無華の花嫁

井戸から汲み上げる水は、身を切り裂くほど冷たい。
桶に触れた瞬間、指が『痛い』と悲鳴をあげる。
冷たさは水ではなく刃物みたいに皮膚を割り、骨へ染み込んでくる。

たった二枚の着物を洗っただけで、手はたちまち真っ赤に腫れ上がり、指先の感覚はとうのとうに消えていた。
石鹸の泡も、絹の滑らかさも、もうわからない。
ただ布を握り、叩き、絞る——その動作だけが残る。

時折、かじかむ手に「はあ、はあ」と熱い息を吹きかけ暖を取るけれど、その温もりは数秒と持たず、すぐに手がガタガタと制御できずに震えだす。
震えが肩まで伝わり、歯の根がかちかちと鳴った。

ふと、どんよりとした鉛色の空を見上げる。
粉雪のような細かな雪が、ぱらぱらと音もなく降り始めてきた。
まつ毛の先に一つ、ふわりと乗って、すぐに溶ける。

洗っている着物は上等な絹だ。袖を撫でれば、つるりと指が滑っていくはずの肌触り。
けれど私が身に纏う着物は、何度も何度も洗い晒され、ほつれを直し、無理に裄丈を伸ばした結果、せいぜい肌襦袢より幾分かましだろうという程度の薄い布切れ。
継ぎ当ての縫い目は硬く、冷えた糸が肌に刺さる。

指だけでなく、腕も足も、そして歯までが、カチカチと音を立てて冷たさを訴える。
寒さは『寒い』という感覚を越えて、体の内側から、静かに削ってくる。

すぐ隣の母屋から、暖かそうな一家の賑やかな笑い声が響いてくる。
湯気の立つ茶碗、炭火、甘い菓子の匂い——見たこともないのに、想像だけで胸がきゅっと縮んだ。

胸の奥から何かが込み上げてくる。悲痛のような、悔しさのような、羨ましさのような。
けれど私は、その感情に慣れきってしまった蓋を、静かに心に閉じた。
開けたら、もうもとには戻れない気がしたから。

思えば、あの日もこんなふうに、雪がしんしんと静かに降っていた。