中宮は笑えなかった


 数日後、中宮君から連絡があった。

『気になるところがあるんだけど、一緒に来てくれないかな』

『どこ?』と返信すると、返ってきたのは、『尊に関係するところ』という曖昧な返事。

 中宮が消えたことをまだ中宮君に伝えていなかった。前に中宮が消えた時もまだ成仏したわけではなかったから、もしかしたら、という気持ちが残っていて、確信するまでは連絡をしないようにしていたのだ。
 でもそうか、中宮君からしたら違うもんな。たとえ会いたくないと思われているせいで自分は中宮に避けられているのだとしても、この世に中宮が存在している限り会える道を探したいと思うのはおかしなことじゃない。俺が中宮が消えたことを伝えなかったからきっと、中宮君は中宮と会える方法を探し続けていたのだろう。
 何も連絡しないのも悪いことだったなと反省して、遅くなってしまったけれど今からでも伝えようと文章を打ち始めた。

『中宮に中宮君から教えてもらったことを伝えたんだ。中宮は受け入れられない感じがあるとは言ってたけど、最終的に納得して、消えたよ。この間みたいにまた出てくる可能性もあると思うけど、最後に笑ってたから。もしかしたらもう成仏したかもしれないんだ。だから中宮君は会いたいかもしれないけど、今はもう少し様子を見た方がいいかもしれない』

 そして、『振り回さないように確信が持てるまで連絡しないようにしてた、ごめん』と送信した。するとすぐに返信があった。

『そうなんだね。でもとりあえず付き合ってくれないかな。明日の放課後迎えに行くよ』

「…………」

 あれ、俺が言いたいこと伝わってないのかな?
 あの中宮君が察しないわけがない。もう成仏したなら無駄足になってしまうし、納得したんだからもし無理矢理会うことになったら中宮にも良いことじゃないと思う、みたいな気持ちもあって、もしまだ居るならきっと自分から出てきてくれるだろうから、また現れるその時まで待ってみたら、みたいなことだったんだけど……でも中宮君ってこういうところあったしなぁ……。
 笑顔で人を従わせる圧、みたいなものがある。お母様もそうだった。別にそれが迷惑とかじゃないし付き合うのは全然良いんだけど、でもこのパターン、ちょっと嫌な予感がするんだよな……。

『心霊スポットじゃないよな?』

 だから誤魔化されないように直球で訊ねることにした。けれどその後どれだけ待っても返事はなくて、もう良いやと眠ってしまって迎えた次の日の放課後。

「あ、木内君。なんか木内君の友達が校門で待ってるらしいよ」

 教室で帰り支度をしていると、吉野さんから声をかけられた。びっくりして思わず「本当に?」と、明らかに動揺した感じで訊ね返すと、吉野さん側も戸惑いながら、「うん。木内君ってもう帰りましたかって聞かれたみたいで、同じクラスだったよね?って」と、別のクラスの友達から連絡があったことを教えてくれる。

「隣の高校の人らしいんだけど……合ってそう?」

 合ってそう?というのは、本当に俺の友達かという確認だ。あの打ち上げにも来れない俺がなんで?という。

「もしかして何か困ったこととかある……?」

 そうだよな、だって友達だったら直接俺に連絡入れてるだろうし、こんな待ち伏せみたいなことされないはずだもんな。というか、俺と隣のお金持ち学校の生徒が友達なわけないって方が強いのかも。わからないけど、どちらにしろ心配してくれる吉田さんはやっぱり優しい。

「ううん、大丈夫、友達だから。すぐ向かうよ」

 そして、「ありがとう」と伝えると、吉田さんはホッとした様子で「また明日」と手を振ってくれた。
 ……仕方ない、心配させたくないし向かうしかない。
 人の返信無視しといて、と思いつつ、でも俺が自分勝手に校門で待ってた時も付き合ってもらったしな……と諦めて中宮君のもとへ向かった。

