【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜

「新しい妻だ」

父は私に一度も目を向けず、使用人に向けて言い放った。
その背中に、私は縋る場所を探すように見つめた。

愚かだとわかっていても。

父親の『妻』ということは、私の『母親』ということ?
一緒にいる子は私の『妹』?
実の『母親』からもらえなかった愛情を、もしかしたら、ほんの少しだけでも『新しい母親』からもらえるかもしれない。

そんな、絶望の底で生まれたか細い期待から。
決して部屋から出るなという厳命を破り、ある日、私は『新しい母』の部屋を訪れてみた。

そこには、幼い妹に優しく微笑みかける『新しい母』の姿があった。
聖母のように穏やかで、陽だまりみたいな笑み。
その一瞬だけ、世界が暖かい場所に見えた。

ほんの少しでもいい……。
その温かい微笑みが自分にも向けてもらえるような気がして、震えるようなか細い声で話しかけてみた。

「おかあさま」

初めて『新しい母』の視界に入れたかと思った次の瞬間。
部屋の障子が外れるほどの凄まじい勢いで、私は部屋の外まで吹き飛ばされた。
背中が柱にぶつかり、肺の空気が一気に抜ける。息が、できない。

何が起きたのかわからないまま、激しく痛む胸を押さえながら、よろよろと起き上がる。
視界がぐらりと揺れ、涙が勝手に滲んだ。

目の前には——先ほどまで聖母のような笑みを浮かべていた『新しい母』が、顔を赤黒く歪ませ、鬼のような形相で私を見下ろしていた。

立て続けに、左右の頬へ。
乾いたものを叩きつけるような衝撃が、次々に襲いかかる。
音が遅れて聞こえ、痛みが遅れて燃え上がる。世界が白く弾けた。

あまりの形相と暴力に、言葉を失ってしまう。
謝らねばと思っても、震えすぎて上手く言葉が出てこない。
目に溜まる涙は、すぐに大粒の雨となって溢れ出て、畳に落ちた。

それでも、継母からの罵倒は止まらない。

「お前の!誰が『無華』の母親か!!!!!」
「……!やめ……やめてっ!ごめ……ごめんなさいっ……!」
「その醜い眼で見上げてくるなっ!!!!」

止むことのない頬への痛みは、私がぐったりとして、もう二度と動かなくなるのではないかと思うほどに続いた。
それでも私は、ただ謝った。
赦されるはずもないのに、赦しを乞う癖だけが、体に染みついていた。