俺の覚悟を受け取った中宮君に案内されたのは、中宮君の家の裏庭だった。手入れの行き届いた庭の一角に倉庫が置かれている。よく普通の家でも見かける市販のやつだ。その隣には長方形の花壇があって、いろんな種類の花が植えられていた。
「この花壇、尊が管理してたんだよ。今は代わりに僕が世話をしてる」
確かに。亡くなってからも大切に育てられているのがわかる、綺麗な花壇だった。
けれど、
「何か気づかない?」
中宮君はそう俺に訊ねてくる。てことはこの花壇には何か秘密があるということ。なんだろう……花には疎いからな。
「……ごめん、綺麗なことしかわからない」
「ははっ、うん。綺麗だよね」
「なんかいろんな種類の花が咲いてるなとは思う。詳しくないからわかんないけど、あんまり見たことないやつもある、かも」
「うんうん。そうなんだよ。いろんな種類が植わってるから、時期によって咲いてるのと咲いてないのとバラバラなんだ」
「あ、言われてみれば不自然に植ってない部分もあるんだな。さっきの標本は種類も配置も完璧に揃ってたのに」
几帳面を形にした部屋の様子に、完璧を求めた標本の内の配置。やっぱり花壇の植物は生き物だから思ったように揃えるのが難しいのだろうか。
……でも、この兄弟がそんな理由で仕方ないとこだわりを捨てるようには思えない。
「わざとこうしてる? というか、理由があるのかな。今咲いてる花も全部バラバラだから、咲く時期が同じでも同じ種類の花で揃えてるってわけでもなさそうだし……」
「ヒントは、さっきのアルバムかな」
「さっきのアルバム……」
アルバムの中の写真に収められた動物たちのことを、以前飼っていた、と言っていた。剥製なんて簡単に作れないから、とも。
虫が標本なら、動物は剥製にってことだ。死んでしまうのが悲しくて、だけど剥製にはできなくて、それで元気に生きていた頃を写真に収めて形として残して、その写真がこの花壇と関係している……この花壇の花たちは季節に合わせて植え替えられるわけじゃない、合わせないで植える必要があった? 咲く季節がバラバラだから揃えられなかった? 植えたいのに植えられない、植える時期が決まっている? ヒントは、アルバム。写真としてしか残せなかった動物たち。死んでしまった、体を残せなかった動物たち——もしかして。
「ここは、お墓……?」
ハッと中宮君へ目を向けると、中宮君はニコリと笑った。
「ここには何匹かのハムスターとインコと、犬と猫も居るね。それぞれが死んだ時に綺麗に咲いていた花を植えてるんだ、忘れないように。だから同じ時期に死んだとしてもその時の感じ方で違う花を植えてるんだよ」
「……そうなんだ。じゃあここには中宮の家族がたくさん眠ってるんだな……」
先にこの世を去った彼らだけど、今の幽霊になった中宮とだったら同じ世界に居るのかもしれない。死んだ後に見える世界の中で中宮が彼らと出会えていたらいいなと思う。きっと中宮は大事に思っていただろうから。じゃないとこんな風に忘れないようにするために一匹ずつに合わせたお墓なんて作らないだろう。
祈るようにそっと目を閉じてお墓に手を合わせると、「……尊は家族だと思ってたのかな」と、呟くような声が聞こえてきた。中宮君だ。
その何かを含んだ声色に不思議に思い、中宮君を見ると、中宮君はじっと過去の何かをそこに見るように花壇を見つめていた。
「ここがお墓なのは家族全員が知っていて、だから木内君みたいに時々手を合わせたりしてる。でも、尊だけはしないんだ」
「……なんで?」
「そう思って僕も聞いたんだ。そしたら、きっとこの子達は自分が手を合わせても喜ばないからって返されて。どういうことだろうと思って次の猫を飼った時に尊を観察してみたんだ。ちゃんと世話をしてたくさん可愛がってたよ、それこそ家族みたいに。いつもの生き物が好きな尊だったんだけど……でも、ある日突然猫が消えちゃって。尊は残念がっていたけど、なんだろう。双子の第六感? わからないけど、違和感があって。そしたらその日の夜中、死んだ猫をここに埋める尊を見つけた。猫は真っ赤で、猫を抱く尊の手も真っ赤だった」
「! それって、事故に遭った猫を見つけてきたってこと……?」
「ではなかった。だってその時、足元に赤く濡れた鋏が落ちてたし」
息を呑む俺に、「おかしいところは少しずつあったんだ」と、中宮君は続ける。
「犬は僕たちが生まれる前から母さんが飼ってた犬だから寿命で死んだんだと思うけど、尊が飼う生き物は割と短命だった。でもハムスターは何匹かで飼ってたからストレスが影響してるってことになったし、インコが窓から逃げたなんてよく聞く話で誰も疑問に思わなかった。それで次は家を出てしまった猫が帰ってこない、だ。確かに一つ一つで見ればおかしくない。でもその時全ての理由が繋がった気がして、その場で尊に問いただしたんだ。殺してたのか?って。そしたらあっさり肯定されて、知りたかったって言われた。可愛いこの生き物達の全てが知りたくて、何を考えてどんな反応をするんだろうとか、死んだ時はどうなるんだろうとか、好きになると全部が気になって仕方なくなるんだって。それで最後、この時のことを忘れないように埋めてるんだって。ここに来ると思い出せるって言ってた」
「…………」
——つまり。
「尊は、自分で飼った動物を殺してここに埋めてたんだ。幼い頃からひっそりと、長い時間かけてずっと繰り返されていた。死んでしまうのが悲しいというのも本音なんだって。寂しさはあるんだけど、でも、好奇心がそれを上回って、全てを知った時に満たされるんだって。それが誰の知らなかった尊の危険な性質だった。それを偶然僕が見つけて、暴いてしまった。そしてその場で僕はそれを思い切り否定したんだ。だって怖かった。受け入れられなかったんだ、そんなの。人としておかしいことだと感じたから。でも、そしたら尊は居なくなった、崖から落ちたあの日に。あれは僕視点からしたら事故だったよ、足を滑らせたことによる事故。だけどね、今は思うんだ。もしかしたら尊は自分から落ちたんじゃないかって。それで違う場所で誰にもバレないように死んだんじゃないかって……そうすることで全ての証拠を自分と一緒に隠したんじゃないかって。部屋から標本用の道具何個かと、例の鋏が無くなってたから。世の中から受け入れられない人間性とともに、尊はあの日、この世から消え去ったんだ」
「……そ、」
そんなこと……本当に?