「あ、良かった、木内君」

 昇降口を出て校門にやってきた俺の姿を見つけた途端、ニッコリと笑顔を浮かべ中宮君が俺を呼ぶ。違う制服なのはもちろん、中宮君自身が随分と浮いていてやけに目立っている。これが中宮家の放つオーラか……もしかしたら俺はずっとこの何かの魅力に引っ張られてここまで来たのかもしれない。
 自然と俺にも集まる視線を振り払うように、真っ直ぐに中宮君のもとへ向かっていった。元々変なやつだと好奇の目で見られることが多かったから、人から見られることは好きじゃない。俺に向けられた心の声が聞こえてくる気がしてしょうがない。

「どうしたの? 怖い顔して」
「……いや、急に居て驚いたから」
「あぁごめん。でも放課後迎えに行くって言ったよね?」
「言ってたけど……」
 
 俺の返信は読んでないの?
 既読はついていなかった。でもつけないで読む方法もある。
 じゃあわざわざ無視する意味は?
 なんだろう、ざわざわする。視線が集まってるから? なんか、嫌な感じがする。

「返信できなかったから怒ってるのかな。ごめんね、なんかスマホの調子悪くて、今も人に木内君のこと訊いたんだ。初めて会った日の逆パターンみたいだね」

 そう笑顔のままサラサラと言葉を繋げると、「さぁ行こう」と、中宮君は流れるように俺を促した。

「どこに?」
「近くのパーキングに車が停まってるからそこまで」
「車? 車に乗るのか?」
「乗った方がいいよ、少し遠いから」
「遠いって、どこに行くつもりなんだよ」
「尊の関連のところだよ」

 わざとだ。またはぐらかされた。きっと徹底して教えてくれないつもりなんだと思う。それってつまり知ったら俺が着いてこない場所ってことだよな?
 絶対心霊スポットじゃんと確信して断る言葉を口にしようとした、その時だ。

「あ、母さん」

 スッと歩道に寄せて停車した黒い高級車の窓ガラスが開かれて、運転席から顔を出したのは中宮君のお母さん。

「遅いから迎えに来ちゃった。早く木内君にお会いしたかったし」

 そして、「さぁ乗って」と促されたけれど、行き先もわからないまま乗るわけには行かないと躊躇していると、中宮君が耳元で囁いた。

「精神状態が悪いんだ、刺激しないで」

 ハッと中宮君の顔を見ると、いつも通りにニッコリ微笑んでいる。
 ……良いから乗れってことかよ。
 中宮君のお母さんの精神状況が不安定なのは前回の訪問時にも説明されている。中宮君とお母さんが口論になったあの時を思い出すと、もう乗る選択肢しか残っていなかった。
 観念して乗り込む俺の隣に中宮君が座ってドアが閉められると、ゆっくりと車は動き出す。

「今日は二人で課題の現地調査をするのよね?」

 中宮君のお母さんからの問いに、もちろん俺は「え?」と初耳の反応をとってしまうけれど、そこはさすが中宮君。

「少し遠いからどうやって行くか悩んでたんだよ。今日突然母さんが送ってくれることになったから木内君には急に伝えることになっちゃって」
「やだ、予定は早めにお伝えしなきゃ駄目よ。ごめんなさいね、木内君。何かご用はあったかしら。ご両親にご連絡はしてある? あ、私の方からした方がいいわよね、誘拐になってしまうかも。だって急に大切な息子さんが居なくなったりしたら、そんなの心配なさるわよ……そんなの、そんなの……」
「だ、大丈夫です! うちは大丈夫なので! 親にも伝えてあります!」

 嘘だ。今日は仕事の日だから向こうも遅くなるし、無駄に心配させてもいけないからそういう日は連絡しないようにしている。でも急に車が運転手の気持ちを表したようにふらりと蛇行し始めたので慌ててそう返事をしていた。その甲斐あって「そう! それなら良かったわ」と、運転も安定感を取り戻す。

