無華の花嫁

父と継母からはもちろん、残された数少ない使用人たちと目が合うことすら許されない。
私はまるで、この屋敷に最初から存在しない子供のように扱われた。
呼ばれもせず、数にも入れられず、そこに『いる』のに『いない』。

それでも使用人たちを心から恨めないのは——
わずかばかりでも前日の食事の残りを、人目につかぬ場所に置いておいてくれた人がいたからだ。
冷えた飯でも、欠けた漬物でも、あれがなければ私は飢えで倒れていた。
見ないふりという形の優しさに、命を繋がれていたのかもしれない。

屋敷の冷え切った空気のせいか、継母の派手な浪費のせいか。
使用人は少しずつ、けれど確実に減っていった。
辞めていく背中を見送るたび、私は『次は自分の番だ』と言われている気がした。
——この家から追い出されれば、私はどこへ行けるのだろう。

そして私が成長するにつれ、その分の雑務が当然のように私へ押し付けられ始めた。
屋敷の掃除、洗濯、炊事の下働き。壊れた箒の穂先、擦り切れた雑巾、冷たい水。
働いても働いても、私は『役に立つ』ためではなく『罰を避ける』ために動いていた。

日が昇るより遥か早く起き、誰にも見つからないように屋敷中を隅々まで掃く。
廊下の軋み一つが怖くて、足裏の感覚だけで板目を探り、息も殺す。
そうしないと、継母と顔を合わせた瞬間に、激しく、そして長い叱責が飛んでくるから。

叱責の間、私は動くことも、口を挟むことも許されない。
ただ頭を垂れて立ち尽くし、言葉の刃が通り過ぎるのを待つ。
そのせいで掃除が遅れれば、今度は容赦なく物が飛んで来て、私の身体を打った。
湯呑み、帯締め、簪——何でもいいのだ。私を痛ませられれば。

昼間は蔵の中で、息を殺すように過ごす。
あの人が残してくれた手習いの本は、もう何度も読み返しすぎて頁が抜けかけている。
それでも捨てられない。
文字を忘れないように、私はただ、ひたすらに眺めていた。
『いろは』より先に覚えたのは、『ごめんなさい』と『黙れ』だったけれど——
それでも、文字を追う時間だけは私のものだった。

日が沈む頃、私は自分が入れない、継母と百合のための熱い風呂を沸かす。
薪が爆ぜる音、湯気の匂い、温まっていく湯の揺れ。
それらはすべて、私のためではない。
私以外の全員が湯に入り終え、屋敷の明かりがほとんど消える頃になって、やっと私は小さく丸まり、薄い布団に包まって眠りにつく。
冷えた身体を抱え込むようにして。
眠っている間だけが、叱責の声から逃げられる。

この絶望的な暮らしの中で、何より私の心を抉ったのは、二歳下の妹——百合の存在だった。

私には一生通わせてもらえない学校に、百合が通い始めたあたりから。
百合は、継母が私に向ける刺すような言葉を、無邪気に、笑いながら真似するようになった。

「お姉さまは、この家にいらない人間なのよね」
「ねえ、なんで生きてるの?」
「だって、価値のない『無華』なのに」
「本当に気味の悪い眼」

それは新しい玩具を手に入れた子供の遊びみたいに、百合にとって飽きることのない楽しみになっていった。
最初はただの真似だった言葉が、いつしか私を傷つけるための刃に変わる。
——私が痛がれば痛がるほど、百合は面白がる。そういう顔を覚えてしまったのだ。

もし私が、その心ない言葉に耐えかねて涙をこぼそうものなら、百合は手を叩いて笑い、継母は「百合を悪者にする気か!」と容赦なく打擲を飛ばした。
泣いても殴られ、泣かなくても殴られる。
ならば、泣かないほうがましだ。
そうやって私は、感情の使い方を捨てていった。

感情を殺し、黙って耐える。
それが、この地獄の家で生きるための唯一の術だと悟るのに、時間はかからなかった。

気がつけば、この仄暗い蔵が、息苦しい屋敷の中で私にとって唯一『落ち着ける』空間になっていた。
皮肉だ。閉じ込められるための場所が、私を守る場所になるなんて。
もう何年も、私はこの四畳半で、誰にも見つからないように生きてきたのだから——当然なのかもしれない。