中宮は笑えなかった


 中宮君から教えてもらった過去の中宮についてだけど、この真実を中宮本人に伝えるべきなのかどうか、俺は悩んでいた。
 中宮が俺を傷つけるようなことをするのが想像つかない。殺すなんてもってのほかだ。でもそれは記憶のない状態だからってだけで、もし過去の話を中宮が受け入れて記憶を取り戻したとしたら、今の中宮が俺の知ってる中宮のままでいてくれるのか自信が持てなかった。だって中宮君から聞いた中宮は全然知らない人の話だったから。

 変わっちゃうのかな。じゃあ、今ままでの中宮は偽物だったってこと?
 俺の友達の中宮は本当は存在しないってことなのか?

 そんなの悲しくて、寂しくて、ぎゅっと胸が苦しくなる。記憶を取り戻すその時まで確認のしようがないことだから、不安と一緒にゴールが決まっていないマラソンを走り続けなければならない感覚だった。
 やり場がない……解消のしようがないし、心が消耗するばかり。
 何か打開策はないかと悩んでいると、ふと中宮君のことを思い出した。

 そういえば中宮君って、結構思いついたら即行動の人だよな……。

 山に行ったり団地に行ったり家に招いたり。頭の中での計算が早い分、やってみようと動き出すのも早いのかもしれない。中宮について色々わかったのも中宮君発信だったと思うんだ、俺一人だったら怖がって足踏みしてるだけで、ずっと二人で街灯の下で話しているだけだったかもしれない。
 そうか、中宮君みたいに動き出さなきゃこの不安を抜け出せないのかも。だって答えなんてその時にならないと見つからないんだから。
 だったら俺は次にどんな行動に移すべきだろう。なんでもいい。こうしなきゃいけないとか、こうすれば良いとか、そういうことじゃなくて、何かヒントがあるかもしれないくらいの、行ってみよう、くらいの何か、どこか……そうだ、山とかはどうだ? 前回は案内されるままに歩いてたから、もう一度一人で行ったら何か違う発見があるかもしれない。

「……よし、行ってみよう」

 そう心に決めた翌日。俺はバスに乗ると例の“山道入り口”のバス停で降りた。その先にはあの日と変わらず、山の奥へと続く狭くて荒い登り坂が続いている。
 学校が終わってそのまま来たからまだ空は明るいけれど、すぐに太陽が沈み山の中は木に覆われて真っ暗になるだろう。遅くなる前に行くぞと心を決めて、一歩一歩踏みしめるように山の中に入っていった。

 少し不安だったけど、中宮が落ちた事故現場までは一本道だったから迷うことなく、しかも前回より早く辿り着くことができた。多分、なんとなく怖くて無意識に早足になってたからだ。その証拠に今、あの時より息が上がって額に汗が滲んでる。右手で拭うと、来た道を振り返って確認した。

 よし、一人でも来れたぞ。

 達成感を自信に変えて、欠けるように崩れている崖の縁から下を覗き込んでみる。するとやっぱりあの日と同じで葉や木の枝が視界を遮って下の地面が見えなかった。伸び放題になっている草もそれを手伝っていて、それはもう自由というより、無秩序といった感じ。
 それに暖かい時期の今は虫たちも元気で、さっきから名も知れない虫がよく飛び回っている。虫に自由にされるのは怖いけど、でもここでなら不思議とそこまで気にならなかった。中宮はここで虫を捕まえて家で飼ってたらしいから、こういう虫の名前もあの二人なら全部わかるのかな。

 カサッ、

「!」

 背後で何かが動いた音がして驚いた振り返ると、小鳥が一羽、木の枝に止まっているのが目に入った。なんだ鳥かと安心すると、普段見ない鳥かも、なんて、二人のことを考えてた影響からか、観察してみようと興味が湧きあがる。けれど俺の視線に気づいた小鳥は目が合ったと思ったら、そのままパタパタと飛び去っていってしまった。
 どこかからピーピーと鳥の鳴く声が聞こえてくる。さわさわと風が通り抜けていく音も。どれも前回来た時には気づかなかったものだ。

