無華の花嫁

蔵に閉じ込められるたび。
継母から、人並み以上の用事を言いつけられるたび。
継母の目を盗み、気にかけてくれる彼女の存在が、当時の私にとってどれだけありがたく、切実だったか。

学校に通わせてもらえない私のために、庭の隅にしゃがみ込み、木の棒で土にひらがなやカタカナ、簡単な算術を教えてくれた。
「ここは、はねるのよ」と、小さな声で笑って。
周囲の目を盗むように、擦り切れた手習いの本も用意してくれた。
ページをめくる音が、宝物の鈴みたいに聞こえた。

気がつけば私は、彼女のことを本当の姉のように慕っていた。
触れてはいけないものに触れてしまったみたいに、彼女の温かさが忘れられなかった。
——人の温もりは、こんなにも怖くて、こんなにも甘い。

けれど、そんなわずかばかりの幸せも、『無華』である私には許されなかった。
彼女と私との関わりが、残酷にも継母に知られてしまったのだ。

「この!卑しい盗人が!!!」
「申しわけありません!!奥様!!どうかお許しを!」
「やめて!!私が悪いの!お願い!!もうしませんから!!」

平伏して頭を下げる彼女に、容赦のない叱責と罵倒が霰のように降り注ぐ。
庇おうとする私の存在すら気に食わないのか、熱いお茶の入った湯呑みが唸りを上げて飛んできた。

「……!あっ!!」
「お嬢様!!」

私を庇うように、彼女が一歩前に出た。
無意識に、私を『お嬢様』と呼んでしまったその一言に、継母はさらに腹を立て、日付が変わるまで罵倒は続いた。
彼女への言葉は刃になり、私への打擲は、体だけでなく心まで叩き潰していく。

「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……」

翌朝、彼女は大きな荷物を抱え、屋敷の玄関に立っていた。
私は泣き崩れることしかできない。
止める力も、守る力もない自分が、ただ惨めだった。

そんな私に、彼女はいつもと変わらない困ったような顔で、けれど慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、視線を合わせるように膝を折ってしゃがんでくれた。

「お嬢様のせいではありません。どうか、ご自分を責めないでください。
いつか……お嬢様を心から大切にしてくれる方が、きっと現れますから……!」

その言葉は、冬の底で見つけた小さな火種みたいに、胸の奥に残った。
消えそうなのに、消えない。だから余計に痛い。

彼女と会ったのは、それが最後だった。
そしてその日から、あの仄暗い冷たい蔵が、私の『部屋』となった。