ためらいの温度 触れた者を死なせる当主が生ける、ただ一輪の花嫁

(はな)!」
 
 お母様の声。私の名前を誰かが呼んだのは、これが最後。次の瞬間、私は宙を舞っていた。
 当時七歳だった私を真正面から殴り飛ばしたのは、真っ黒の呪詛。それは異能使いだったお母様が討伐しようとしていた、強大な物怪の放った攻撃で……なんてことは、後から分かった話。

 重傷を負いながらも何とか命だけは助かった私は、大切なものを失ってしまう。

 それは、愛するお母様と……異能を使うための『声』だった。

 ◇

「そこ、落ち葉が一枚落ちてるじゃないの! 掃除も出来ないの!?」

 地面に膝をついた私の頭上から罵倒が降る。身を縮こませながらそっと視線を上げれば、双子の姉「(れい)」が蔑みの表情を浮かべていた。
 
 私は名門たる華族である詠坂(うたさか)家に、双子の姉妹の妹として生を受けた。詠坂家が名門であるのは、当主の血筋に特殊な力を使う者「異能使い」が生まれ易いから。しかもそれが「声」により発動するものなので詠坂という家名なのだ。
しかも私達のお母様は、もともと宮仕えをしていた高位の異能使い。私と玲は将来を期待された双子の姉妹として、大切に育てられていた。

 玲は、幼い頃から声を使った異能で相手を攻撃することが出来た。しかし私は何ができるのかわからないまま。
 
──異能を持つ双子は鏡合わせ。

 そんな言い伝えがあるのもあって、私にも何かしらの異能があるはずだと言われていた。だから安易に「目の前に物怪が現れれば、私の声で倒すことができるかも」なんて考えて。七歳の私は後先考えずに、物怪の討伐に向かったお母様を追いかけた。
 そして……強大な物怪の攻撃を食らった。
 私が一命を取り留めたのは、お母様が命を投げ出してまで私を守ってくれたから。しかし私は物怪の放った呪詛の影響で、異能を使うための声を失ってしまった。

 異能が使えない娘なんて、いらない。
 玲が跡を継げばいい。
 それが当主であるお父様の判断。

 それ以来、私は詠坂家の名を名乗ることを禁じられ、下女に混じって暮らしてきた。
「詠坂家の大切な跡取り娘」となった、双子の姉であったはずの玲に虐げられながら。

 
「何よ、酷い顔して。喋れもしないお荷物女は邪魔なの! もうすぐ清次(せいじ)様が来られる時間だっていうのに、もう……あんたはギリギリまで掃除して、あとは引っ込んでいなさい。『退いて!』」

 ドンっと玲の異能が私の背を押す。その拍子に態勢を崩してしまって、雨上がりで少しぬかるんでいた地面に突っ込んでしまった。
 顔を庇ったので着物の袖は泥まみれ。そんな私の様子を見て、玲は高笑いする。

「あはは、きったない! こんなのが妹だったなんて信じられないわ。これを庇って死んだなんて、本当にお母様が可哀想」

 その通りなので何も言わない。いや……何か言うための声すら、私にはないのだ。
 
 私は背中で玲の立ち去る気配を感じ取った後に、ゆっくりと立ち上がった。汚れた手を軽く払う。
 泥まみれになった自分の姿を玲と見比べれば、惨めな気持ちが増した。

(清次様が来る日だったから、いつもにも増して着飾っていたのね)

 島木綿の小袖に、髪紐で薄茶色の髪を纏めただけの私とは大違い。玲は仕立てたばかりの小紋を着て、金の鶴が施された簪を綺麗に結った髪に挿している。小さい時は大きく違わなかったのに、貧相な私と堂々とした玲では今では顔立ちからして全然違う。
 
 清次様は近年事業に成功し大きな財を成した高瀬家の次男であり、詠坂家に入婿することが決まっている。つまり次期当主である玲の婚約者だ。
 すれ違った娘達がこぞって振り返るほどの甘い容姿。そんな清次様を婚約者として手に入れたことを、玲は自慢げに語っていた。

 清次様が来る日は、玲から受ける暴力は幾分か減る。
 私たちはもう二十歳。玲の祝言は半年後に予定されているのもあって、好きな人の前ではより良く在りたいのだろう。
 
 私は今度こそ全ての落ち葉を拾い集めてから、玲と清次様の目に触れないようにと屋敷の敷地外へ出た。