「久しぶりに匠さんからお願いされたから、私も舞い上がってて。きちんと送り届けますからね」
「はい、ありがとうございます」

 うふふと少女のように笑う中宮君のお母さんは嬉しそうで、ほっと胸を撫で下ろしつつ、隣に座る中宮君をジッと見る。多分この人はわかっててこの状況を作ってる。お母さんの精神状態すら利用して。
 そこまでして俺を連れて行きたい理由は?
 俺の問いかける視線にも気づいてるはずなのにニコリと笑顔を返すだけで、俺はもう諦めることにした。もう行くしかないのだ、乗り込んでしまったし。

「ありがとう、木内君」
「…………」

 同じ顔をしているのに、その笑顔は中宮が見せたものと全然違うことを知った。





「着いたわ。じゃあ匠さん、また迎えに来るわね」

 俺と中宮君を降ろすと車は引き返して行った。理由は、ここから先は車で進めないから。目の前には車体の高さでは通れない、立ち入り禁止と書かれた古びたトンネルの入り口が口を開いたように俺たちが入ってくるのを待っていて、この場所に立たされた瞬間からもう、俺にはわかっていた。

 ここ、心霊スポットだ。

 出るらしいなんて言われなくてもわかる。やっぱり中宮君は俺をまた心霊スポットに連れてくるつもりで、拒否されるのがわかっていたからこんな連れてきた方を計画し、実行したのだ。

「帰る」

 無理だ、危なすぎる。そう迷いなく告げる俺に、中宮君は先ほどからの笑顔を崩さずに「無理だよ」と答える。

「ここ圏外だからタクシー呼べないよ」
「歩いて帰る」
「その方が危険だよ。車で通ってきた道全部覚えてるの? 君が迷子になって見つからなくなったらご両親はもちろん、うちの母親もどれだけ心配するだろう。大人しくうちの親が指定した時間に迎えにくるのを待つしかないんだよ、僕も木内君も」
「…………」

 タチが悪い説得の仕方をしてくるなと思った。こんなの脅迫と同じだ、何も知らせないで連れてきておいて。

「何が目的なんだよ」

 こんな無理矢理な方法をとって、俺のヘイトを買ってまでして。

「前回と同じだよ。尊に会いたい」
「でも言ったよな? 会いたがってないから会えないし、もう成仏して居ないかもって」
「でももしかしたら会えるかもしれないよね? こういう霊の集まるところなら前回みたいに呼び出せるかもしれない」
「呼び出す……?」

 なんだ? つまりそれって、

「成仏したかもしれない中宮を、無理矢理呼び出すつもりってこと……?」

 信じられないと、中宮君の意思を確認するために問い直す俺に、あっさりと、なんてことないような顔をして中宮君は頷いた。

「だって成仏したかもと思えるくらい尊の中で納得できてるんなら、僕とも会えるようになってるかもしれない。そうしたらあの日の話も全部聞けるかも」
「記憶が戻った訳じゃないんだ、もしそうなっても無理だよ」
「ね、過去の話を聞いたら戻ると思ったんだけどな。残念だけど、それなら今の自分について教えて欲しいな。死んだ後はどうなるんだろう。僕と対面したら、どんな感情が生まれるんだろう。記憶のないまま何に納得したんだかわかんないけど、きっとその尊は僕の知ってる尊と別人ってことだよね? 会ってみたいな、僕の知らない尊に」
「……そんな、納得して本人にとって良い落とし所が見つけられたんだとしたら、もうこのままそっとしといてあげたいって、本人のためを思うなら普通はそう思うもんじゃないの……?」
「? 具体的な何かが解決したわけでもないのにそっとするなんて意味ある? 成仏したって確定してないんだよね? 前回だってだから結局尊は成仏してなかったんじゃないの? そういうところ結構ぼんやりしてるよね、木内君って。尊はそういう感じの人間じゃなかったけど、今の尊は違うらしいからな。そもそも幽霊のことがわからないからこんなことになってるのかな。でもそれだったら幽霊本人から聞けばいいよね? だから君が居るんだし」

 ……は?

