん」

李信が軽く指を鳴らすと、背後の影から黒衣の魔術師たちが現れ、伯爵を拘束した。

「唐家は、皇帝に対する詐欺罪、および正妃への侮辱罪で取り潰しとする。……一生、冷たい地下牢で己の愚かさを悔いるがいい」
「待って、陛下!助けて、茉莉花ぁっ!」

見苦しく叫びながら連行されていく父の姿に、茉莉花は唇を噛んだ。
冷酷な処置。けれど、その根底にあるのは、自分に対する狂おしいほどの愛情なのだと痛いほど伝わってくる。

「……茉莉花。お前は涙すら甘いな」
「陛下……」
「あんな奴らのために、涙を一滴でも流すな。お前の瞳に映っていいのは、私だけだ」

二人きりになった寝室。李信は茉莉花を寝台へと押し倒し、覆いかぶさった。
逃げ場を塞ぐように、その大きな手が茉莉花の髪を梳く。

「……怖かったか?私のやり方が」
「……少しだけ。でも、守ってくださったのは、わかりましたから」

茉莉花が震える手で李信の頬に触れると、彼は恍惚とした表情で目を細めた。

「お前は優しすぎる。……だから、私が檻になってやる。誰もお前に触れられない、誰も傷つけられない、私だけの檻だ」
「陛下……」
「逃げようとしても無駄だぞ。お前が望まなくても、死ぬまでこの腕に閉じ込めて、愛し抜いてやる。……お前のすべてを、私に捧げろ」

それは愛の告白というには、あまりに重く、執着に満ちた宣言だった。
けれど、李信の胸に顔を埋めた茉莉花は、その激しい鼓動を聞きながら、心地よい降伏感に身を委ねていた。