「……ここに、中宮たちはよく来てたんだもんな」

 虫も、動物も、空気も、ここでは違うものになる気がした。あの二人が見ていた景色が今、なんとなく見えた、というか。

「そりゃ、生き物が好きになるよな」

 この場所には知らない自由と、知らない命が溢れている。そう、心が受け取った瞬間、ふと頭の中で中宮君の声が聞こえてきた。『尊は、自分で飼った動物を殺してここに埋めてたんだ』と。

「……好きだから、やってたんだっけ」

 好きだから知りたくて殺していたのだと中宮君は言っていた。それを聞いた時、俺は本当に中宮のことなのか?と信じられない気持ちで頭の中が真っ白になってしまった。そういうのって連続殺人犯の過去とか、そういう分野の話だろ?みたいな、現実の友達の話としての理解がこれっぽっちもできなかったのだ。でも、中宮君はそれが中宮の気質だという。そういう人間性を持った存在なのだと。
 だったら中宮と向き合う上で、見ない振りをするわけにいかない部分だ。本気で中宮と向き合う気持ちがあるのなら。

「……この下は見えないけど、中宮はそこに居たんだもんな」

 もう一度落ちたと聞いた部分から下を覗き込むと、やっぱりかなり急だった。下に下りるのは危ないからやめた方がいいというのは真っ当な意見だろう。
 ……でも、中宮が落ちたあの日、中宮君はそれでもそこに向かったんだ、別の下りられる場所を見つけ出して。
 だったら俺にもできるはず。中宮のことが知りたいなら、俺もそこへ踏み入れることができるはず。もしかしたらそこに新しい何かがあるかもしれない。

 ……やってみよう。

 そして下りられそうなところはないかと辺りを見渡すために頭を持ち上げた、その時だ。
 ドンッ、と、突然背中に強い衝撃を受けた。

 「っ、うわっ!」

 ぐらりと体が傾き、咄嗟に足を踏ん張るとなんとか持ち堪える。……危ないところだった、覗き込んだままだったら落ちてたかもしれない。
 慌てて振り返ったけれど、そこには誰も居ないし何もなくて、その現状に、そうだよな、そのはずだと思う頭と、だったらなんで?と思う心がチグハグで、だからこその一つの答えが見つかる。

 俺がまた、何かをここに呼んでしまったんだ。

 俺をここから落とすために、きっとそれは現れた。だって俺は今ここから落ちたことについて考えていたから。死んだ中宮と同じところへ行こうとしていたから、だからその何かから“死んだ者と同じところへ行く”という部分を拡大解釈されて落とされそうになったのかもしれない。それこそ、中宮みたいにここで死んだ幽霊の仕業とか——、!
 急にゾッと寒気がして、全身の鳥肌が立ち上がる。ゾワゾワと、何かが居る気配を感じる。嫌な感じがする!
 とにかくここを急いで離れた方がいい!

 慌てて崖から離れて反対側の山肌にピタリと体をくっつけると、ジッと辺りを警戒した。きっとまだ見えないその何かは俺を崖から落とそうと狙っていると思ったから。とりあえずそのまま山側をゆっくりと歩き出して、来た道を引き返すことにする。
 が、嫌な気配が消えない。ずっと居るのだ。するとまたドンっと何かがぶつかってきて、今度はその衝撃で山肌に強く押し付けられた。

「痛っ、……なんでこっちに?」

 どうやら崖の方へ突き落とそうとしているわけではないらしい。だとしたらなんだろうと考えつつ歩き出すとまたぶつかった。ぶつかった? そうか、押されてるんじゃなくてぶつかってるんだ。
 じゃあなんでこんなにぶつかるんだ? 俺しかいないこんな山道で。何にぶつかってる? あ、誰かが俺の隣を一緒に歩いてる? 

 と、それに気づいた途端、目に見える世界が変わった。
 ずらりと並ぶ列を見てしまった。この狭い道をずっと、山の奥に向かって続く列を。

「ひ……っ、」

 人だ! 真っ白な目をした表情のない人たちが、真っ直ぐに並んで一本道を歩き続けている!