あの中宮が?
言葉を失う俺に中宮君は、「信じられないよね、僕もそうだった」と共感した。
「本当に、それまで何も知らなかったんだ、ずっと一緒だったのに。こんなことになってしまうなんて、もしかしたら育っていく過程の中で尊の心に何かがあったのかもしれない。その時にわかってあげられてたらこんなことになってなかったのかなって思う気持ちがあって、もっと違う言葉を返せなかったのかなとか、いろんなどうにもならない後悔が押し寄せたよ。辛かった。だから、死んだ尊に会いたかった。今の尊がどんな人間なのか知りたかったし、尊の記憶を取り戻して、あの時何があったのか、何を思っていたのか聞きたかったんだ。そうして、自分を慰めたかったんだ。あの時だってすぐに否定しないでもっときちんと聞いてあげるべきだった。たとえ異常性を感じていたとしても、本当の尊を知った唯一の存在だったんだから。でも、もう今の尊は覚えていない。思い出したいとも願ってない。だったらもう、過去に蓋をしたまま消えていく方が尊のためになるのかも、とも思う」
「…………」
成仏するために記憶を取り戻したかったのに、取り戻したくないと感情が拒絶する真実。
中宮も知らない、中宮君が隠し通してきた事実。
中宮と出会って、二人で目指してきたゴールの形が歪み始める。
『過去に蓋をしたまま消えていく方が尊のためになるのかもしれない』
だったら、その方向に導いてやるのが本当の中宮を知ってしまった俺の役目?
「家族もその他の人間も、誰も尊がやっていたこの行動について何も知らないんだ。尊がどんな人間なのかを知っている人間は居ない。今日この時までこれは僕と尊、二人だけの秘密だったんだ。尊の誰にも知られたくない、否定されて当然な人間性の部分。だから忘れた今、それを知ってる僕に会いたくないし、自覚したくなくて記憶が戻らないのもしょうがないと思う。全てが明るみになってしまったら、否定される以外の道が見つからないから。自分にも他人にも、世の中にも。それが尊の感じる拒否感の理由だと思う」
「…………」
「本当は中宮君にも知られたくないと思うんだ。でも、もう尊には中宮君しか居ないから。尊がしていたことは受け入れられないことだってわかっているし、知った後の行動は君の判断になると思うけど、でも、できれば木内君にもこの秘密は心の中で留めておいた上で、尊にとって一番良い影響のある行動を取って欲しいと僕は願ってる。尊の力になりたいと言ってくれた君だから。木内君なら、わかってくれるよね?」
「……うん、もちろん」
その俺の返事に中宮君はホッとしたように、「ありがとう」と呟いた。
「そう言ってくれると思ったから今日話したんだ。尊が居ない、来れないこの場所で。あとはちょっと、心配してたから」
「心配?」
「そう。それを忠告したくてっていうのもあったんだ。木内君は気をつけたほうがいいかもしれない、尊のこと」
俺の返事で和らいだそれまでの空気が、神妙な面持ちをする中宮君によってまたきゅっと引き締まる。
中宮君はジッと俺を見つめて言った。
「だって木内君は尊に気に入られてるから。尊は動物たちのことも相当可愛がってたよ。さっき言ったでしょ? 好きになると全部が気になって仕方なくなるって。だからその、木内君がそこにピタッとハマってしまう可能性もあると思うんだ。例え記憶を失っていたとしても」
そう言われてハッと思い出したのは、昨日の中宮に言われたこと。
『最近は木内君を意識の中で強く感じるようになったんだ』
それってまさか、そういう意味だった?
勝手に友達だと認識を改めてくれたからだと解釈していたけれど、もしかしたらそういうこともあり得るかもしれない。記憶をなくしていたとしても、性質って遺伝子に左右されるっていうから。
俺が、中宮に殺される日が来る?
——でも。
『友達でしょ? 僕たち。だったら木内君のことを考えて、困ってる時は助けたいって思うのは当然だ。いつでも呼んでくれれば出て来れると思うよ。行ってあげたいと思ってるから』
そう言った中宮を、俺は知ってる。他の幽霊たちの成仏に付き合ってくれるし、怖がりな俺のために気遣ってくれる優しい中宮を、俺は知っている。
中宮は、無闇に人を傷つけるような人間じゃない。
自分の勝手で俺を殺して満足するような人間じゃない。
「それでも僕たちに付き合ってくれるの?」
中宮君の確認するようなその問いに、俺は頷いた。
「あいつは俺の友達だから」
それは俺にとって当然の答えだった。
「良い人だね」と、宮内君はニコリと笑った。