「幽霊本人って誰のこと言ってんの……?」
「尊のことだけど。会話の流れでわからなかった? 記憶がないのは残念だけど、尊に会えれば色々教えてくれると思ったのになぁ。ねぇ、本当に君でもここに呼べないの?」
「俺は、納得したんならそのまま成仏させてやりたいよ」
「そう。じゃあ尊じゃなくてもいいよ。とりあえずここには今誰も居ないの? 僕には何も起こらないみたいだから、君が頼りなんだよ」

 何を言ってるんだろう、この人は。

「せっかく尊を通じて運命的に知り合ったんだ。君の力を貸してよ、木内君」

 ——そうか、ようやくわかった。
 この人は今幽霊そのものに興味を持っていて、中宮のことなんてもうどうでもいいんだ。
 もうただの幽霊だと、そう思っている。

「中宮は、俺にとってただの幽霊じゃない。中宮と他の幽霊は違うよ、中宮じゃなくていいなら中宮君に力を貸すつもりはない」
「なんで?」
「なんでも何も、目的が変わるだろ。そもそも幽霊に興味本位で関わると危険だから無闇に接触するつもりは無いし、そんなの向こうにも失礼だと思うから。この世に残ってる幽霊はみんな今も懸命に自分の未練に囚われながら人生を歩んでる途中なんだ、可哀想な存在なんだよ」
「でも僕はまだその危険で可哀想な幽霊に会えてないんだよね、これだけ君に協力したのに。そんなの、君に付き合った分だけ時間が無駄になっただけだ」

 そして中宮君は言う。「君のこと調査したんだけど、霊視できるのは本当なんだってね」と。

「そのせいでおかしなやつだと思われて、人間関係うまくいってないんでしょ? 君は幽霊のことを可哀想だって言うけれど、君も同じように可哀想な人間なんだよ。だって幽霊にしか相手にされないんだから。そりゃあ尊を特別視する理由にもなるよね。楽しかった? 幽霊との友達ごっこは。で、それに付き合わされたのに僕が得られた成果は? 尊には会えない、他の幽霊も駄目、そうなったら君みたいな人間に付き合った僕は損しかしてない」

 それは、突然突きつけられた中宮君の本音だった。
 スラスラと出てくる言葉は今何かを取り繕うために発せられたものではないのだとわかる。いくら中宮君でもこんなにすんなり出てくるはずがないから。だったら告げられたその全ては中宮君との今ままでの真実だ。
 ——ずっとそんなことを思っていたなんて。
 言葉を失ってしまう。これっぽっちもこの人の本性が見えていなかった分だけ、衝撃が大きい。そしてこれは全部、他人から見た俺自身の真実でもあった。
 幽霊にしか相手にされない俺の、幽霊との友達ごっこ——外から見たらまさしくその通りだと思う。俺と中宮の真実はもう俺の中にしかないのだから、悔しいけれど、証明できないせいでそれがこの世界の真実になる。
 唯一の証人である中宮君にそれを言われたらもう、俺には何も反論することなんてできない。
 俺たちの真実はもう、この世界にない。
 中宮君は、情けない俺にため息をついた。

「今気づきましたって顔だね、全く。君に友達が居ないわけだよ。なんで僕ばかりが提供して君からは何も得られていないのに普通な顔をしていられるのか不思議だったんだよ。知らなかったんなら仕方ないけど、今から覚えてね。人間関係の基本はギブアンドテイクだ。何もなしに自分の欲しいものだけ得られるなんてことはないんだよ。提供してよ、僕の求めるものを。それが僕と尊にとっての君の存在意義なんだからさ」
「…………」

 “僕と尊にとっての存在意義”

 それを友達という言葉に変えるのなら、俺は今、この人の願いを叶えてあげなければならなかった。
 だって俺は中宮はもちろんのこと、中宮君ともずっと友達のつもりでいたから。
 俺だけが友達という存在を得て、一人じゃ得られないたくさんの思い出を与えられた状態で、この関係を終わらせるわけにはいかない。
 この関係を終わらせるには、最後に彼の要望を聞いて彼の満足を得た上で終了させないと。そうじゃないと、俺が中宮君を都合よく利用して、勝手に友達だと気持ちよくなっていただけになってしまうから。

「……わかった。行くよ」

 これが、俺の責任を果たす唯一の方法だった。