 思わず声が出ると、声に気づいたその人たちが一斉にこちらに振り返り、その死んだ魚のような白い瞳の全てが俺に向けられる。その光景は不気味なんてものじゃなくて、気づけば俺は弾かれるようにその人たちと逆の方向へ一目散に駆け出していた。

 ヤバい……っ、ヤバい、ヤバい! 早く山をおりないと!
 目指すのは入り口だ。山はずっと一本道だったから、ただ来た道を戻るだけでいい。そう遠くないはずだからすぐに抜けられるはず!
 ——それなのに、走っても走っても道の終わりが見えて来ない。なんで? そんなはずがないのに。どこまで行っても列が続いていて、並ぶ人間の目がずっとこちらを向いている。ずっと、俺を監視するように。

「——そっちじゃないだろう」

 声がした。頭の中に染み渡るように響いた、男の低い声。
 その声で、ようやく今起こっていることを理解することができた。この幽霊たちは俺を山の奥へ導いているのだと。この列に加われと言われているのだと。
 そんなわけにはいかない。だってここには幽霊しかいないのだから。死んだ人たちが向かう先なんて決まってる、これはいわゆる死者の列だ。その先に生きてる人間が辿り着いてしまったら、きっとこの世に戻ってくることはできないだろう。

 どこで知ったかわからない内容にまたゾッとしながら必死に逃げ場を探していると、視界の隅に見慣れない何かが現れて、ハッとそれに目をやった。それは前回来た時も今日上っていた時も一度も見ていない、あるはずなんてない小さな山小屋だった。
 なんでこんなところに?なんて考える間もなく、目に入ったその山小屋へと転がり込むと慌てて扉を閉めて、隅で小さくなって息を潜めた。
 ……良かった、とりあえず隠れるところが見つかった。今はここで列が途切れるのを待ってみよう。
 きっとこの列だっていつか終わるはずなんだ。そうすればきっと、山を下りることができるはずだから。
 ——ところが。

 ガサ、ガサ、

 近くで、音がする。

 ギシッ、

 さっきと違う音だ。歩く場所が変わったみたいな——、

 ミシ、ミシ、
 
 まさか、小屋の外側?

「! な、なんで……?」

 音の正体を確認しようとそっと窓の外を見ると、先ほどの幽霊たちが今度は家の周りをぐるりと回ってから山の奥へと向かうよう、列の通り道を変えていた。ゾロゾロと、連なった幽霊たちが山小屋を囲んで歩いている。俺がここに居るのを確認でもするかのように。

 こんなの……どうしろっていうんだよ……。

 小屋に閉じ込められたのだ。見逃すつもりはないと示されているのかもしれない。終わるまでここで待とうと思ったけど、そう悠長なことも言ってられないのかも……どうしよう、思い切って外に出た方がいい? でも山からの出方もわからないままだし、この列の先になんて絶対に行ったら駄目だ。壁の外から圧を感じるのは俺の気のせい? 見えない人にはこんなことは起こらないのだろうか。もしかして俺だけ? 俺だけ、なんでこんなことに、どうしたらいいんだよ……!

 ダンッ!

「——そっちじゃないだろう!」
「っ!」

 怒ってる! 怒って扉を叩いてる!
 早く出てこいってことか? てことはこの家には入ってこれないってこと?
 だったら朝までここに居る覚悟を決めるべき?

 扉に釘付けになる視線をそっと窓の外にもう一度移した。無意識に他に希望がないか外側の様子に縋ったのだと思う。もうここに居るしかないと心を決めるためにも必要なことだったから。
 でもそこで目に入ったのは——、

「中宮……?」

 列がぐるりと小屋を囲んでいるから、窓の外を歩く幽霊が見える。その列の中に、中宮が混ざっていた。ぼうっと白い目をして、他の幽霊と同じように。

 嘘だろ、なんでここに?
 
 なんでかなんてさっぱりわからなかった。でも中宮の意識はどう考えてもない状態だ。もしかしたら連れ攫われてる? このまま中宮をよくないところへ連れて行こうとしてるんじゃないだろうな、だって中宮はぼうっとしてしまって自分でコントロールできない自分がいるから。その間に好き勝手されてるんだとしたら助けないと。いつも助けてもらってるみたいに、今度は俺が助けないと!

