「私に、穢れを飲ませたというのは、どういうことなのでしょうか……」
騒ぎが収まり、雪乃は柊と共に帝城に帰ってきていた。部屋には榊も来て、二人は混乱する雪乃に全てを話してくれる。
「君が清めの巫女だということは言ったな」
「はい」
雪乃の返答を受けて、柊が口を開く。
「俺がまだ、こんなにも穢れを負っていなかった頃に、幼い君に一度会ったことがある」
これからどんどん穢れを受け入れて、やがては人であることも忘れていくのだろうと己の未来を悲嘆していた時に、偶然出会った雪乃が彼の穢れを清めたのだという。
「ありがとうと言ったら、そんな風に言ってくれるのなら、ずっと俺の穢れを祓ってやると、君は言った[まと3.1]。それが、嬉しくて……」
人でありながら、人ではないものになってしまう恐怖から救ってくれるかもしれない彼女を、どうしても手に入れたかった。
「穢れを負う俺に頼らざるを得ない状況を作れば、君は全ての未来を諦めて、俺の下に来てくれると思った……。だから、君に、『少し』俺の負う穢れを分けて、封印した」
懺悔の眼差しを伏せがちに、柊は罪の告白を続ける。
「君は清めの巫女だ。少しばかりの穢れは君の力で浄化できる。君が生き続けることと、君が穢れ続けることを、金銭を条件に久門家に命じた。……君の人生を、俺が歪めたんだ……。狂気の沙汰だと思ってる……。許されるとは思っていないし、罵ってくれていい。なんならここで腹を切る覚悟もある」
深く頭を下げる柊を、擁護するように榊が口を開く。
「今代柊は、歴代柊の中でも、特に力が突出している。負う穢れはそれだけ多く、自我をなくした場合にどう対処できるか、古くから人柱の生態を記録した書物にも解を見つけることが出来なかったため、彼の狂気を、僕が許したんだ。……柊ばかりが悪いわけではない。僕も、同罪だよ」
そう言って、榊までもが雪乃に頭を下げる。
しかし、二人に頭を下げられた雪乃の胸を満たすのは、怒りや悔しさではなく、柊の下まで導かれた運命の糸への感謝だった。
「私が、たまたま、清めの力を持っていたから、柊さまは私を取り立ててくださったのですね……」
静かな雪乃の言葉に、柊は小さく頷いた。
「何故、人の道理を犯してまで君を求めたのか、分からなかった……。だが、今は分かる。……俺のこの責を案じ、疑問を持ち怒ってくれたのは、雪乃、君だけだったからだ……」
柊の、声が、震えている。
「俺は……、人柱である俺が、人であることを、許されたような気がしたんだ……」
榊も踏み込めなかった部分に、雪乃は手を差し伸べてくれた。それが、嬉しかったのだという。
(そうだとしたら、私は私の生きた時間全てに、意味を持てるわ……)
嘘の言葉だったとしても、久門家で虐げられた中で、光敏に慰められていた気持ちが、柊を救ったのなら。やはり自分はあの家で辛い時間を過ごす必要があったのだ。
「柊さま……」
俯き、握る拳を振るわせる柊の、目の前に跪く。拳に触れ、項垂れた彼の顔を仰ぐと、彼は切なそうな眼差しで、雪乃を見た。
「雪乃。君を、狂った俺から解き放つ。君の穢れを、全て貰おう」
柊はそう言うと、雪乃の頬を包み、顔を寄せた。
くちづけが、落ちてくる。
「むっ?」
変な声が、その場に響く。榊が、驚きに目を見張った。
柊が、顔の前に差し込まれた雪乃の手を、目を寄せてみている。雪乃は微笑えんだ。
「柊さま。大事なときに、私の意志を無視なさらないでください。私は体の痛苦から逃れられなくとも、柊さまのお傍にいたいのです。私が柊さまとずっと一緒にいることで、柊さまの穢れを清めていけば、苦しみから解き放たれるとおっしゃったのは、柊さまですよ」
そう言って、雪乃は自分から柊のくちびるにちょん、と触れた。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする柊を見て、ぶわっと顔に熱が集まってくるが、これは方法としてやむないことだし、これから慣れていかなければいけないことである。
「あ……っ、あの……、いぜん、くち、が、外部からものを取り込むのに、一番適している、と……」
しどろもどろになりながら説明すると、柊が破顔した。
「はは! そうだな、なにもかも雪乃の言うとおりだ。俺は雪乃の意志を尊重すべきだし、する意志を持っている。君が望むなら、くちづけなどいくらでもしよう」
そういってずいっと顔を寄せてくるから、もういいです……、と蚊の鳴くような声で返答した。はあ~っ、と大きな安堵の息が榊から零れる。
「素晴らしい。見事にまとまったね、柊。あとはどのように処分する?」
処分、と聞いて、義兄たちのことだろうな、と雪乃は察した。柊は事もなげに、力を取り上げる、と宣言した。
「そもそも祓い師は、人柱の祓いの力を有し、人柱のために手足となって働く存在だ。それごときの存在で、俺の雪乃に非道を働いていたことを、俺は許すつもりもない」
「じゃあ、爵位も剥奪だね~。まあいいや。代わりはいくらでもいるし」
なら、早速勅命を下しておかないと、と言って、榊はうきうきと部屋から出て行った。残された雪乃は、柊と向かい合う。見つめてくる柊の眼差しが、すこしやわらかい。
「柊さま……」
「俺は、こんな幸せを手につかめるとは思っていなかった……。君はすごいな」
「いいえ。柊さまが導いてくださったからこそです。ありがとうございます」
深々と頭を下げる雪乃に、止めてくれ、と柊が照れて笑った。
そういえば、常に大人びていた柊の照れ笑いなど、初めてだ。雪乃が膝に握る手を、柊が包む。
「俺はこれから、より人の時間を生きられるだろう。雪乃、命尽きるまで、共にいてほしい」
「はい、柊さま。私は私の意志で、柊さまのお傍にいたいと、申し上げます」
雪乃の言葉に、柊は彼女を抱きしめた。
「幸せにする。必ずだ」
「いまも、十分、幸せです」
見上げれば朱金の美しい瞳が雪乃を映す。
永遠の黄昏に、雪乃は夢のような幸福を得た――。



