「ですから、陛下。私が猫の餌になりますと、この子たちのブラッシングをする者がいなくなってしまいます。特にその子は長毛で毛玉ができやすい体質ですので、一日に一度は梳いてあげないと可哀想ですよ」
「……貴様、朕を恐れていないのか?不敬罪で首が飛ぶかもしれんのだぞ」
「首が飛ぶのは困りますが、陛下。先ほどの子猫への接し方を見る限り、陛下は『毛玉ひとつで心を痛める慈悲深いお方』だとお見受けしました。そんなお方が、無実の侍女を処刑して、子猫を悲しませるはずがありません」
「ぐっ……」
皇帝が言葉に詰まった。
図星だった。
彼は『冷徹』という鎧を纏うことで、後宮の粘ついた欲望から自分を守ってきた。
だが、その鎧の中身は、猫の肉球の匂いを嗅ぐだけで幸福の底に沈めるほどの、重度の愛猫家に違いない。
李白はバツが悪そうに視線を逸らし、抱えていた子猫をそっと小鈴の前へ差し出した。
火の明かりの下で見ると、子猫の額の模様は確かに小さな餅菓子みたいに丸い。
「……名は、なんという」
「この子は『おはぎ』と呼んでいます。背中の模様がぼたもちみたいでしたので」
「おはぎ……。ふん、妙な名だ。朕は『雷電』と名付けようと思っていたのだが」
ダサッ……センスが中二病っぽいです、陛下。
彼女が子猫を受け取ると、おはぎは慣れた様子で胸元へ鼻先を突っ込み、すぐに小さくゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
その音は、蝋燭の火より確かに温かい。
「なっ……!朕がどれだけ撫でても、一度も喉を鳴らさなかったというのに!」
皇帝の表情が、目に見えて崩れた。
悔しさより先に、わずかな嫉妬が混じるのが分かってしまって、小鈴は少しだけ笑いそうになる。
「陛下が先ほどのように、鼻息荒く『ちゅー』を迫ると、猫も緊張してしまいます。もっと、こう……無心になるのです。石鹸にでもなったつもりで」
「せっ、石鹸だと……?この朕に、石鹸になれと言うのか」
「はい。さあ、指先に力を入れず、耳の裏を……そうです、そこです」
促されるまま、皇帝は恐る恐る指を伸ばした。
爪を立てないよう、絹を撫でるみたいに。
耳の付け根をかすめると、おはぎの体から力が抜け、「にゃふぅ……」ととろけた声が零れた。
「……おおっ!」
李白の目が見開かれる。
「鳴いた!今、朕の指で鳴いたぞ、おはぎ(仮)が!」
「おめでとうございます、陛下。これで今日からパパですね」
「……パ、パパ……」
皇帝の唇が『パパ』の形に動いた瞬間、彼はハッと我に返る。
「……名はなんという?」
「……え……先ほど、『おはぎ』と……」
「違う!お前の名だ!」
「?小鈴、と申します」
名を告げると、何か考え込んだ後すぐに、咳払いをして冷徹皇帝の仮面を被り直す。
「コホン。……侍女・小鈴。貴様に命ずる」
「はぁ?」
「これより毎晩、この刻限にここへ来い。貴様が猫を呼び集め、朕がそれを……その、なんだ。視察(という名のモフり)を行う。これは国家機密だ。他言すれば、貴様の家系図から猫一匹に至るまで、後宮追放とするからな」
この皇帝は正気だろうか?
思わずそんな考えが過るが、小鈴に拒否などできる権利があるわけもない。
「かしこまりました。陛下との『密会』、謹んでお受けいたします」
「密会と言うな!語弊がある!」
蝋燭の火が、また小さく揺れた。
その揺れが、二人の間の距離だけを少し縮めた気がした。
こうして、後宮の片隅で『皇帝』と『下っ端侍女』による、奇妙な猫の世話が始まった。
「……貴様、朕を恐れていないのか?不敬罪で首が飛ぶかもしれんのだぞ」
「首が飛ぶのは困りますが、陛下。先ほどの子猫への接し方を見る限り、陛下は『毛玉ひとつで心を痛める慈悲深いお方』だとお見受けしました。そんなお方が、無実の侍女を処刑して、子猫を悲しませるはずがありません」
「ぐっ……」
皇帝が言葉に詰まった。
図星だった。
彼は『冷徹』という鎧を纏うことで、後宮の粘ついた欲望から自分を守ってきた。
だが、その鎧の中身は、猫の肉球の匂いを嗅ぐだけで幸福の底に沈めるほどの、重度の愛猫家に違いない。
李白はバツが悪そうに視線を逸らし、抱えていた子猫をそっと小鈴の前へ差し出した。
火の明かりの下で見ると、子猫の額の模様は確かに小さな餅菓子みたいに丸い。
「……名は、なんという」
「この子は『おはぎ』と呼んでいます。背中の模様がぼたもちみたいでしたので」
「おはぎ……。ふん、妙な名だ。朕は『雷電』と名付けようと思っていたのだが」
ダサッ……センスが中二病っぽいです、陛下。
彼女が子猫を受け取ると、おはぎは慣れた様子で胸元へ鼻先を突っ込み、すぐに小さくゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
その音は、蝋燭の火より確かに温かい。
「なっ……!朕がどれだけ撫でても、一度も喉を鳴らさなかったというのに!」
皇帝の表情が、目に見えて崩れた。
悔しさより先に、わずかな嫉妬が混じるのが分かってしまって、小鈴は少しだけ笑いそうになる。
「陛下が先ほどのように、鼻息荒く『ちゅー』を迫ると、猫も緊張してしまいます。もっと、こう……無心になるのです。石鹸にでもなったつもりで」
「せっ、石鹸だと……?この朕に、石鹸になれと言うのか」
「はい。さあ、指先に力を入れず、耳の裏を……そうです、そこです」
促されるまま、皇帝は恐る恐る指を伸ばした。
爪を立てないよう、絹を撫でるみたいに。
耳の付け根をかすめると、おはぎの体から力が抜け、「にゃふぅ……」ととろけた声が零れた。
「……おおっ!」
李白の目が見開かれる。
「鳴いた!今、朕の指で鳴いたぞ、おはぎ(仮)が!」
「おめでとうございます、陛下。これで今日からパパですね」
「……パ、パパ……」
皇帝の唇が『パパ』の形に動いた瞬間、彼はハッと我に返る。
「……名はなんという?」
「……え……先ほど、『おはぎ』と……」
「違う!お前の名だ!」
「?小鈴、と申します」
名を告げると、何か考え込んだ後すぐに、咳払いをして冷徹皇帝の仮面を被り直す。
「コホン。……侍女・小鈴。貴様に命ずる」
「はぁ?」
「これより毎晩、この刻限にここへ来い。貴様が猫を呼び集め、朕がそれを……その、なんだ。視察(という名のモフり)を行う。これは国家機密だ。他言すれば、貴様の家系図から猫一匹に至るまで、後宮追放とするからな」
この皇帝は正気だろうか?
思わずそんな考えが過るが、小鈴に拒否などできる権利があるわけもない。
「かしこまりました。陛下との『密会』、謹んでお受けいたします」
「密会と言うな!語弊がある!」
蝋燭の火が、また小さく揺れた。
その揺れが、二人の間の距離だけを少し縮めた気がした。
こうして、後宮の片隅で『皇帝』と『下っ端侍女』による、奇妙な猫の世話が始まった。