「こっちだ!」

 気づいた瞬間、窓を開けて大声で中宮を呼んでいた。すると声が届いたのか、ピタリと中宮が足を止める。けれどそれは中宮だけじゃない。その俺の声かけで他の幽霊たちも一緒に足をとめて、全員が一斉にこちらへ顔をぐるりと向けたのだ。
 ハッとして、慌てて窓とボロボロのカーテンを閉めて、部屋の隅に逃げ帰った。もう少し考えてから行動するべきだったのに。ここは小屋の中だ、もし中に入られたら逃げ場なんてない。中宮だって流石にこの大人数に追い詰められたらどうにもならないだろうし、俺の仲間だとバレたらいけなかったかも。名前は呼んでないからきっとまだ大丈夫だよな? でも中宮も俺だと気づかなかったかも? もっと中宮にだけ伝えられる何かの方法をとればよかったんだ、そんな方法なんて今は思いつかないけど大声で叫ぶよりはきっと良かったはず。

 コンコン

 窓が叩かれる。絶対に反応しては駄目だとじっと息を潜めていると、

 コンコン

 今度は扉が叩かれた。まるで俺の反応を確認しているかのように、それは続く。
 入ってこれないはずだ。入ってくるならもっと早くできたはずだから。でも、本当に? さっきまでと違うこの冷静さを感じる反応。怒りをはらんで力に任せるでもない、威嚇を目的にするでもない、コンコンと続くこのノック音。

 本当に、入ってこれない奴の反応か?

 心臓の音がうるさくて、眩暈がした。このままじゃヤバい、どうにか逃げないとと思う。助けてと願う。声を呑み込みながら、勝手に心の中で名前を呼んでしまう。思い浮かべてしまう。外に居るはずの、俺の知ってるあいつに、助けてと。

 そして、

 ガチャッ

 ついに扉が開かれる音がして、張り詰めた何かが弾けたような感覚で扉に向かって駆け出していた。もう頭の中はパニックで、どうしたらいいのか冷静になんて考えられなくて、とにかく追い詰められたらおしまいだ、という咄嗟の判断だった。
 ドンッと、ぶつかる。
 そりゃそうだと、その瞬間冷静さが戻ってくる。さっきから実体があるみたいにぶつかってるんだから、そこに居るなら通り抜けられるわけがない。
 判断を間違えた。終わった。失敗した。もう駄目だ——絶望一色に支配されていると、

「やっぱり、木内君だ」

 その声かけに、ハッと目の前の存在が目に入った。無表情のその顔と目が合う。中宮だ。
 俺がぶつかった幽霊は中宮だったのだ。

「な、かみや……」

 その途端、込み上げてくる安堵感に冷たくなっていた心が温められていく。もう目も白く濁ってない、いつもの中宮だ。その安堵感は氷のように強張ったそこには熱いくらいで、寒暖差に俺はやられてしまった。

「あ、泣いてる」
「……悪いかよ」
「いや、そんなに怖かったんだなって思って」

 そして、「助かって良かったね」なんていう変な心の寄り添い方をされて、涙が引っ込んだ。イラっときたので。でもこの間みたいに手を出したりなんてしない。

「……気づいてくれて良かった、ありがとな」

 俺だって成長しているのだ、かっこ悪いままでなんていられない。目を見ることはできなかったけど十分だろう。
 そんな俺の心境や態度の変化に気づく素振りもなく、「どういたしまして」といつもの調子で淡々と答える中宮は中宮だった。そうそう、これだよな。これが俺の知ってる中宮だ。

「木内君はなんでこんなところに居るの?」
「山を出ようと思ったんだけど出られなくなって。逃げてるうちに山小屋が見つかって隠れてたんだよ。てか、お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「だって列抜けて俺のとこ来たんだよな? 他の幽霊たちだいぶ怒ってたし……っ」
「列?」

 どうやら状況を把握していないらしい中宮と一緒に中宮の背後、扉の外側を確認すると、ギョッとした。変わらずぐるぐると小屋の周りを囲うようにしていると思った幽霊たちが、順番を待つみたいに中宮の後ろにピタリと並んでいたから。全員、足を止めてこちらをジッと睨みつけている。そこから早くしろと、どこか急かすような圧を感じる。

「中宮……まだ居る。ど、どうしよう……」
「……なるほど。この列に僕は居た?」
「居た」
「そっか。まぁ、そういうことだよね。みんな止まっちゃってるし」

 止まっちゃってる、と言われて気がついた。確かに今までずっとこの幽霊達は列に合わせて進み続けていたけれど、今中宮が止まってるせいで後ろの幽霊たちも足を止めることになってしまっているようにも見えないことはない。
 もしかして、それがこの圧の原因?

