終わらない今日を、君と選ぶ

校門を出た瞬間、望月琉惺は空を見上げた。
夕方の光が、ちゃんと傾いている。

「……進んでる」

白いシャツの上に薄いパーカーを羽織りながら、そう呟くと、隣の蒼依が頷いた。
黒のブレザーを肩にかけ、いつもより少しだけ歩幅を合わせている。

「ちゃんと、放課後だな」

「うん」

いつもなら、ここで別れる。
でも今日は、二人とも立ち止まらなかった。

「こっち、行くか」

蒼依が指差したのは、裏道だった。

「……昨日は通ってない」

「だよな」

アスファルトの細い道。
自販機の音。
通り過ぎる車の少なさ。

「……この先」

琉惺は一瞬、言葉に詰まる。

「分からない?」

蒼依が聞く。

「……うん。分からない」

それは、初めてのことだった。

「じゃあ」

蒼依は少しだけ笑う。

「変わったってことだな」

自販機の前で立ち止まる。

「何飲む?」

「……どれでも」

「適当だな」

蒼依は迷って、缶コーヒーを押した。
昨日は選ばなかったはずのもの。

何も起きない。

「……普通だな」

「普通だね」

それが、やけに嬉しかった。

空が、ゆっくりとオレンジ色に染まっていく。

「……夜になるな」

蒼依が言う。

「うん」

「今日、長いな」

「……昨日より」

二人で笑った。

「明日、どうする?」

蒼依が何気なく言った。

「……明日」

琉惺は、その言葉を噛みしめる。

「明日、ちゃんと来るかな」

「来るだろ」

「……根拠は?」

「一緒にここまで来た」

蒼依はそう言って、琉惺を見る。

「それで、十分」

分かれ道。

「じゃあ、また明日」

蒼依が言う。

「……うん」

一歩、距離が空く。

「……もしさ」

琉惺が言いかける。

「もし?」

「……また戻ったら」

「戻らねえ」

蒼依は即答した。

「戻らせない」

「……うん」

蒼依は手を振って、背を向けた。

琉惺は、しばらくその背中を見ていた。

***

家に帰る。

シャワーを浴びる。
水の音が、やけに大きい。

「……ちゃんと、夜だ」

時計を見る。

二十一時。

日付は、変わっていない。

「……まだ、いい」

布団に入る。
暗い。

目を閉じる。

眠れない。

スマホを取る。

二十三時。

「……遅いな」

メッセージを打つ。

【起きてる?】

すぐに返事が来た。

【起きてる】

通話をかける。

数秒後。

「……もしもし」

蒼依の声。

「……起きてた」

「眠れねえ」

「俺も」

沈黙。

「……今日」

蒼依が言う。

「進んだよな」

「……うん」

「ちゃんと、夜まで来た」

「うん」

「なのに」

蒼依の声が低くなる。

「嫌な感じ、する」

「……俺も」

時計を見る。

零時。

日付は、変わらない。

「……なあ」

蒼依が言う。

「寝たら、どうなる」

「……分からない」

「また、朝か」

「……かも」

沈黙。

通話の向こうで、微かな呼吸音。

「……琉惺」

「なに」

「今日さ」

「うん」

「一人じゃ、無理だった」

琉惺は、少し息を詰める。

「……俺も」

「一緒でよかった」

「……うん」

零時三十分。

目が重い。

「……眠い」

「無理すんな」

「……でも」

「大丈夫だ」

蒼依の声が、遠くなる。

「……蒼依」

「ん」

「切れたら……」

「切れねえ」

「……うん」

意識が、落ちる。

暗転。

***

目覚ましの音。

「……っ」

琉惺は跳ね起きた。

天井。

光。

スマホ。

「……」

日付。

同じ。

「……また」

震える手で、メッセージを打つ。

【起きてる?】

すぐ返事。

【……起きた】

通話。

「……蒼依」

「……ああ」

声が、同じだ。

「……終わってない」

「……うん」

沈黙。

「……でも」

蒼依が言う。

「覚えてる」

「……俺も」

「じゃあ」

「……うん」

「終わらせよう」

目覚ましが、止まる。

同じ朝。

でも。

もう、一人じゃない。