「すみません、僕はここで外れます。あっちです」

 中宮が山奥へ続くルートを指さすと、列の幽霊たちが一斉にそちらを向いたと思ったら、一瞬にして元の一本道へと戻っていった。まるで何ごともなかったかのように。

 ……なんとかなった、のか?

 緊張から解き放たれるとへなへなと力が抜けて、しゃがみ込む俺の隣で屈んだ中宮が俺の顔を覗き込む。多分、心配してるんだと思う。

「……どういうこと?」

 そう訊ねながら手を差し出すと、中宮が立ち上がるのを手伝うように引っ張ってくれた。

「みんな向かう先があるんだよ。でも意識がぼんやりしてるから迷子にならないように前の人について歩いてるんだ。大事なことなんだよ」
「だから列に入ってないで何度もぶつかった俺は怒られたってこと?」
「怒られたの? まぁ、無意識に協力してやってることだから、列を崩したら怒られるかもね。さっきみたいに伝えれば良かったんだよ」
「そんなのわかるかよ……」

 じゃあつまり、この中宮の言い方だとあの人たちは良い人というか、良い幽霊ってこと? だってこの世に恨みが残ってるとか、やり残したことがあるとか、そういうわけじゃないってことだ。無理に誰かを巻き込んでやろうとしているわけでもないってこと……でもそこに、中宮も混ざっていた?

「じゃあ中宮も、あの人たちと一緒に成仏しようとしてたってこと?」

 まさか、そうだとしたら、

「俺が邪魔しちゃった……?」

 助けてって心の中で叫んでしまったから。その声が中宮に届いてしまったから。だから中宮は列を離れてここに来てしまったのだとしたら、俺のやったことは一番中宮のためにならない。いけないことだった。

「俺のせいだ……」
「違うよ、木内君。僕は木内君の声で意識がはっきりしたんだから。多分この列を歩くのは全員この山で死んだ人で、成仏するための道を探し続けて過去からずっと繋がってる列なんだと思う。条件に当てはまれば勝手に参列させられるんだよ、僕の意思じゃない」

 そして、「ちょっとここを出ようか」と言われて山小屋の外に引っ張られると、一歩外へ出た瞬間、振り返ったそこにあるはずの山小屋が消えて無くなっていた。

「きっと昔はここにあったんじゃないかな。誰かの過去と混ざり合ったのかも」
「誰かの過去……?」
「そう。みんなこの山で死んでるから、この山に思い出がある。それがここで再現される。もしかしたら今の木内君みたいに小屋に追い詰められて閉じ込められた人も居るのかもね」
「怖いこと言うなよ……」
「でもみんな成仏しようと頑張ってるから偉いよ。あれについてったら本当に成仏したのかな。でも全員じゃないのかも、ずっと歩いてる人も居そうだったから。条件に当てはまるまで歩き続けることになるのかもね」
「成仏の条件ってこと?」
「あると思うよ。じゃないとこんなに幽霊が列を作ってるなんておかしいでしょ? 僕はいつから混ざってるんだろうな。木内君の声に気づかなかったらいつまで歩いてたんだろう……」

 そう言って遠くを見つめる中宮は、山で死んだ人だということと、過去から繋がってることだということには確信を持っているようだったけど、中宮自身のことは自分でもぼんやりしているみたいでわかっていないようだった。
 そして、

「じゃあ、僕はこの山で死んだんだね」

 そう確信を持った強さを含んで、一言呟いた。受け入れたのだ、その事実を。

「……ここが前に言ったお前と中宮君がよく来てた山なんだよ。それで、崖から足を滑らせたって。でもその話をした時に拒否感があるって言ってたよな?」
「うん。まぁ、今だって嫌な感じはあるけど、納得したから。この列に並んでたんなら受け入れるしかないよ。だってこの列はそういう列だ。だから木内君」

 中宮は決意を込めた瞳で俺を見る。

「現場に連れて行って」